絵筆の旋律 ※R15強



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R15軽微


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抜けた天井と共に
落っこちてきた、
慧との再会。

押し切られて始まった
共同生活。

何の抵抗もなく溶け込んで、

気づけば、軽く一ヶ月。



―――――


「流!これどういうこと!?」

バタバタバタ!

グッ……!

慧が俺の胸に
PCの画面を押しつける。

俺は
チラッとだけ目を落とした。

「いてぇな。――なに。」


近いうちに
慧がバタバタと
飛び込んでくるって
内心、分かってた。

どういうことだ?って。


「大家さんからのメール!
 ここ!
 流がこの寮を買う!? 」


目を見開いたり、
しかめたり。

相変わらず忙しい奴だ。


「慧が承認してくれたら、
 すぐ買う。ってことだ。」


「それは読めば分かる!
 そこじゃない!
 どういうこと!?
 お金とかいろいろあるじゃん!
 簡単に言うなよ!」


簡単に、ではないのだが。

まぁ――いいけど。


「大家さんが
 屋根直すなら建て替えたいって。
 それなら俺が言い値で買って、
 リフォームします。って言った。」

早口で答える。


「んん!?」

追いついてない慧。


そこへ被せるように言う。

「大家さん乗り気だった。よし!」

親指を立てて
イイネ!をやる。


慧は
口をパクパクさせている。



この顔――


結構好きだ。

自然と笑みがこぼれる。


バシッ。

「いてっ!……いきなり叩くなよ。」


「何ニヤニヤしてんだよ!

 お前、この広さと立地、
 いくらになるか分かってんの!?」


「うーん。

 俺の一生分の画材より

 ――遥かに安価だな。」


「クソバカ!」

ドカッ。

「いって!蹴るな!」

「お前は
 もうちょい真面目に話せ!」

慧は怒ったまま
部屋を出ていった。



――なんだ?

喜ぶと思ったのに。


俺、真面目に話したのにな。


――――――


本屋。

平台に並ぶ新刊。

ゴクリ……
神妙な面持ちの慧。

その平台に
まっすぐ向かっていく。

迷うことなく

サッと
一冊を手に取る。



ダイナミックに
チーターが描かれた、
スタイリッシュな装丁。

深みのある色。

力強さの中に、
繊細さが共存している。



「Liu(リウ)……。」


指で紙の質感をなぞる。

抱きしめる。

また表紙を見る。


「――待ってて、Liu。」

小さく呟く。



文学部で学びながら
俺は地道に
執筆活動をしていた。


賞こそ取れてはいないが、

アマチュア劇団のシナリオ、

映像学科への
ショートストーリー提供、

少しずつだけど
前には進んでいる。


いつか、

いつか絶対――。


俺の装丁やってもらうんだ。



また、
ギュッと抱きしめる。


小さく息を吐き、
レジへ向かう。




帰宅すると、

流が制作をしていた。

いつも
布がかけられてる
大きなパネル。

勝手に見ちゃいけないって
手を触れることもなかった。


そのパネルが
無防備な姿を見せている。

そこに重なるように
流が座っていた。



素描をする姿は
何度かこっそりと
隠れ見ている。


だけど、

これは、

――初めて見る流だ。





絵の具を溶く指先。

筆を走らせる腕。

色を重ねる動き。


時折、

前髪を
片方だけかきあげる。

動き回る
流の前髪から見える、
射るような眼差し。


立ち上がる。

身体を傾け、距離を取る。

近づく。

筆を走らせる。

タオルでこする。

腰掛けて眺める。

また立ち上がる。




絵を描くって
こんなに身体を使うのか――



ゴクッ……

息を飲む。


ゴクッ……

また、喉が動く。


俺の喉が
呼吸の仕方を忘れてる。



理屈じゃない。



――落ちる時は“一瞬”だ。



俺の口から漏れる息。

零れ落ちるチープな言葉。


「……エロスだ。」



触れたい。


抱きしめたい。


流の全てが、きっと熱い。


その温度を、
俺に転写したい。



後ろから手を伸ばし

近づいていく。



流の背中越し、
照準が合うように
制作途中の絵が視界に入ってきた。


「……は?」





手に持っているLiuの本と、
流の描く筆の先――

視線が
行ったり来たりする。



俺は、

その場に

そっと座り込んだ。




流は
無心に
筆を走らせている。

時折、

離れては指フレーム、

少し首を傾げる。


慣れた手つきで
絵の具を掴む。

ギュッと色を押し出す。

その手から
生み出されたもの。



それが――これなんだ。



どうしよう。
たまらなく好きだ。


その手に触れたい。

触れられたい。


掴みたい。

掴まれたい。


滲む汗。

――混ざりたい。





どれくらい経ったろうか。


流が勢いを保ったまま
細い筆に持ち替える。


フッ、と
全ての気配が消える。


キャンバスの端へ、
静かに筆先を滑らせる。



『Liu.』







声をかけられない。


じっと流の背中を
見つめるしかなかった。




―――――


(キーボードを叩く音)
カチャッ……
カチャカチャカチャッ……
タンッ!


『偶然という言葉では、
 片づけられない瞬間がある。

 本という媒体に置かれていた名前が、
 目の前の現実と重なった。


 線の重なり。
 色の沈み。

 呼吸のような筆の動き。


 ガラス越しに眺めるように
 触れられないものが
 こんなにも近くにあった。

 驚きよりも先に、
 胸の奥に広がったのは、

 飲み込まれるしかない
 静けさだった。



 何かが変わる予感は、
 ――足音を立てず訪れる。



 ただ、
 背中を見ていただけなのに。

 心の中の景色が
 塗り替えられていく。


 憧れは、
 ずっとずっと遠くにあるものだ。
 手の届かない場所で、
 煌々と明かりを灯すもの。


 だからこそ恋焦がれる。


 それが今、
 目の前で呼吸している。
 こんな距離で見つけてしまったら、
 どうしたらいいのだろう。

 まだ何も始まっていない。


 なのに、

 胸の奥は
 静かに騒いでいた。』