瀬戸口慧人はファミリーレストランの前で迷いに迷っていた。
昴がまだ店内にいる。慧人たちはとっくに食事を終えて、解散したにもかかわらず、どんな話題でこれほど盛り上がれるのだろう。なぜふたりでいたのかも気になって、慧人はぐずぐずと動けずにいた。
「なんかあったんだろ?」
クラブメイトの河上があくびを噛み殺しながら言った。
他の二人は親が迎えに来て帰っていったのだが、慧人と河上は自転車だった。鍵を外しても一向に帰ろうとしない慧人を不思議に思い、相談事でもあるのかと考えついたらしい。
「……なんでもない」
「別に、すぐ帰る必要ないし」
「いや、ごめん。なにもないから」
時間にして二分ほどだっただろうか。河上の言葉で冷静になった慧人は、ようやく帰宅することに決めた。昴が出てきたとしても、おそらくおどおどとして挙動不審な態度を取るに違いない。すでに今、河上の前で素が出てしまっている。
「……あいつらの愚痴かと思ったんだけど」
あいつらと言われてどきりとした慧人だが、河上の表情を窺うに、先に帰ったふたりのことだと気がついた。慧人は「違うよ」と笑みを浮かべて、自転車に跨った。
「じゃ、また土曜に」
一緒だったのが河上でよかった。慧人は自転車を漕ぎ出して深く息を吐いた。
他の連中だったら「さっきのクラスメイトのこと?」などと根掘り葉掘り聞かれていたかもしれない。
こんなこと普段にはないのに。
なぜ昴のこととなると周りのことが見えなくなってしまうのだろう。
慧人は風を切りながら考えた。
サッカーがただの球遊びじゃなくなったとき、日常に於いてどんな場面でも隙を見せてはいけないと覚悟を決めた。
舐められるような真似は絶対にしてはいけない。常に評価にさらされていることを自覚して、隙を見せるのは言語道断だと胸に刻んだ。
なのに、昴のことになると別人のようにうろたえてしまう。
「……はあ」
慧人は何度もため息をつきながら帰宅した。
——へたれな自分が嫌でたまらない。
けど、考えたところで解決する問題でもない。特別に思う相手に対して臆病なのは生まれつきだからだ。
夕食を済ませた慧人は、少しゲームをしたあと、ストレッチのためマットの上へ寝転んだ。スマホを手にストップウォッチ機能のあるアプリを立ち上げ、いつものようにタップしようとしたとき、ふいに写真アプリのほうに触れてしまった。
そしてどきりと心臓を跳ねさせた。
「……なんで内海なんだろ」
慧人は、はあとまたも重くため息を吐いた。
画面に映っているのは昴だった。
一年の終わり頃に、卒業するクラブメイトの先輩と一緒に撮った写真だ。そこに昴が映り込んでいた。見返したとき目に留まったのは、なぜか親しかった先輩でも写りの悪い自分でもなく、昴だった。
それまで一度も気にしたことのない、初めて見た顔だった。なのに気になり、週明けに登校したとき姿を探した。
特段目立つ顔だちでもない。制服姿にまぎれてはかき消えてしまいそうな平凡さだ。けれど慧人はすぐに見つけることができた。そして、毎日姿を探すようになった。
話しかける勇気はない。ただ見ているだけだった。そうしてしばらくしたのちに気がついた。
中学一年のとき転校していった女子に、昴はどことなく似ていた。
彼女は初恋の相手だった。物心がついたときに淡い恋心を自覚して、しかし募らせていただけでろくに話せないままいなくなってしまった。
「よく見ると全然似てないな……」
慧人はアプリを閉じて、ストレッチを始めた。身体を動かしていれば考えずに済む。だからと集中しようとしても、結局は考えてしまう。
思えば初恋の相手も平凡な女子だった。陽キャと陰キャの狭間にいるような、どちらの女子ともつるむことのできる稀有なポジションにいた。誰が相手でも分け隔てずに接する子で、相手によって態度を変えるようなことはしなかった。
どうやったらあんなふうに振る舞えるのだろう。
慧人は不思議に感じて、彼女を目で追っていた。
慧人は学内や外を問わず友人が大勢いた。ただ、特別に親しいといえる相手はひとりもいなかった。
その場が楽しければいい。他人と関わっているという事実があればよく、腹の底では自分よりも相手は上か下かを見定めてばかりいた。サッカーに限らず、すべてに於いて負けてはならないと常に気を張っていたからだ。
だから彼女のことが気になった。
「……どんな顔だったっけ?」
印象や感情は覚えていても、容姿の記憶は朧げだった。平凡すぎたせいか、うまく思い出せない。
今思い出せるのは昴の姿だった。写真にある彼の姿は目に焼き付いている。毎日シャッターを押すごとく見つめているせいかもしれない。
なぜ誰とでも話せるのだろう。彼女に似ているようでいて、昴の周りにいるのは特待生ばかりだから気になった。
平凡なのに、プライドはないのだろうか。
慧人は羨ましさと畏敬の念を覚えながら、ふとすると止まってしまう手をなんとか動かした。ストレッチを終えたあとは、これ以上考えないようイヤホンを耳に入れ、無理やりにでも就寝すべくベッドに潜り込んだ。
じゃなかったら考えてしまう。いつまでも、どんなときも。
昴がまだ店内にいる。慧人たちはとっくに食事を終えて、解散したにもかかわらず、どんな話題でこれほど盛り上がれるのだろう。なぜふたりでいたのかも気になって、慧人はぐずぐずと動けずにいた。
「なんかあったんだろ?」
クラブメイトの河上があくびを噛み殺しながら言った。
他の二人は親が迎えに来て帰っていったのだが、慧人と河上は自転車だった。鍵を外しても一向に帰ろうとしない慧人を不思議に思い、相談事でもあるのかと考えついたらしい。
「……なんでもない」
「別に、すぐ帰る必要ないし」
「いや、ごめん。なにもないから」
時間にして二分ほどだっただろうか。河上の言葉で冷静になった慧人は、ようやく帰宅することに決めた。昴が出てきたとしても、おそらくおどおどとして挙動不審な態度を取るに違いない。すでに今、河上の前で素が出てしまっている。
「……あいつらの愚痴かと思ったんだけど」
あいつらと言われてどきりとした慧人だが、河上の表情を窺うに、先に帰ったふたりのことだと気がついた。慧人は「違うよ」と笑みを浮かべて、自転車に跨った。
「じゃ、また土曜に」
一緒だったのが河上でよかった。慧人は自転車を漕ぎ出して深く息を吐いた。
他の連中だったら「さっきのクラスメイトのこと?」などと根掘り葉掘り聞かれていたかもしれない。
こんなこと普段にはないのに。
なぜ昴のこととなると周りのことが見えなくなってしまうのだろう。
慧人は風を切りながら考えた。
サッカーがただの球遊びじゃなくなったとき、日常に於いてどんな場面でも隙を見せてはいけないと覚悟を決めた。
舐められるような真似は絶対にしてはいけない。常に評価にさらされていることを自覚して、隙を見せるのは言語道断だと胸に刻んだ。
なのに、昴のことになると別人のようにうろたえてしまう。
「……はあ」
慧人は何度もため息をつきながら帰宅した。
——へたれな自分が嫌でたまらない。
けど、考えたところで解決する問題でもない。特別に思う相手に対して臆病なのは生まれつきだからだ。
夕食を済ませた慧人は、少しゲームをしたあと、ストレッチのためマットの上へ寝転んだ。スマホを手にストップウォッチ機能のあるアプリを立ち上げ、いつものようにタップしようとしたとき、ふいに写真アプリのほうに触れてしまった。
そしてどきりと心臓を跳ねさせた。
「……なんで内海なんだろ」
慧人は、はあとまたも重くため息を吐いた。
画面に映っているのは昴だった。
一年の終わり頃に、卒業するクラブメイトの先輩と一緒に撮った写真だ。そこに昴が映り込んでいた。見返したとき目に留まったのは、なぜか親しかった先輩でも写りの悪い自分でもなく、昴だった。
それまで一度も気にしたことのない、初めて見た顔だった。なのに気になり、週明けに登校したとき姿を探した。
特段目立つ顔だちでもない。制服姿にまぎれてはかき消えてしまいそうな平凡さだ。けれど慧人はすぐに見つけることができた。そして、毎日姿を探すようになった。
話しかける勇気はない。ただ見ているだけだった。そうしてしばらくしたのちに気がついた。
中学一年のとき転校していった女子に、昴はどことなく似ていた。
彼女は初恋の相手だった。物心がついたときに淡い恋心を自覚して、しかし募らせていただけでろくに話せないままいなくなってしまった。
「よく見ると全然似てないな……」
慧人はアプリを閉じて、ストレッチを始めた。身体を動かしていれば考えずに済む。だからと集中しようとしても、結局は考えてしまう。
思えば初恋の相手も平凡な女子だった。陽キャと陰キャの狭間にいるような、どちらの女子ともつるむことのできる稀有なポジションにいた。誰が相手でも分け隔てずに接する子で、相手によって態度を変えるようなことはしなかった。
どうやったらあんなふうに振る舞えるのだろう。
慧人は不思議に感じて、彼女を目で追っていた。
慧人は学内や外を問わず友人が大勢いた。ただ、特別に親しいといえる相手はひとりもいなかった。
その場が楽しければいい。他人と関わっているという事実があればよく、腹の底では自分よりも相手は上か下かを見定めてばかりいた。サッカーに限らず、すべてに於いて負けてはならないと常に気を張っていたからだ。
だから彼女のことが気になった。
「……どんな顔だったっけ?」
印象や感情は覚えていても、容姿の記憶は朧げだった。平凡すぎたせいか、うまく思い出せない。
今思い出せるのは昴の姿だった。写真にある彼の姿は目に焼き付いている。毎日シャッターを押すごとく見つめているせいかもしれない。
なぜ誰とでも話せるのだろう。彼女に似ているようでいて、昴の周りにいるのは特待生ばかりだから気になった。
平凡なのに、プライドはないのだろうか。
慧人は羨ましさと畏敬の念を覚えながら、ふとすると止まってしまう手をなんとか動かした。ストレッチを終えたあとは、これ以上考えないようイヤホンを耳に入れ、無理やりにでも就寝すべくベッドに潜り込んだ。
じゃなかったら考えてしまう。いつまでも、どんなときも。



