ハイスペ特待生たちは僕だけにやたら重たい感情を向けてきます

 内海(うつみ)(すばる)。四月五日生まれなため、翔聖(しょうせい)学園の入学式のときにはすでに十六歳となっていた。勉強も運動もそこそこできる。得意な生徒には負けても無難にこなせる自分を、昴は器用貧乏だと認識していた。
 なにをするにも平均より上の結果を出せる理由は、生まれが早いからだと両親から言われ続けてきた。

「内海にしか頼めないんだ」

 昴は今、世にも珍しいことに担任教諭から頭を下げられている状況にあった。しかも職員室で、他の教諭もいる場で。

美作(みまさか)先生のおっしゃる理由は把握いたしましたが、僕にできるとは思えません」

 周りの教諭たちは美作教諭に対して同情のこもった眼差しを向けている。驚きとか、不快感とかそういった視線じゃないことから、こればかりは仕方がないという諦念が読み取れる。
 こんな体験は二度とないだろう。あってたまるか。死ぬほど気まずい。

「いや、内海じゃなきゃだめなんだ」
「なんでですか? 守木(もりき)くんや青柳(あおやぎ)さんのほうがしっかりしていらっしゃると思いますが」
「おまえの言いたいことはわかる。守木は来年生徒会長になるような男だし、青柳は将来政界に入りそうなほどの責任感と行動力があるからな。だが、あいつらは普通じゃないんだ。なぜか内海にだけ……なんていうか……内海なら手綱を取れるだろう?」

 なぜ自分なのかわからない。
 昴はいくら説明を聞いても理解できなかった。
 なぜなら美作教諭の言う()()()()とは、この特待生まみれの翔聖学園の中でもトップの上澄みである最上の五人を指していたからだ。
 来月、親睦会がある。クラスを六つのグループに分けて出し物をするのという、まるで小学生のような催しだが、開校して以来の伝統であるらしい。そのグループを取りまとめるリーダー役を頼まれた。

「やった! 昴が仕切ってくれるんなら俺も出るよ」

 ざわつく教室内でも一段と明瞭な声を響かせたのは、(あずま)弘和(ひろかず)だ。派手なオレンジ色の髪と無表情でも笑っているような口元が、彼の底抜けない明るさを表している。大人気Vチューバーだが、二次元にしなくてもいいくらいのイケメンだ。

「ということで、残りの時間は話を進めてみて欲しい」
 
 美作教諭はぱんぱんと二度手を叩いて生徒を鎮まらせた。

「まだ一月あるからな。準備のためのコマも何時間か抑えてある。今日は方向性とだいたいの予算くらいは決めておいて欲しい」
 
 さっそく午後の授業で美作教諭が班分けをした。自由にと言われ、自然と集まったのは美作教諭が予測していたとおりの結果だった。

「内海くんと同じ班というなら、参加しないわけにはいきませんんね。あなたの動向をつぶさに観察したいわけですから、イベントは絶好の機会です」

 銀縁メガネを神経質そうな細長い指でくいっとやり、午後の日差しをで反射させたのは、笹野(ささの)高志郎(こうしろう)だ。梅雨に入り蒸し暑くなってきた時期だというのに、笹野はワイシャツのボタンをしっかりと締めていて暑そうだ。せめて半袖にしたらいいのにと、昴は見るたび思っている。

「アジアカップが終わったばかりだからな。ワールドカップまでは半年あるし、スケジュール的にはちょうど空いてる」

 なぜか教室でいつも握力を鍛えるためのゴムボールを握っている瀬戸口(せとぐち)慧人(けいと)が言った。サッカーの国際大会にも出場する特待生の彼は、足を使う競技なのに全身をくまなく鍛えている。
 以前昴が聞いたことによると、サッカーはフィジカルのスポーツだからとの話で、大変だなと胸肉ばかりの弁当を見ながらいつも思っていた。

「内海がリーダーを務めてくれるというならなんとかなりそうだね。無論、わたしもサポートするから、きみにばかり苦労はかけさせないよ」

 穏やかな声で励ましてくれたのは、日下部(くさかべ)雅史(まさふみ)だ。聞いているだけで安らげるような声と、清浄な空気を吸ったような気持ちになれる眼差しを向けてくれる日下部は、この班のなかで唯一頼れる存在ではある。しかし、彼は若くして起業し、社長として日々多忙な生活を送っている。であるのに昴のことを常に気にかけ、助けようとしてくれるのだから忍びないことない。あまり頼らないでおこうと、昴は曖昧な笑みを返した。

「ありがとう。でもさ、伝統行事って言っても翔聖学園は自由な校風なんだし、無理に出なくても単位は取れると思うんだ。この班のメンバーは忙しい人たちばかりだからさ、無理しなくてもいいと思うんだよね」

 できることなら欠席すると言ってもらったほうが気持ち的に楽だった。だって、こんな五人をどうまとめられる?
 昴にはまったく自信がなかった。

「俺らが欠席したら、昴はどうするんだ?」

 ぼそりと右側から怒ったような声が聞こえてきた。天瀬(あませ)(みのる)は寡黙なわりに、昴のそばだと結構喋る。無駄口はいっさい利かないし、昴にしか聞こえないような声量だが、昴は注意深く聞き取るよう気をつけていた。学園で浮いている彼ら五人のなかでも、天瀬は一番人を寄せ付けない。自分にだけ少し心を開いているように思えて、橋渡しをしてやらねばという責任感があった。

「もしみんなが欠席するなら、僕も……」

 言いかけて、昴はあははとから笑いした。

「僕は他の班に混じろうと思……」

 これも違うらしい。欠席すると言ったとき、彼らは全員が同じ表情をした。だったら絶対に休めないという決意の滲む顔だ。だからと別の案を出してみたのだけど、表情は変わらない。
 うーんと悩んで冷や汗をたらし、昴は決めた。

「みんな、出てくれる?」

 ようやく変化があった。そこまで大きな変化じゃないものの、喜んでいるのはわかる。いや、東だけは例外だ。にんまりと大きな笑みを浮かべて、「決まってんじゃーん!」とはしゃぎだした。

「じゃ、なににする? このメンツでなにができるかな?」
「可能性としてはいくつか考えられますが、わたしとしては出来うる限り愉快なものにしていただきたい。……ネタになりますから」
「ネタなんて自分で探しに行くもんだろ? 待ってたってボールは来ない」
「まあまあ、あまり内海を困らせないようにしよう」
「……だったら、個人の得意をそれぞれ披露する、でいいんじゃないか?」

 思ったより会話が進んでいる。昴は嬉しくなり、この調子なら意外に上手くいくかもしれないと微笑んだ。

「それじゃあ、天瀬が有利じゃないか! ダンスなんて一番見栄えがする。俺は画面越しじゃなきゃ意味ないし」
「歌ったらいいのでは? わたしこそ特技と言っても勉学と書き物ですから、披露のしようがありません」
「俺はリフティングでいいだろ? なんか、かったるくなってきた。見世もんじゃないっていうのに」
「確かに不平等だね。わたしもこれといった披露できるものはないし……」
「……だったら、昴に決めてもらう」

 ふんふんと話し合いを聞いていた昴は、いっせいに注目され仰け反った。

「ぼ、僕?」
「俺は昴が喜ぶなら出てもいいってスタンスだ。おまえが楽しめるものがいい」
「えっ?」

 天瀬からの言葉に、昴は仰天した。天瀬はダンスグループに所属している。ワンマンライブを開催してもチケットは必ずソールドアウトするくらい売れているメンバーのひとりだ。無料でダンスを見せるってだけでも驚きだったのに、自分のためにというのだから、とんでもないことだと思った。

「そうだね、昴が決めるんなら俺は文句ない」
「わたしもです。内海くんの参加があってのことでしたから、あなたの意向に沿いたい所存です」
「なんにせよ手っ取り早いよな。……う、内海が決めたんなら否はない」
「総体的に見ても、内海が決めたほうがスムーズに進みそうだ。なにか、案はある?」

 昴は期待のこもった十の瞳を受けて、うーんと悩んだ。
 そして閃いた。

「じゃ、寸劇にしよう!」

 バカにされるかと思いきや、昴が決めたんならそれでいいと言ってあっさり決まった。
 昴はますます驚きぽかんとしつつも、納得できることはあった。
 なぜ彼らは自分に対してだけ反論をしないのかの理由はわからない。ただ、美作教諭が頭を下げてきた理由はこれだったのかと、そこだけは少しわかった気がした。