絵筆の旋律 ※R15強


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※R15軽微


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腕を伸ばしていた。


その背中に。
ふわっとした黒髪に。


触れたくて。


――くっ……。

指先を引っ込め、
拳を握りしめる。

「……流。」

振り向かない。



知らない背中に見える。



心細さが広がる。


「なぁ、流?」


流が筆を置く。

チラッと
目だけで、振り向く。

まつ毛が
艶やかに光る。


――流、
いつも背中が
寂しそうなのは、なぜだ?




「――なに。」



流の低い声が
部屋の空気を震わせる。



戸惑いを捨てて
言葉を落とす。

「驚いてる。すごく。
 感情がグチャグチャなんだ。」

自分の顔が
ひどく歪んでるのが分かる。

苦しいんだ。



「そんな顔するな。」

流が手を伸ばし
俺の頬をつかむ。

「ほら、もう笑え。」



「笑えるか!……俺の憧れがお前?
 ハハハ……」

「お、笑った。」

「これは笑ってんじゃないよ!」

ドカッ。

「いてっ!
 お前、すぐ蹴る癖やめろ!」

「うるさい! 空気読めよな!」

ドカドカドカッ。





「チッ……」

流が俺の足首を掴む。

ぐい、と軽く引かれる。


「わっ…!」


バランスを崩す。
後ろに倒れそうになる。

とっさに流が背中を掴み、
引き寄せた。




流の胸。


腕。


絵筆を握ってた手に、





抱き込まれる。



心臓の音が、
聴こえてしまいそうだ。

聴こえてるのは
俺だけであって欲しい。


「……あっぶね。」


「う、うん。」


「――あ。心臓すげぇ…。
 驚かせてごめん。
 今のは俺が悪い。」


ですよね。

密着してるもん。
そりゃバレますよね。

だけど、
ビックリしただけなので
ご心配なく。

「だい……じょう……ぶ。」

ゴソゴソと
離れようとする。

おかしな気分になる前に
さっさと離れる。
――これ大事。



クンッ!
流が腕に力を込め
俺を止める。

「え、ちょっ……なんだよ?」

慌てて逃れようとする。

また流の腕に力が入る。

しっかりと
俺を抱き抱える。



「リュウだ。」

「……え?」




「リウ。じゃない。
 ――リュウ。だ。」



コンッ……。


流の指先が、
持ってる本の表紙を叩く。




ドクン……。

胸の奥が、小さく疼く。

まるで、
目を覚ましたみたいに。




――あ。ヤバい。




「分かったから……離、せ。」

ミスった。

声が上擦った。



「本当に分かったのか?」



そんな真っ直ぐに
――俺を見るな。

「分かったから。

 もう離せ、よ。」


本当は、
離さないで欲しい。


そのまま
強く引き寄せて

俺が逃げられないように。


お前の熱を
感じたいんだ。


痛いほどに。


俺の
体の奥の疼きを、

その痛みで消して欲しい。



じわじわと
身体が熱くなるのを感じる。



――ダメだ!

ギュッと目を閉じる。



「離せって言ってるだろ!」

ジタバタ暴れる。

全力で身をよじる。

ピッ…
指先が何かを弾いた。

「……いてっ!」

動きを止め、
流を見る。


流が目元を押えている。



――まさか、目!?



ぶわっと鳥肌が立つ。

「流!大丈夫!?見せて!」

流の肩を掴む。



そっと手首を包む。



解く。



「どこが痛い?」

心臓まで
鳥肌が立ってる。


声が震える。



流が、

ゆっくり

大きく

まばたきをする。


確かめるように
俺を見る。


首を傾けてふっと笑う。

「かすっただけ。問題ない。」


俺はその場にへたりこんだ。


「慧?」

「――――。」

俺の口は、
言葉を忘れたようだ。


素直に
「なに?」って、

言えばいいだけなのに。


流の目を
見返す勇気すらない。


呼吸だけが

浅く

短く

俺の口から溢れてる。



「おい、大丈夫か?」

両頬に、
温もりを感じる。


――流の手だ……。



まるで

導くように、

顔を

持ち上げられる。



やめてくれ。

見ないでくれ。



俺の、

上気した顔なんて――



目を逸らす。



流が回り込むように
俺の目を覗き込む。


月明かりの中。

流の瞳が、

俺を捉えた。



もう、逃げられない。



「……慧?

 俺、何ともないぞ?」


優しい声。

柔らかい指。



流が目で聞いてる。

『大丈夫か?ん?』って。



泣きたい。

もうダメだ。


「……っ」
何かが、切れた。

表紙のチーターが
俺を嘲笑っている。








―――――

(キーボードを弾く音)
カチャカチャ……
カチャ……カチャッ……


『なぁ、知ってるか?
 人の体温は、
 思ってるよりも、熱いんだ。

 ほんの一瞬。

 それだけだった。

 けれど、
 胸の奥にヒリヒリと残っている。
 
 まるで火傷じゃないか。

 驚いただけだ。
 そう言い聞かせても、
 心臓の音が答えを濁す。

 触れたわけじゃない。
 抱き寄せられただけだ。

 なのに、
 あの腕の感触が離れない。

 彼の筋肉のしなやかさ。
 湿度。
 振動。

 強すぎない力。

 背中越しに見ていた時とは違う。

 ちょっと触れただけで
 空気の密度まで変わった。
 息苦しい。

 言葉にするには、
 まだ早い。

 でも、
 知らなかった感覚が、
 確かにここに存在している。

 彼の背中が、
 もう遠くに見えない。
 近づいたのは、
 距離なのか、
 それとも――

 
 まだ分からない。


 ただ、
 ほんの少しだけ、
 手を伸ばして、触れたい。

 うっかりと、
 欲が出てしまったんだ。』