内海昴は四月五日生まれだった。新しい学校へ入学したときはいつも最初から年上の状態となる。翔聖学園でも然り、二年に新級した今、昴はクラスで唯一の十七歳だ。
昴はなにをするにも平均より上の結果を出すことができた。両親はその理由を、生まれが早いからだとよく口にしていた。なるほどと誇らしく思えていた昴だったが、入学してからは、たかが器用貧乏じゃないか、と思い悩むようになっていた。
翔聖学園は特殊な学校だった。ほとんどが推薦で入学する特待生ばかりで、みなスポーツや音楽に励み、囲碁や将棋等、様々な分野で国際的に活躍している者たちが多くいた。すでに起業している者、俳優やアイドルなどもいた。超高校生級の生徒は忙しい。まじめに授業を受けている時間がない。そういった生徒でも単位が取れるよう制度が整えられた学校だった。
昴が選んだ理由は、単に自宅から近いからだった。
普通入学する場合の偏差値も高い学校だったが、勉強も運動もそこそこできる昴はなんなく入学できた。
しかし、いくら平均レベルを無難にこなせても、一芸に秀でたもののなかでは劣等感にさらされる。
昴にはこれといった特技はなく、趣味も特になかった。平凡で普通な自分が卑小に思えて、気後れする日々を過ごしていた。
「内海にしか頼めないんだ」
昴は今、世にも珍しいことに担任教諭から頭を下げられている状況にあった。しかも職員室で、他の教諭もいる場である。
「美作先生のおっしゃる理由は把握いたしましたが、僕にできるとは思えません」
周りの教諭たちは美作教諭に対して同情のこもった眼差しを向けている。驚きとか、不快感とかそういった視線じゃない。こればかりは仕方がないという諦念が読み取れる。
こんな体験は二度とないだろう。あってたまるか。死ぬほど気まずい。
「いや、内海じゃなきゃだめなんだ」
「なんでですか? 守木くんや青柳さんのほうがしっかりしていらっしゃると思いますが」
「おまえの言いたいことはわかる。守木は生徒会長になるような男だし、青柳は将来政界に入りそうなほどの責任感と行動力がある。だが、あいつらは……守木たちじゃなくて、あいつらだ。わかるだろう? 普通じゃないんだ。なぜか内海にだけ……なんていうか……内海なら手綱を取れるだろう?」
なぜ自分に頼んできたのか皆目わからない。
いくら説明を聞いても昴は理解できなかった。
なぜなら美作教諭の言うあいつらとは、この特待生まみれの翔聖学園の中でもトップの上澄みである最上の五人を指していたからだ。
新級して三ヶ月となり、来月は恒例の親睦会が開かれる。ひとクラスを六つのグループに分けてチームをつくり、全校生徒が出し物をするという、まるで小学生のような催しだ。ただ、開校して以来の伝統であるらしく、校外や保護者、OBなんかも参観にくる。昴はグループを取りまとめるリーダー役を頼まれた。
才能を持った生徒だらけの校内で、まったくなんの取り柄もないごく平凡な生徒だ。自分にできるわけがない。
昴は何度も拒否したが、結局は顔を立てねばならない状況となり、不安でいっぱいになりながら教室へ戻るはめになった。
「やった! 昴が仕切ってくれるんなら俺も出るよ」
ざわつく教室内でも一段と明瞭な声を響かせたのは、東弘和だ。派手なオレンジ色の髪と普段から笑っているような口元が、彼の底抜けない明るさを表している。大人気Vチューバーだが、二次元にしなくてもいいくらいのイケメンだ。
「ということで、残りの時間は話を進めてみて欲しい」
美作教諭はぱんぱんと二度手を叩いて生徒を鎮まらせた。
「まだ一月あるからな。準備のためのコマも何時間か抑えてある。今日は方向性とだいたいの予算くらいは決めておいて欲しい」
午後の授業は親睦会の班分けがなされた。自由にと言われ、自然と集まったのは美作教諭が予測していたとおりの結果だった。
「内海くんと同じ班というなら、参加しないわけにはいきませんね。あなたの動向をつぶさに観察したいわけですから、イベントは絶好の機会です」
銀縁メガネを神経質そうな細長い指でくいっとやり、午後の日差しをで反射させたのは、笹野高志郎だ。梅雨に入り蒸し暑くなってきた時期だというのに、笹野はワイシャツのボタンをしっかりと締めていて暑そうだ。せめて半袖にしたらいいのにと、おせっかいにも昴は見るたび心配になる。
「アジアカップが終わったばかりだからな。ワールドカップまでは半年あるし、スケジュール的にはちょうど空いてる」
握力を鍛えるためのゴムボールを握っている瀬戸口慧人が言った。サッカーの国際大会にも出場する特待生の彼は、足を使う競技なのに全身をくまなく鍛えている。
以前昴が聞いたことによると、サッカーはフィジカルのスポーツだからとの話で、大変だなと胸肉ばかりの弁当を見ながら畏敬の念を覚えていた。
「内海がリーダーを務めてくれるというならなんとかなりそうだね。無論、わたしもサポートするから、きみにばかり苦労はかけさせないよ」
穏やかな声で励ましてくれたのは、日下部雅史だ。聞いているだけで安らげるような声と、清浄な空気を吸ったような気持ちになれる眼差しを向けてくれる日下部は、この班のなかで唯一頼れる存在ではある。しかし、彼は若くして起業し、社長として日々多忙な生活を送っている。であるのに昴のことを常に気にかけ、助けようとしてくれるのだから気が引けてしまう。あまり頼らないでおこうと、昴は曖昧な笑みを返した。
「ありがとう。でもさ、伝統行事って言っても翔聖学園は自由な校風なんだし、無理に出なくても単位は取れると思うんだ。無理しなくてもいいと思うんだよね」
できることなら欠席すると言ってもらったほうが気持ち的に楽だった。だって、こんな五人をどうまとめられる?
昴にはまったく自信がなかった。
「俺らが欠席したら、昴はどうするんだ?」
ぼそりと右側から怒ったような声が聞こえてきた。天瀬稔は寡黙なわりに、昴のそばだと結構喋る。無駄口はいっさい利かないし、昴にしか聞こえないような声量だが、昴は注意深く聞き取るよう気をつけていた。学園で浮いている彼ら五人のなかでも、天瀬は一番人を寄せ付けない。自分にだけ少し心を開いているように思えて、橋渡しをしてやらねばという責任感があった。
「もしみんなが欠席するなら、僕も……」
言いかけて昴ははっとし、あははとから笑いした。
「僕は他の班に混じろうと思……」
これも違うらしい。欠席すると言ったとき、彼らは全員が同じ表情をした。だったら絶対に休めないという決意の滲む顔だ。だからと別の案を出してみたのだけど、表情は変わらない。
うーんと悩んで冷や汗をたらし、昴は決めた。
「みんなが出てくれたら嬉しいな」
ようやく変化があった。そこまで大きな変化じゃないものの、喜んでいるのはわかる。いや、弘和だけは例外だ。にんまりと大きな笑みを浮かべて、「決まってんじゃーん!」とはしゃぎだした。
「じゃ、さっそく内容を決めよう。なににする? このメンツでなにができるかな?」
「可能性としてはいくつか考えられますが、わたしとしては出来うる限り愉快なものにしていただきたい。……ネタになりますから」
「ネタなんて自分で探しに行くもんだろ? 待ってたってボールは来ない」
「まあまあ、あまり内海を困らせないようにしよう」
「……だったら、個人の得意をそれぞれ披露する、でいいんじゃないか?」
思ったより会話が進んでいる。昴は嬉しくなり、この調子なら意外に上手くいくかもしれないと微笑んだ。
昴はなにをするにも平均より上の結果を出すことができた。両親はその理由を、生まれが早いからだとよく口にしていた。なるほどと誇らしく思えていた昴だったが、入学してからは、たかが器用貧乏じゃないか、と思い悩むようになっていた。
翔聖学園は特殊な学校だった。ほとんどが推薦で入学する特待生ばかりで、みなスポーツや音楽に励み、囲碁や将棋等、様々な分野で国際的に活躍している者たちが多くいた。すでに起業している者、俳優やアイドルなどもいた。超高校生級の生徒は忙しい。まじめに授業を受けている時間がない。そういった生徒でも単位が取れるよう制度が整えられた学校だった。
昴が選んだ理由は、単に自宅から近いからだった。
普通入学する場合の偏差値も高い学校だったが、勉強も運動もそこそこできる昴はなんなく入学できた。
しかし、いくら平均レベルを無難にこなせても、一芸に秀でたもののなかでは劣等感にさらされる。
昴にはこれといった特技はなく、趣味も特になかった。平凡で普通な自分が卑小に思えて、気後れする日々を過ごしていた。
「内海にしか頼めないんだ」
昴は今、世にも珍しいことに担任教諭から頭を下げられている状況にあった。しかも職員室で、他の教諭もいる場である。
「美作先生のおっしゃる理由は把握いたしましたが、僕にできるとは思えません」
周りの教諭たちは美作教諭に対して同情のこもった眼差しを向けている。驚きとか、不快感とかそういった視線じゃない。こればかりは仕方がないという諦念が読み取れる。
こんな体験は二度とないだろう。あってたまるか。死ぬほど気まずい。
「いや、内海じゃなきゃだめなんだ」
「なんでですか? 守木くんや青柳さんのほうがしっかりしていらっしゃると思いますが」
「おまえの言いたいことはわかる。守木は生徒会長になるような男だし、青柳は将来政界に入りそうなほどの責任感と行動力がある。だが、あいつらは……守木たちじゃなくて、あいつらだ。わかるだろう? 普通じゃないんだ。なぜか内海にだけ……なんていうか……内海なら手綱を取れるだろう?」
なぜ自分に頼んできたのか皆目わからない。
いくら説明を聞いても昴は理解できなかった。
なぜなら美作教諭の言うあいつらとは、この特待生まみれの翔聖学園の中でもトップの上澄みである最上の五人を指していたからだ。
新級して三ヶ月となり、来月は恒例の親睦会が開かれる。ひとクラスを六つのグループに分けてチームをつくり、全校生徒が出し物をするという、まるで小学生のような催しだ。ただ、開校して以来の伝統であるらしく、校外や保護者、OBなんかも参観にくる。昴はグループを取りまとめるリーダー役を頼まれた。
才能を持った生徒だらけの校内で、まったくなんの取り柄もないごく平凡な生徒だ。自分にできるわけがない。
昴は何度も拒否したが、結局は顔を立てねばならない状況となり、不安でいっぱいになりながら教室へ戻るはめになった。
「やった! 昴が仕切ってくれるんなら俺も出るよ」
ざわつく教室内でも一段と明瞭な声を響かせたのは、東弘和だ。派手なオレンジ色の髪と普段から笑っているような口元が、彼の底抜けない明るさを表している。大人気Vチューバーだが、二次元にしなくてもいいくらいのイケメンだ。
「ということで、残りの時間は話を進めてみて欲しい」
美作教諭はぱんぱんと二度手を叩いて生徒を鎮まらせた。
「まだ一月あるからな。準備のためのコマも何時間か抑えてある。今日は方向性とだいたいの予算くらいは決めておいて欲しい」
午後の授業は親睦会の班分けがなされた。自由にと言われ、自然と集まったのは美作教諭が予測していたとおりの結果だった。
「内海くんと同じ班というなら、参加しないわけにはいきませんね。あなたの動向をつぶさに観察したいわけですから、イベントは絶好の機会です」
銀縁メガネを神経質そうな細長い指でくいっとやり、午後の日差しをで反射させたのは、笹野高志郎だ。梅雨に入り蒸し暑くなってきた時期だというのに、笹野はワイシャツのボタンをしっかりと締めていて暑そうだ。せめて半袖にしたらいいのにと、おせっかいにも昴は見るたび心配になる。
「アジアカップが終わったばかりだからな。ワールドカップまでは半年あるし、スケジュール的にはちょうど空いてる」
握力を鍛えるためのゴムボールを握っている瀬戸口慧人が言った。サッカーの国際大会にも出場する特待生の彼は、足を使う競技なのに全身をくまなく鍛えている。
以前昴が聞いたことによると、サッカーはフィジカルのスポーツだからとの話で、大変だなと胸肉ばかりの弁当を見ながら畏敬の念を覚えていた。
「内海がリーダーを務めてくれるというならなんとかなりそうだね。無論、わたしもサポートするから、きみにばかり苦労はかけさせないよ」
穏やかな声で励ましてくれたのは、日下部雅史だ。聞いているだけで安らげるような声と、清浄な空気を吸ったような気持ちになれる眼差しを向けてくれる日下部は、この班のなかで唯一頼れる存在ではある。しかし、彼は若くして起業し、社長として日々多忙な生活を送っている。であるのに昴のことを常に気にかけ、助けようとしてくれるのだから気が引けてしまう。あまり頼らないでおこうと、昴は曖昧な笑みを返した。
「ありがとう。でもさ、伝統行事って言っても翔聖学園は自由な校風なんだし、無理に出なくても単位は取れると思うんだ。無理しなくてもいいと思うんだよね」
できることなら欠席すると言ってもらったほうが気持ち的に楽だった。だって、こんな五人をどうまとめられる?
昴にはまったく自信がなかった。
「俺らが欠席したら、昴はどうするんだ?」
ぼそりと右側から怒ったような声が聞こえてきた。天瀬稔は寡黙なわりに、昴のそばだと結構喋る。無駄口はいっさい利かないし、昴にしか聞こえないような声量だが、昴は注意深く聞き取るよう気をつけていた。学園で浮いている彼ら五人のなかでも、天瀬は一番人を寄せ付けない。自分にだけ少し心を開いているように思えて、橋渡しをしてやらねばという責任感があった。
「もしみんなが欠席するなら、僕も……」
言いかけて昴ははっとし、あははとから笑いした。
「僕は他の班に混じろうと思……」
これも違うらしい。欠席すると言ったとき、彼らは全員が同じ表情をした。だったら絶対に休めないという決意の滲む顔だ。だからと別の案を出してみたのだけど、表情は変わらない。
うーんと悩んで冷や汗をたらし、昴は決めた。
「みんなが出てくれたら嬉しいな」
ようやく変化があった。そこまで大きな変化じゃないものの、喜んでいるのはわかる。いや、弘和だけは例外だ。にんまりと大きな笑みを浮かべて、「決まってんじゃーん!」とはしゃぎだした。
「じゃ、さっそく内容を決めよう。なににする? このメンツでなにができるかな?」
「可能性としてはいくつか考えられますが、わたしとしては出来うる限り愉快なものにしていただきたい。……ネタになりますから」
「ネタなんて自分で探しに行くもんだろ? 待ってたってボールは来ない」
「まあまあ、あまり内海を困らせないようにしよう」
「……だったら、個人の得意をそれぞれ披露する、でいいんじゃないか?」
思ったより会話が進んでいる。昴は嬉しくなり、この調子なら意外に上手くいくかもしれないと微笑んだ。



