ある日、ゾンビを助けたら。






“強くて綺麗な風太の目は
 俺だけのものがいいです”


トクン……ッ。


「……っ!?

 ……それどういう意味?」


トクン……

トクン……

トクン……ッ


「ください!その目を、俺に!
 写真でもいいんで!」


「は!?
 ゾンビが言うと、普通に怖いわ。」



恐ろしいやり取りの後、
俺と煌人は、
そのまま別れた。




俺は、



素直になれなかった。



“帰る”って言葉を
“帰らない”にするだけなのに、

それが出来なかった。




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┈┈┈┈
┈┈



「風太、送ります。

 ゾンビは、
 ゲストに夢の国を届けるため
 外でのこの姿はご法度。

 少しだけ、
 俺の部屋で待っててください。」


「その顔で
 某ネズミキャラ風に言うな。

 ――部屋には戻らない。」


「クソ……。捕獲失敗。」


「――は?」


「いえ、何も。

 じゃあ、
 出口まで行きますね。」


「あ、うん。」


ふたり並んで歩き出す。


出口までの見送りも、
俺にとってはどうでもよかった。

なんか
ムシャクシャして、

早くひとりになりたくて。


「風太、また明日。

 気をつけて帰るのですよ。」


ふてくされたまま
顎で返事する。


煌人は小さく手を振り
ドアを閉めた。

閉まる瞬間まで
目と目が合っていた。

煌人の目は優しく笑ってた。





――パタン。





一拍遅れて、

カチャ……ッ。

鍵の閉まる音が聞こえた。


その瞬間、

強烈な後悔の波がやってきた。


部屋に戻れば良かった。

もう少しちゃんと
話し合えば良かった。

今日だって、
話したいことたくさんあったんだ。

別に大事な話じゃない。
他愛のない、どうでもいい話を。


なにより、

煌人と一緒に居たかった。





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――学校の玄関。

朝のチャイムが鳴っている。



辺りには、誰もいない。




光星と書いたネームプレート。

カタ……ンッ……

関節の目立つ、
細い指が靴箱の扉を開ける。


「……遅刻しました、っと。」


蹴飛ばすように
ローファーを脱ぐ。


ポイッと
上履きを足元に転がす。

白地にマジックで書かれた
“光星”の文字が、
コロンと横たわる。


上履きにつま先を捩じ込みながら、
屈んでローファーをつかむ。


「くぅ……
 何でこいつは
 無駄に重いんだろうな。」


ダラダラと立ち上がり、
靴箱にローファーをしまう。

そのまま腰から、もたれかかる。


「クッソだりぃ……」





灰色の天井に向かって
息を吐く。


辺りは
しんと静まり返っている。


廊下の窓から差し込む光、
吹き込むそよ風、
ひんやりとした空気が
俺を包む。


「はぁ……
 なんか、ひとりぼっち。」


遠くの方で
出席を取る先生の声がしてる。


動きたくない。


「――寂しい。」


ぼそっと口に出してみる。


「うっわ!ヤバ!
 口に出したら
 マジ泣きそうになるじゃん!」


頭を振る。



「あの……なんか大変そうですね。」


――え?

この声……煌人?

キョロキョロと、周りを見る。



――居ない。




「ついに幻聴まで……」

眉間に手の甲を当て
うなだれる。


「なんの幻聴ですか?
 ヤバいやつですか?
 病院行きます?」


え?

え?

また辺りを見渡す。



そろっと足元に目線を落とす。



そこに、煌人は居た。


俺の足元に
チマッとしゃがんで
こちらを見あげている。


「うぉ!?ぅわ!!」

足ごと飛び上がる。



「風太!?なんて声を!!

 確かに、
 これは……ヤバいですね。」


「お前だよ!!
 お前が、お前……が……

 ――いや、なんでもない。」


いつもいつも、
変なところから湧きやがって。

こいつ、ホントに人間か疑うわ。

バリケード達と
普通に話してたから
見えない何かではなさそうだが。

多分な。


見えない何かなわけないけどな。

うん、多分な。


足元の煌人を見下ろす。

「お前、HRは?
 こんな所で何してたんだよ?」


「珍しい鳥がいたので、
 バードウォッチングしてました。」


「ふーん、あっそ。」


「えー、冷たいー。
 んなわけあるかい!みたいなの、
 欲しいーー。」


「朝からそれはめんどくさいわ。
 それにな……」

「風太を待っていたのですよ。」

「聞けよ、最後まで。」


なんだ、
いつも通りじゃん……。

ホッとするけど
なんか面白くない。


だって、俺、
回収したいこと
めちゃあるんだけど!?


大体コイツ、
爆弾発言が多いんだよ。

出会ってから今まで
未回収、溜まりに溜まってんぞ。

まったく回収される気ないのな。

コイツ……
一回、詰めてやろうかな。


足元の煌人を
目だけで見下ろす。

「――おい。」

煌人の目がキラキラと輝く。

「はいっ!なんでしょう?」

曇りなき眼。



イラァ……



なんか、
めちゃくちゃ腹立ってきた。


「今から正直に質問に答えろ。」


「はいっ!」


「昨日の、
 “風太の目はおれのもん”発言。
 その意図は?」


ハタッ……。

煌人の表情が、
一瞬にして真顔になる。



――え?

この反応は想定外。



煌人がゆっくりと立ち上がる。


――あれ?



一歩、俺に向かって距離を詰める。

――え?



「……な、なんだよ。」

じっ……

俺を見つめたまま
すうっと静かに腕をあげる。

――ちょっ、待て。


俺の背中には靴箱。
後退りをするも、逃げ場はない。


指を、俺に向かって
そっと伸ばす。

辺りには誰もいない。


このシチュは、絶対にアレ!


――される!


このままいくと、

確実に――される!

だって、こないだ
いつかやるみたいなこと
口走ってたもん、コイツ!!


スイッ……

煌人の顔がすぐそこに――

鼻先が触れそうな距離に――



全身に力が入る。

ギュッと目を閉じる。

「や、やめ……っ」



ふわっ……

髪に何か触れたような……


そっと目を開ける。


煌人が俺の目の前に
人差し指をずいっと見せつける。


「風太!てんとう虫っ!!」


「へ?」





「ほら、てんとう虫。

 風太の前髪でくつろいでました。

 悪い子だ!――めっ!」


見せられた指の先に
コロンとしたてんとう虫。


「――あ……あぁ、てんとう虫。」

カクンッ――

膝の力が抜ける。

「あれっ……アハハハ……
 なんか、あれ?」

ズズズ……

靴箱にもたれながら、
俺の身体がずれ落ちていく。



「……っ!!」

――グイッ!

「風太っ!!」

煌人の腕が
力強く俺を抱き上げた。



しん……
――静まり返る。



煌人の
左手にはてんとう虫。
右手には俺。



ふたり、目を見開き
顔を見合わせる。


思わず吹き出す。

「ブハーッ!!
 何、このシチュエーション!!」


「ホント、煌人と居ると
 おかしなことばかりです!」

煌人も笑う。

「俺じゃねーわ。お前だよ!」









クスッ!

煌人が首を傾げて
舌を出す。


込み上げる笑いが止まらない。

おかしくて、
嬉しくて、
くすぐったくて。




「コラァーー!!
 そこで何やってる!
 何組だ!?」

――突然の怒声。

パタパタパタパタ!

――誰か走ってくる!!




「やば!
 風太っ!このままじっとして!」

煌人が
俺を脇腹に担いだまま
走り出す。

左人差し指の
てんとう虫も一緒に。


そこへ更なる怒声が
降りかかる。

「あ!コラッ!待て!」



ダンッ――!!

弾けるような踏み込み音。


「ひぃぃぃぃーー!!」

煌人が声を上げる。

長く伸びる廊下を
ギュンギュンと突っ切っていく。


「風太っ!風太っ!」

「なに!?」


「俺、初めて
 “ひぃぃ”って叫びましたっ!!」


「えっ?」


「感動してますっ!
 いつも言わせる側なのでっ!」



ダダダダーーーーッ



プッ……

「それは!おめでとうっ!」


「はいっ!はいーーっ!!」


後ろへと流れていく光。

遅れて聞こえる
窓ガラスが揺れる音。


まるで風になったようだ。


すげぇ――気持ちいい!!




┈┈
┈┈┈┈
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈




風太を担いで
いかほど走っただろうか。


いつの間にか
追っ手は居なくなっていた。


徐々に、

スピードダウンしていく。


タッタッタッ……タッ

タッ……タッ……

――ピタ。

「ふぅ……撒きましたね。

 風太とてんとう虫くん、
 ――もう、大丈夫ですよ。」


脇に抱えた風太は
静かに担がれている。

「あれ?――風太?」

返事がない。

まさか。気絶……!?

サァー……
血の気が引く。

「あわわわ、大変だ!!」

指先のてんとう虫を
肩に移す。

「風太?生きてるか!?」

風太を抱きかかえ、
顔を見る。



スヤァ……



「――寝てる!!!!」


嘘っ!
これで寝ちゃうなんて!!







――クッソ可愛い。



ほっぺ、触りたい。

触りたい触りたい触りたい触りたい……



ふわっ。

てんとう虫が
俺の鼻先をかすめて飛び立った。


「――あ。」

目で追う。

ぶーん……

てんとう虫が
旋回して戻ってくる。

「あ!――待って待って!

 風太を起こしてはダメ!」



――ピトッ。

静かに
風太の前髪の横にとまる。


「はうっ!!」

胸を抑える。

心の臓が痛すぎる。


「おおお、お前、なんてことを……

 それは、けしからんやつだぞ?

 キュンの髪飾りじゃねーか。

 なになに?恩返し?

 わかりました。受け取りましょう。」


けしからん。

誠にけしからん。

全くもって、けしからん。


そろっと指先を出す。

てんとう虫に触れる。

「……ささ、こっちへ来なさい。」


風太の毛先を指先で揺らし、
てんとう虫を誘う。

カサッ……
カサカサッ……



「クフッ……」

風太の口が小さく笑う。

ふっくらとして
まるんとしてる、風太の唇。




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ロックオン

風太のお口に

ドクンドクン


✦・┈┈┈┈┈





「――あ。

 これ……ダメだ……」


プツン―― ―― ……



廊下の壁にもたれながら



――ゾンビ、死す。



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┈┈┈┈
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「ふぁぁあ、よく寝た。
 昨日、ぜんっぜん
 寝れなかったからなー。」

なんか、生温かい。



目線を落とす。



俺の下に、
ぺちゃんこのゾンビ布団。

いや、煌人布団。



「ぅわっ!……ビックリしたぁ。
 なんでこいつも寝てんだ?

 あれ?
 ここ、廊下じゃん!!

 え?三階!?」



キョロキョロと見渡し
頭をかく。


「んー。まぁ、いっか。」


そっと、身体をずらし
煌人から降りる。



「――あ。お前、まだ居たのか?」

煌人の額にてんとう虫が
くっついている。




「……なんか、拝みたくなるな。」




そう呟いて

俺は

煌人の寝顔を眺めた。




「すんげぇ朝だったわー……」


しばらく放心――。