ある日、ゾンビを助けたら。



――俺もゾンビになりたい。


しん……


見開いていた煌人の目が
キラッ……と揺らめく。

パアッと明るく、大きく輝く。


あの、夕焼けが反射した時、

あのときみたいな綺麗な瞳だ。



俺、
悔しいけど

その目に弱いよ。




「はい!風太!
 一緒にゾンビになりましょう!

 ほら、ここへ!
 座ってください!」


煌人に手招かれるまま、
俺は
化粧台の椅子に座った。


「てか、この椅子レトロだな!」


「ふふっ……
 お祖母様からの
 お下がりなんですよ。」


「――《《お祖母様》》?」


「いえ、ばーちゃん。
 何言ってんですか?」

スン。


「はいはい。
 そうですね、ばーちゃんね。」


ちょいちょい、
引っかかるとこあるのは

もう、スタンダードとして
受け入れよう。


じゃなきゃ

多分、コイツとは付き合えない。




あ。

友達としてだよ?

友達として。



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┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈



俺の椅子に

俺の椅子に

風太が座ってるーーっ!


ミスった。
さりげなく膝に乗せればよかった。

上手くいけば、
バレなかったと思う!


俺としたことが……

千載一遇のチャンスを逃すとは

――無念。



この椅子に座ったのは、

お祖母様と俺、

そして、風太だけ。


だって、この椅子は
俺の――宝物だから。


実は、両親にも
座らせたことはない。




俺の宝物に、
俺の推し(たからもの)が座る。




非常に良き、です。※俺の膝なら尚良し。




誤解なきよう伝えておきますが、この椅子に何らかのドラマチックを感じる人もいるでしょうが、ありませんので、そんなもの。


え?

なぜ、両親にも
座らせなかったか?


両親ともに、
ドスン!と座る癖があるからですよ。
優しく座ってくれる人にしか
座らせません。


宝物ですから。

それだけです。


「――……おい。おいっ!って。」


「あ、はい!」


「またブツブツ言ってる!」


「さーせん。
 大事なことを伝えてました。」


「……誰に?」


「さて、メイク始めましょうか!」


「おい!聞けよ、人の話を。
 
 はぁ……もう、いいけどさ。」



風太の前髪を
指先でそっとつまみ、
ピンで留める。


くるんっ……。


柔らかい髪が、くるんって。
俺の指に……
“煌人ぉ♡”ってしてくる。


――実に、イイ。


引っかからないように
そっと、そっと……。

絡まると痛いですからね。

風太にそんな思いは
させられません。


ああ、しかし

髪に触れるなど、

《《上級者向け》》ではなかったですか?



トクトクトク……


ほら、言わんこっちゃない。

俺のハート♡が
浮かれちゃってるじゃないですか。



鏡越しに風太と目が合う。

少し、
不安げな顔をしている。


「大丈夫ですよ。
 目を閉じてください。

 素敵なゾンビに
 して差し上げますよ。」


「……ん。」

素直に目を閉じる風太。



――クッソ可愛い。



おっと……危ない。
冷静であれ、洞《ほう》煌人《きらと》。


顔を丁寧に拭き、
下地を付けていく。


ペタペタ……
スルスル……
ポンポン……


ちょ、ちょ、ちょーっと待った!

これは……
非常に、マズいですね。

これではまるで、
手での愛……


ゴッ!!

風太からのアッパーカット!!



「グハッ!!



 ――いきなり何を……」



「全部、ダダ漏れてんだよ。
 禁止ワード吐くんじゃねぇ。」


また漏れていたとは、
お恥ずかしい。

キリッと襟を正し、
風太のメイクを続ける。


ゾンビメイクをしたとて、
なんと綺麗なご尊顔。


拝みたい。


もっと近くで。






拝んで――


見つめて

触れて

そんでもって……


風太の鼻先へ近づいていく。


ふわっと
甘い香りがする。

風太の香りと、
ホームパイの香り。

口元に小さく
ホームパイが……ついてる。



鼻先よりも
更に近づいていく。



あと1センチ……


ホームパイを取ってあげます……



――ピタ。

停止する。

✦・┈┈┈┈┈


不意打ちは

卑怯者の

士業なり


✦・┈┈┈┈┈



スッ……と離れる。


――危ねぇ、やっちまうとこだった。


後ろへ下がり、
筆を手に取る。

その指が小さく震えている。

怖いのではない。
恍惚の震えだ。

自分に勝ったという、
不思議な高揚感。




「……やらないのか?」




「――!」


振り返ると、

風太が
うっすらと目を開け
鏡越しに俺を見ている。


「……何をです?」

パレットに色置き、
丹念に混ぜていく。




「今、お前がしようとしてたこと。」



「……なんのことやら。」


パレットの上、
クルクルと
色を混ぜ合わせる。


筆に程よく色を含ませ、
そっと構える。


風太の顎を

持ち上げる。


クイッ。


「また、今度、いつか、ですね。」


顎クイついでに
ちゃっかりと
本音をこぼしてしまいました。




「……いつか?やんの?お前。」

風太の小さな唇が動く。



この口っ……

許されるなら、

食べてしまいたい。



可愛いが過ぎると
食べたくなる。

“キュートアグレッシブ”
と、呼ぶらしい。


俺の感情は《《それ》》なのだろうか。


だとしたら、

きっと、

そんな簡単に



――食べてはいけない。



推しを汚してはならないのです。



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┈┈┈┈
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈



ホラーハウスに通じる
ドアの前。

煌人が俺の顔を覗き込む。

「風太は、どんなゾンビに
 なりたいですか?」


「どんな……と言われても。」


「イメージあった方が楽しいですよ。

 うーん。
 俺はですね……

 いつの間にか参加してるゾンビ。
 それが、やってて一番楽しいです。」


「あ!だから――」

初めて出会った時、
煌人は、
俺の肩でトレインしてた奴の肩で、
いつの間にかトレインしてた。

あれは、確かに楽しいな。

「あの時、いつからいたの?」


「入って来て、スグですね。

 あの人、
 気づくの遅かったわー……」


「ウソだろ!?――ブハハハ!!」


想像すると、
更に笑いが込み上げてくる。


涙が出る。


煌人といると、
笑い涙が出ることが多くて
正直、自分で驚く。


「風太、どんなイタズラします?」

煌人がニタァと笑う。


「悪い顔で笑うな!怖い!
 
 俺は……

 あ!そうだ!」


「ん?」

キョトンと俺を見る煌人。


わくわくして
ククッと、笑う俺。


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┈┈┈┈
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈



「来たっ!煌人、デビューですよ!

 ほら、行ってこーい。」


トン。と背中を押され

俺は、
初めて――ゾンビになった。



――仄暗い空間。

通路を背にして、
地面にちょこんと座る。

すぅっ……軽く深呼吸。



「――いててて。
 あー、ビックリした。

 足やったかもな……」

小さな声を漏らす。



ザッザッザッザッ……
誰かが近づいてくる。


「――あの、大丈夫ですか?

 怪我とかしてるなら、
 スタッフさん呼びますよ?」


――カモが来やがったぜ。

ぶわっと
ワクワクが押し寄せる。

必死に抑え込む。

足を押さえて、
俯いたまま返事する。

「多分、大丈夫です。
 
 肩を……
 貸して貰えますか?」


「ああ、どうぞ。」

俺のすぐ横に
膝を着いてしゃがむ男性。

その向こうに
連れらしき男性が2人。


ふむ。同じくらいだな。

浮かれた男子グループか。

へっへっへっ、
若造めが、まだまだ青いな!

「ありがと……う……う……」


「え?どうしました?」

男性が
俺の顔を覗き込む。

バッと顔を上げる。

「グワァァアアアーッ!!」

5本指をめいっぱい開き、
ガシィッと肩を掴む。



「ギャアアァァーー!!」

俺の手を振りほどき、
三人は団子状態で
あっという間に走り去った。



「フン、ざまあみろ。」




物陰から
煌人がひょこっと顔を出す。

「さすが風太です。
 悪いゾンビがうまい!」


振り返り、
指でGoodをする。

「なぁ、煌人!
 今、俺、めちゃ楽しい!」


煌人が
満面の笑みを浮かべる。



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俺と同じ空間で
風太がゾンビを楽しんでいる。

キラキラと
目が輝いてる。

「ふふっ。解放ですね。」

小さく呟く。


俺の推し、風太は
いつもニコニコ。

物腰柔らかで
とても人当たりがいい。

可愛い奴なんです。


でも、俺は知ってます。

いや、正確に言えば、
たまたま見てしまったっていうか。


3年になってすぐの頃、
俺は図書室で読書をしていた。

タイトルは
『世界のゾンビ大集合』。

一目で人を
恐怖のどん底に突き落とすには、
どんなゾンビが良いだろうかと
悩んでいたんです。

読み進めても手応えはなく、
本を閉じました。

パタン。

スタスタスタ……
棚へ戻そうとした時、
本の隙間から
誰かが投げ出した足が
見えました。


そっと、距離にして
1ゾンビメートルくらいまで
近づいてみたら

そこに
風太は居たんです。






「くっそ、だりぃ……」

可愛い口元から
汚い言葉が溢れ、

制服のスラックスからは
だらしなくシャツがはみ出ている。

チラッと見える脇腹を
ボリボリとかいている。


「ふうくん、ふうくん、
 うるっせぇわ。

 あー、だりぃ。めんどくさ!」


グシャグシャと
頭をかきむしる。

ボサっとした前髪から
くるっとした目が覗いている。



――あの人は、
同じクラスの光星《みつほし》くんだ。





いつも、ふわふわと髪を揺らし
誰にでも平等に優しくて
何かあったとしても
嫌な顔ひとつしない、
“とても良い子”の光星くん。


目を疑いました。


そこにいる光星くんは、
強烈にだらしなく、
口も悪く、
目つきも最悪に悪い。


ゾワゾワとしました。


予鈴が鳴ると、
傍にあったペットボトルを
ぐいっと一口。

「うっま!たまんね!」

って、
口元を腕で拭って
ニカッと歯を見せた――


あれが、光星くんの犬歯か。
チラリズムって素敵。


――ゾクンッ……


教室までの帰り道、
俺は何を思い、
どう帰ったのか、
ちょっと覚えてないのですが。

教室に戻った光星くんは
いつもの彼で。

心の奥が、
チクチクとしたんです。


光星くんを見ると、


俺の心は

ゾワゾワとチクチクが

忙しく入れ替わり



それが心地よくもあり、
少し痛くもあり、



頭の中が、

どうにも
訳が分からなくなるのですよ。