ある日、ゾンビを助けたら。



俺は――
いつからこんなに
欲深くなったのか。


どこの地に降臨しても、

馴染んできた頃に

ホラーハウス諸共、

ドロンと消えてきた俺。


“ほんの数ヶ月”

執着はしない。

深く根付かない。


席はいつも教室の奥
窓際の1番後ろ。

先生に頼んだのは
それくらいだ。


みんなは
振り返らないと
俺が見えないけど、

俺からは
いつだって
みんながよく見える。


束の間の仲間を
目に焼き付けるだけで
俺は満たされる。


そう割り切って
今までやってきたんだ。


なのに

俺は今――……





心の中で

結婚行進曲を

爆音で鳴らしながら

軽いステップを踏んで

家路についている。




――重症である。




帰りのHRが終わるや否や、

瞬間移動の如く

俺は、駆け出したんだ。





いつかの日の母が言っていた。



✦・┈┈┈┈┈

ホームパイ

最高級の

お菓子なり

✦・┈┈┈┈┈



――自宅のキッチン。


小皿にホームパイを
斜めに重ねて盛る。


おお。
さすがホームパイだ。

この特別感たるや。



手元の皿の上、
最高画質の
ショートムービーが見える。



ハムスターのように
ホームパイをかじる風太――



うっ……ヤバい。


「……可愛い。

 ひまわりの種も
 トッピングしとこ。」


想像だけで
気絶してしまいそうだ。

待て、待て、洞煌人。

天に召されるには
まだ《《惜しい》》……。




ソワソワする。

フワフワする。

あっちこっち、
ウロウロしてしまう。



“放課後、お前ん家行く。
 首洗って待っとけ。”


「うわぁぁ……」

思い出しては
耳に手を当て悶える。



首洗って

待ちうけてます。



蟻地獄のように。



┈┈
┈┈┈┈
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈



「くっそ、あのゾンビ男……
 おれを置いて先に帰りやがった。」

ムシャクシャと歩く。

あり得ない。

俺を置いていく奴なんて
今までいた事がない。

「ふうくーん」って、
いつだってみんな待ってたぞ。

俺は
待たれる男なんだぞ。


しかもあいつ、
今朝は俺のこと無視しやがった。



「推しじゃねぇのかよ……。」



てか、
なんで俺から誘ってんだよ。



「クソクソクソ……」



俺は、待たれる男であり
誘われる男なんだよ。



「あれ?ふうくんじゃん。
 今日は1人なの?」



あ。クラスメイトの――

“なんとか”さん。


「わあ、偶然だね。
 うん、ちょっと用事があるんだ。

 じゃぁ、また明日ね。」

ニコッと手を振る。


「あっ、うんっ♡」


すれ違って、少しあとに

――カシャッ。



横目で確認する。

俺を背景に
ピースしてらっしゃる。


「はぁ……めんど。」


面倒臭い。

面倒臭い。

うざい――

歩き出した瞬間、


藻布川(もぶかわ)さん、それ消そう?」


煌人の声が聞こえた。


足を止める。

そっと振り返る。


煌人が涼しい笑顔で
藻布川(もぶかわ)さんとかいう人と話している。


彼女に手を振り、
こちらへ歩いてくる。


「ケッ……不届き者めが。」


うわ。ヤバい顔してる。


「――お前、
 目が素人の目じゃなくなってるぞ。」


「やあ、僕のハムスター君。」


「ハムスター?
 また訳の分からんことを……。

 てか、迎えに来たの?」


「うん。まあ。
 分かりにくいかなって思って。」


「分かりにくい!?そうか!?
 お前ん家、
 ド派手な入口じゃんか。」


「そうでしたね。はい。

 待ちきれずに、
 出てきてしまいました。

 そしたら、あの不届き者が……」

キュピン……ッ!
煌人の口元が光る。

「おまっ……なんでテグスなんか!
 しまえ!今すぐしまえ!」


「ご用命あれば、
 いつでも亡きものに……」

キュキュッ……

ピンッ!


「やめんか!アホ!
 オラ、行くぞ!」

煌人の首に腕をまきつけ、
引っ張っていく。

引っ張りながら
言葉をこぼす。

「なんかさ、
 今ふと思ってたんだ。」


「……ゲボッ……グフゥ……」


「わぁ!締めすぎた!

 ――煌人!?
 おい!戻ってこい!」



腕を離す。

今度は、並んで歩く。



「大丈夫か?」


「お構いなく。

 風太に触られると
 そうなるだけです。

 それに、
 推しからの締め技で
 落ちるなんて
 幸せの極みですね。

 それで、何を思ったんです?」


襟元を整えながら
煌人が俺を見る。

相変わらず綺麗な黒い瞳だ。

変態のくせに。


「俺って――やっぱ嫌な奴かも。」

煌人は
静かな目で
首をかしげ
俺を見つめている。


俺の口よ、止まれ。

だけど、(せき)を切ったように
溢れてしまうんだ。


「いろいろ、
 うざったいと思ってたけど

 アイツらがいる時は
 さっきみたいな嫌なこと、

 あんまりないな。って……。

 思い上がりかもしれないけど
 もしかして、とか……」


「守ってくれてるのかも
 しれませんね。」


「え。」

煌人に目線を投げる。


「誰でもそうですよ。
 その時は分からないものです。

 ふとした時に、
 もしかして――って。

 正解なのか
 どうかも分からない。

 そんなもんですよ。」

うんうん、と頷く煌人。


だからどうだとか、
感謝云々とか、
そういうことは言わない。

煌人って、
やっぱり不思議な奴。


「そうだな。
 ちょっと自分が嫌になるけど、
 それもまたいいかもしれん。」

クッと笑う。

煌人もクスクスッと笑う。


「俺は、風太が大好きですよ。」


耳がくすぐったい。

触れそうな
肩がくすぐったい。


「なんか今日、
 空気美味いな。」

「風太の周りは
 酸素がたくさんありますから。」


夕焼けが、
俺たちの影を長く伸ばしている。

目の前に
煌びやかなゲートが待ってる。



┈┈
┈┈┈┈
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


自宅があるといっても
チケットも持たずに
どうやって入るんだろう。

興味津々だ。



「ただいまー」

ゲートスタッフに
普通に挨拶しやがった。

「坊ちゃん、おかえりなさい。」

ガチャッ!

ゲート、OPEN!!

にこやかなゲートスタッフ達。


スタスタスタ……

普通に入っていく煌人。



うそーーーーん!!

坊ちゃんってなに?

(ほう)ちゃん”ってこと?
噛んだのかな?



近くのスタッフを捕まえ、
素早く
耳打ちをする。

「坊ちゃんってなに?」


スタッフも俺に
素早い耳打ちを返す。

「坊ちゃんは坊ちゃんです。」



なんっじゃそれ!



答えちゃうやん。
ぜんっぜん、
答えになってないやん。


「――風太?どうしました?」

うわ、やべ!
急いで煌人に駆け寄る。

「何でもない。
 夕焼け綺麗っすね、って
 話してただけ。」


煌人が、
すっと空を見上げる。

深呼吸する。

「――あぁ、すごく綺麗だ。」

低い穏やかな声。


煌人の唇の端っこが
キュッと微かに上がったのを見て
何だか俺も嬉しくなる。


すっとんきょうな煌人もいいけど、
この煌人もいいな。



黒い瞳にオレンジが反射してる。

まるで、
見たことない宝石みたいだ。







お前、

ホントに人間なのか?





……って、何がだよ!


危ねぇ……

俺、今、
ファンタジーに
片足突っ込みかけた。


しっかり!
しっかりしろ、光星風太!


頭をブンブン!と振る。

手のひらで
頬をペチペチと叩く。


ぐっ。

手を掴まれる。

「なにしてんの。
 風太を叩かないで。」

煌人の指先が
俺の頬をさする。



――柔らかい。



これは

間違いなく、人間だ。



もう、時々
ファンタジーでも何でも
いいじゃん。


だって、
思っちゃうもんは仕方なし。



┈┈
┈┈┈┈
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈



ふたり、

ホラーハウスの中を
進んでいく。


ゾンビどころか、
虫の1匹も居やしない。


「グハァァァ!とか
 なーんもないの変な感じだな。」



「――あ、欲しかったですか。」

ヒュ~ゥ♬

聞こえるか聞こえないかの
口笛を吹く。



「ぐあぁぁあ!!」
「助け……て……助け……て」
「食わせろぉぉお!!」

あちこちのドアや角から
魑魅魍魎が顔を出す。

賑やかすぎて
何が何だか。


「なんだよこれ!アハハハ!」

魑魅魍魎たちの隙間を
スイスイと抜けていく。

煌人の手が
俺の手を掴んでいる。



あのドアが見えてきた。


今なら、
あのドアも見つからない――

みたいな
摩訶不思議が起こっても
いいんじゃないかな。


俺の胸の高鳴りが
煌人の手のせいなのか
魑魅魍魎のせいなのか、
分からないように。


タン、タン、
と足を踏み締めて歩く。


┈┈
┈┈┈┈
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


パタン。

つい昨日来たこの部屋。

相変わらず
白基調の明るい空間だ。



「はー、この部屋って
 ゾンビの住まいとは思えないな。」

煌人の部屋をぐるっと見渡す。

ドア一枚向こうには、
おどろおどろしい世界がある。

その向こうには、
煌びやかな遊園地が広がってる。


なのに、

ここは
綺麗好きな高校生の部屋だ。


カーテン閉め切った
真っ暗な俺の部屋とは
大違いだ。


テーブルの上に
ホームパイの山がある。

「……ホームパイ。」

「ええ。ホームパイです。」

「なんで、
 ひまわりの種が乗ってんの?」

「大切な小道具だと思ってください。」


一体、何の小道具なのか。


煌人が鏡の前で
顔に何か塗り始めた。

「何してんの?」

「ナイトタイムのバイトなんです。」

「え、忙しいじゃん。
 俺、帰るわ。また今度……」


カタッ……

立ち上がった煌人の手が
俺のポロシャツを掴む。

「居てください。大丈夫です。」

トクトクと
俺の胸の音が
中から響いてくる。

「う……うん。じゃぁ……居る。」

ストン。

昨日と同じ場所に
腰を下ろす。


カタッ……
カチャカチャ……

(こな)れた手つきで
メイクをしている煌人。

なんか、

なんか、俺、

なんっか……

「なぁ、あのさ。」


鏡越しに煌人が
俺に目線を投げる。

バチッと目が合う。

自分でも分かる。
俺、今、すごく、
恥ずかしい顔してる。

どうしよう。

切り抜けなきゃ。

このままは、良くない気がする。


「俺っ、俺もゾンビになりたい。」


はい?
俺の口、何言ってんだ。


煌人の目が少し
大きく開いて俺を見ている。