「おはよー」
慧人は翌朝教室の入口で、昴から声をかけられた。
「お……お……」
頬にかーっと熱が溜まって言葉が出てこない。慧人がおろおろとしていると、昴はにこっと笑みを浮かべて自席へと向かってしまった。
毎日のことなのに、まともな反応を返せた試しがない。こんな体たらくを相手にめげない昴は凄いなと、慧人は肩を落とした。
「よお、慧人」
友人の間宮が近づいてきて、慧人はほっとしつつも苦笑の顔をした。
「……おはよ」
「なんだその顔、どしたん?」
「なにが?」
「内海となんかあった?」
「あるわけないだろ!」
「がちで? なんか気まずそうだったけど」
「……そんなことないって」
「つーか、なんで内海たちの班に入ったんだ? 俺らんとこ来ればよかったのに」
親睦会の班決めで間宮は最初に声をかけてくれていた。慧人は曖昧に答えたあげく昴のいる班を選んだので、理由が気になっていたらしい。
「……あの班だったら、サボれそうって思って」
慧人はなんとか言い訳をひねり出した。仲間との班だと気負ってしまいそうだが、どうでもいいやつらとならサボれるし、いざとなったらバックレることもできる。と、心にもない説明をした。
間宮も慧人らしからぬ考えに気づいたようだが、深くは追求してこなかった。
慧人の友人は、皆ある一線を境に踏み込んでこない。慧人もしかりで、そのくらいの距離が適切と思えていた。
しかし、だからこそ昴に惹かれたのかもしれない、と慧人は思った。昴は誰とでも深く関わろうとする。面倒と思える一線でも躊躇なく乗り越えてくる。
「あの、瀬戸口くん」
移動教室のとき、廊下で昴から声をかけられた。慧人はどきりとして足を止めそうになり、全力をもって平静を装った。
「な、なに?」
「親睦会のことなんだけど、大丈夫かな? 勝手に決めちゃったけど、もしダンスが嫌だったら他の案を考えるし……本音を聞きたくて」
ダンスと聞いて、ぱっと稔の顔が頭に浮かんできた。同時に昨夜ファミレスでの親しげなふたりの様子もよぎって、胸の奥がざわざわとし始める。
「……他の案って?」
稔と関わりたくない。昴と同じ班にはいたくとも、なるべくならあいつとは距離を置きたい。
ふたりでいたのは親睦会のせいだとしても、妬ましく腹立たしかった。稔は昴の身体に平気で触れて、無意味なほど距離を詰めていた。あんな下衆野郎に教わらなきゃならないダンスなんてごめんだ。
「演技とかならどう? 歌やダンスが嫌なら、台詞だけならどうかなって。それとも笹野くんに相談してみる?」
笹野といえば、穴が開くほど昴を見つめている変態だ。慧人はぞっとして、これまた天を仰ぎたくなった。
「サッカーバカに無茶言うなって」
弘和の声がして、慧人は全身の毛が逆立つほどの不快感に襲われた。
にやにやとアホっぽい笑みを常に浮かべている異常者だ。こいつとも関わりたくない。
せっかく昴のそばにいたのにと、慧人は無念に思いながら半歩ほど後退した。
「やっぱ、難しいかな?」
「無理無理。そもそもダンスなんてできないって。昴がどうしてもって言うなら、ステージの端でリフティングさせときゃいいよ」
「ヒロ! そんなバカにしたみたいな言い方しないで。瀬戸口くんはめちゃくちゃ凄い人なんだよ? 日本にいることがおかしいっていうか、代表チームのなかでも実力は抜きん出てるし、凄いプレイヤーなんだ。バランス力がずば抜けていて、ボール回しは神がかってる。あの身体能力でダンスしたらヤバいくらいかっこいいと思うよ」
慧人は嬉しさ半分、妬み半分で頭がどうにかなりそうだった。
昴にヒロと、親しげに名を呼ぶ仲の良さが妬ましい。その一方で、自分のプレーを見ていてくれたこと、これほどまでに褒めちぎってくれたことが嬉しくて口元が緩んでしまう。
「あ、そっか。昴は元サッカー小僧だったんだっけ?」
「うん、中学までだけど。瀬戸口くんは有名だったから、参考にするためにもよく見てたんだ。瀬戸口くんは利き足じゃなくっても正確なアシストができるし、フィールドじゃ本当に神がかっていて、わくわくさせてくれる選手なんだよ。瀬戸口くんが出てきたら絶対勝てるなってテンション上がるし」
まさか昴がサッカー部に所属していたとは。慧人は驚きながらも、同時に全身が焼け焦げてしまいそうなほど熱くなった。
体育の授業を見て昴の動きの良さは知っていた。なるほどと納得しつつ親近感も覚えて嬉しくなった慧人だが、同時にむくむくと欲求がせり上がってくる。
昴ともっと親しくなりたい。
こんなにも自分を見てくれていて、素っ気ない反応を返しても話しかけてくれていて、なのに臆病なままじゃ初恋相手との二の舞になってしまう。
高校生にもなって繰り返すのか?
勇気を出せ。
慧人は自分に言い聞かせ、ピッチに出るときのように自らを奮い立たせた。
「できる。ダンス、やるよ……」
かすれてしまったけれど、ちゃんと声を出せた。昴は「ほんと?」と驚き、慧人はこくこくと頷いた。
「でも、……ダンスとか見ないし、わからないから……天瀬から教わる前に、その……内海が基礎を教えてくれないか?」
「僕が? いいよ! 動画を見て一緒に練習するくらいだと思うけど」
「……じゅ、十分……ダンスってどんなのかがそもそもわからないし」
「そっか、そうだよね。じゃ、いつにする?」
「昼休みとか……」
慧人が言いかけたとき、予鈴が鳴り始めた。「わかった。昼休みだね」と昴は言い、「俺も付き合うからな」と邪魔者が言い添えた。弘和は余計だが前進したのは間違いない。
慧人は緊張に顔を強張らせつつ、慌て始めたふたりを追って美術室へと続く廊下を急いだ。
慧人は翌朝教室の入口で、昴から声をかけられた。
「お……お……」
頬にかーっと熱が溜まって言葉が出てこない。慧人がおろおろとしていると、昴はにこっと笑みを浮かべて自席へと向かってしまった。
毎日のことなのに、まともな反応を返せた試しがない。こんな体たらくを相手にめげない昴は凄いなと、慧人は肩を落とした。
「よお、慧人」
友人の間宮が近づいてきて、慧人はほっとしつつも苦笑の顔をした。
「……おはよ」
「なんだその顔、どしたん?」
「なにが?」
「内海となんかあった?」
「あるわけないだろ!」
「がちで? なんか気まずそうだったけど」
「……そんなことないって」
「つーか、なんで内海たちの班に入ったんだ? 俺らんとこ来ればよかったのに」
親睦会の班決めで間宮は最初に声をかけてくれていた。慧人は曖昧に答えたあげく昴のいる班を選んだので、理由が気になっていたらしい。
「……あの班だったら、サボれそうって思って」
慧人はなんとか言い訳をひねり出した。仲間との班だと気負ってしまいそうだが、どうでもいいやつらとならサボれるし、いざとなったらバックレることもできる。と、心にもない説明をした。
間宮も慧人らしからぬ考えに気づいたようだが、深くは追求してこなかった。
慧人の友人は、皆ある一線を境に踏み込んでこない。慧人もしかりで、そのくらいの距離が適切と思えていた。
しかし、だからこそ昴に惹かれたのかもしれない、と慧人は思った。昴は誰とでも深く関わろうとする。面倒と思える一線でも躊躇なく乗り越えてくる。
「あの、瀬戸口くん」
移動教室のとき、廊下で昴から声をかけられた。慧人はどきりとして足を止めそうになり、全力をもって平静を装った。
「な、なに?」
「親睦会のことなんだけど、大丈夫かな? 勝手に決めちゃったけど、もしダンスが嫌だったら他の案を考えるし……本音を聞きたくて」
ダンスと聞いて、ぱっと稔の顔が頭に浮かんできた。同時に昨夜ファミレスでの親しげなふたりの様子もよぎって、胸の奥がざわざわとし始める。
「……他の案って?」
稔と関わりたくない。昴と同じ班にはいたくとも、なるべくならあいつとは距離を置きたい。
ふたりでいたのは親睦会のせいだとしても、妬ましく腹立たしかった。稔は昴の身体に平気で触れて、無意味なほど距離を詰めていた。あんな下衆野郎に教わらなきゃならないダンスなんてごめんだ。
「演技とかならどう? 歌やダンスが嫌なら、台詞だけならどうかなって。それとも笹野くんに相談してみる?」
笹野といえば、穴が開くほど昴を見つめている変態だ。慧人はぞっとして、これまた天を仰ぎたくなった。
「サッカーバカに無茶言うなって」
弘和の声がして、慧人は全身の毛が逆立つほどの不快感に襲われた。
にやにやとアホっぽい笑みを常に浮かべている異常者だ。こいつとも関わりたくない。
せっかく昴のそばにいたのにと、慧人は無念に思いながら半歩ほど後退した。
「やっぱ、難しいかな?」
「無理無理。そもそもダンスなんてできないって。昴がどうしてもって言うなら、ステージの端でリフティングさせときゃいいよ」
「ヒロ! そんなバカにしたみたいな言い方しないで。瀬戸口くんはめちゃくちゃ凄い人なんだよ? 日本にいることがおかしいっていうか、代表チームのなかでも実力は抜きん出てるし、凄いプレイヤーなんだ。バランス力がずば抜けていて、ボール回しは神がかってる。あの身体能力でダンスしたらヤバいくらいかっこいいと思うよ」
慧人は嬉しさ半分、妬み半分で頭がどうにかなりそうだった。
昴にヒロと、親しげに名を呼ぶ仲の良さが妬ましい。その一方で、自分のプレーを見ていてくれたこと、これほどまでに褒めちぎってくれたことが嬉しくて口元が緩んでしまう。
「あ、そっか。昴は元サッカー小僧だったんだっけ?」
「うん、中学までだけど。瀬戸口くんは有名だったから、参考にするためにもよく見てたんだ。瀬戸口くんは利き足じゃなくっても正確なアシストができるし、フィールドじゃ本当に神がかっていて、わくわくさせてくれる選手なんだよ。瀬戸口くんが出てきたら絶対勝てるなってテンション上がるし」
まさか昴がサッカー部に所属していたとは。慧人は驚きながらも、同時に全身が焼け焦げてしまいそうなほど熱くなった。
体育の授業を見て昴の動きの良さは知っていた。なるほどと納得しつつ親近感も覚えて嬉しくなった慧人だが、同時にむくむくと欲求がせり上がってくる。
昴ともっと親しくなりたい。
こんなにも自分を見てくれていて、素っ気ない反応を返しても話しかけてくれていて、なのに臆病なままじゃ初恋相手との二の舞になってしまう。
高校生にもなって繰り返すのか?
勇気を出せ。
慧人は自分に言い聞かせ、ピッチに出るときのように自らを奮い立たせた。
「できる。ダンス、やるよ……」
かすれてしまったけれど、ちゃんと声を出せた。昴は「ほんと?」と驚き、慧人はこくこくと頷いた。
「でも、……ダンスとか見ないし、わからないから……天瀬から教わる前に、その……内海が基礎を教えてくれないか?」
「僕が? いいよ! 動画を見て一緒に練習するくらいだと思うけど」
「……じゅ、十分……ダンスってどんなのかがそもそもわからないし」
「そっか、そうだよね。じゃ、いつにする?」
「昼休みとか……」
慧人が言いかけたとき、予鈴が鳴り始めた。「わかった。昼休みだね」と昴は言い、「俺も付き合うからな」と邪魔者が言い添えた。弘和は余計だが前進したのは間違いない。
慧人は緊張に顔を強張らせつつ、慌て始めたふたりを追って美術室へと続く廊下を急いだ。



