朝一番の教室で
煌人の奴を待ち構えている。
朝に弱い俺は、
一睡もせず朝を迎えた。
「持つべきものは“ホラー三昧”。」
初めて
ホラーハウスに行ったあの日、
クソみたいな合コンデートがなけりゃ
観る予定だった三本立て。
まさかこんな時に役に立つとは。
「煌人の野郎、
教室で待ち構えて
蹴っ飛ばしてやる。
居なくなるなら早くそう言えって
ボッコボコに……。」
リュックの肩紐を強く握り締め、
俺は、学校へと急いだ。
そして、今、
俺は煌人の席に座り、
教室の入口をじっと見つめている。
早く、来い。
さっさと、来い。
来やがれ、ド変態。
さわさわ……
窓からの風が
俺の髪を撫でていく。
優しく撫でられる度に
俺の頭は俯いていく。
もう、来るはずだ。
そろそろ、来るはずだ。
きっと、来る。
少しずつ、ザワつきが訪れる。
静かだった廊下に、
誰かの声が重なり響いている。
久しぶりって、楽しそうに。
今、あの入口から
「寝坊してしまいました!!」
って飛び込んできたら
――許す。
だから、
「……頼む。……来てくれよ。」
ずずっ……
煌人の机の上に
突っ伏し、声を殺す。
「――光星っ!!」
富士川の声が
耳に飛び込んでくる。
「あ、居るじゃん。」
「なんだよ、もう……」
茄子と鷹野も一緒に
わらわらと近づいてくる。
「――なに。」
「なに。じゃないよ。」
「いつもの場所で待ってたのに
お前、来ないからさ。」
「メッセージも電話もつながんねえし。」
「え?」
「心配したんだぞ!!」
「……あ。そうか。
昨日から
サイレントにしたまんま……」
バッ!!
リュックからスマホを出す。
スマホの画面には、
バリケードたちの通知。
それから――
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
ど変態ゾンビから着信です。
ど変態ゾンビから着信です。
ど変態ゾンビからメッセージです。
ど変態ゾンビから着信です。
ど変態ゾンビから着信です。
――……
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
タンッ!
メッセージをタップする。
✦・┈┈┈┈┈
風太に話があります。
時間がないので
登校前にホラーハウス前まで
来てもらえますか?
待ってます。
✦・┈┈┈┈┈
――ガタッ!!
立ち上がる。
「光星どうした!?」
ガタガタッ!!
――ダッ!!
まるで徒競走の時みたいに
スタートダッシュを切る。
「おいっ!光星!?」
「始業式どうすんだ!?」
「なんか分からんけど
上手く言っとくから!!」
背中に
バリケードたちの声を浴びながら
入口の急カーブをきり、
全身で走っていく。
「クソッ!!俺のバカヤロウ!!」
ただ、ひたすらに
がむしゃらに。
すれ違う生徒たちの驚く声が、
遠く後ろで聞こえる。
「……え、あれ、ふうくん?」
「――あんな顔、初めてみた……」
煌人!!
まだ、そこに居てくれ!!
『もう、風太、
待ちくたびれましたよ。』
って、
俺の名前呼んでくれ――。
「はぁっ……くっ……はぁっ……」
――見えた!
遊園地ゲート!!
「おはようございますっ!
煌人に用事があるんで、
すみません!」
ゲートを通り抜けようする俺を
スタッフたちが止める。
「ちょっ、ちょっと。
まだ入園時間じゃないですから。」
「後でチケット買ってください!」
え――?
スタッフの顔を見る。
知らない顔だ。
ドクンッ……
みぞおちが跳ねる。
「あのっ……いつもの人は?」
「あー、洞さんかな?知り合い?」
「洞……さん?」
「うん。
向こうにあったホラーハウスの。
物好きなオーナー夫婦が
ここでスタッフしてたんだよ。」
スタッフが園内を指差す。
「オーナー夫婦……?」
「どうした?」
別のスタッフが
ゲート横から現れる。
「あれ?キミ……
えっと……あ、風太くん!」
あ。この人、たまに見かける人だ。
「あのっ……中に入れませんか!?
俺っ、大切な用があるんです!」
「あぁ、はいはい。忘れ物かな?」
「……忘れ物。」
煌人の笑った顔が頭をよぎる。
昨日、最低な別れ方をした。
バカな俺……。
「はい!忘れ物です。
――失くしたらダメなやつ!」
「そりゃ大変だ。
ほら、取っておいで。」
ゲート横の
小さな扉を開けてくれた。
深く頭を下げ、奥へと駆けていく。
向こうに《《あった》》ホラーハウス?
きっと大丈夫だ。
向こうに《《ある》》ホラーハウスの間違いだ。
ドクン、ドクン……
ドクン……
大きなメリーゴーランドを
曲がった向こう。
そこに、ホラーハウスは、
《《ある》》!
ドクン……
「……はぁっ……はぁ……はぁ……」
ゆっくりと
目線を上げる。
――ドクンッ
「はぁっ……。
……クククッ」
震えてるのか
笑ってるのか
分からない。
「……更地って。
――っざけんなよ!!」
地面を蹴る。
蹴っても蹴っても、
この気持ちは消えない。
痛い。
痛くてたまらない。
「はぁっ……
痛すぎて涙出る。」
グイッ。
腕で目元を拭う。
パタ……パタパタパタッ……
乾いた地面に
いくつもの雫が落ちていく。
「なんっだよ……止まんねえ。」
ゴシゴシッ!!
強くこする。
『コラ、風太。
もっと優しくしてください。
赤くなりますよ。』
「いーんだよ。
真っ赤に腫れちゃえば。」
『風太が痛いのは嫌なのですよ。』
「いーんだよ!
バカな俺なんてどうでも!」
『もっと大切にしてください。
俺は、風太が大好きですよ。』
「大好きなら、ずっと見てろよ……。
なんで居なくなるんだよ……。」
しゃくりあげて止まらない。
「俺、後戻り出来ねぇじゃんっ……
お前っ……惚れさせといてさ、
――これは、ひどくね?
どうしてくれんだよ……
責任取れよ……
――何とか言え!!」
グイッ!!
目に腕を強く押し当て
全部を拭い去る。
「はぁ……」
小さく息を吐く。
ザッ……
ホラーハウスの跡地に
背中を向ける。
振り返る。
思い切り息を吸う。
「一晩で更地とか
イカれてんのか!!バカヤロウ!!」
もう一度、背中を向ける。
ゲートに向かって歩き出す。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
「忘れ物は見つかったかい?」
「すぐには、
見つからないみたいです。」
「それは困ったねぇ……」
「大丈夫です。
そのうち何とかなります、多分。」
ペコッとお辞儀をすると、
俺は
学校に向かって駆け出した。
「クソッ……
涙の野郎しつこいな。」
ゴシゴシッ!
┈┈
┈┈┈┈
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
――教室の入口。
ガララ……
バッと一斉に
クラスメイトの目が俺を見る。
ザワッ……
「光星……どうした?
目が真っ赤だぞ……?」
先生が驚いてる。
「すみません。
結膜炎になってしまって。
えっと、
眼科行ってました。」
頭を軽く振って
前髪を目の前に落とす。
視界の端で
バリケードたちが
お互い目配せしてるのが見える。
悪い。
そっち、見れない。
今の俺は、刺激に弱い。
俯いたまま、席に着く。
油断すると
目や鼻から何か出てきやがる。
『風太、
目から洪水ですっ!』
アイツ……最初会った時
すんげぇ顔で泣いてたな。
プッ……
あ。やべ。
思い出すなよ、俺。
早くチャイム鳴らねえかな。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
キーンコーン……
救いのチャイムが鳴り始めた瞬間、
立ち上がる。
先生に軽く手を挙げ、
ペコッと頭を下げる。
「ちょっと
保健室行ってきます。」
「あぁ、無理するなよ。」
良かった。
廊下にはまだ誰も居ない。
静かな廊下を足早に歩く。
ガラッ!
保健室のドアを開ける。
その瞬間、
ふわっとカーテンが大きく揺れる。
『風太、ヤバいです!
ロケットが打ち上がります!』
ブハッ!!
つい、思い出し笑いをしてしまう。
「あー、もー、
どこ行っても居るじゃん。
あちこちに煌人居るじゃん。
居ない所ないのかよぉ……」
バサッ。
布団の上に倒れ込む。
「……疲れた。」
すぅ……
目の前が暗くなる。
そうだ、俺、徹夜だった。
もう、寝ちゃえ。
すぅ……すぅ……
ツンツン。
「……光星ぃ~?」
「ちょっと寝かしとこうぜ。」
「でも、洞の件、
早く伝えた方が良くないか?」
遠くでバリケードたちの声がする。
洞の件?
先生から話があったのかな。
そうだよ、
洞くんは、転校したんだよ。
知ってるから、寝かしといて。
ツンツン。
「光星くーん?話があるんだよ~。」
「大事な話だよ~。」
「洞の……」
ガッ!!
一番近くに寄っていた鷹野の
服を引っ掴む。
「お前、次もっかい
その名前出したら……墓場行き。」
バリケードたちが凍りつく。
「でも、絶対聞いた方がいいぞ。」
「うんうん。ちゃんとさ。」
「……っ……洞がな……」
ギリギリ……
掴んだ手に力を入れ
捻りあげる。
「マジで墓場行きてぇか?
次は、ないぞ。」
ピッ!!
俺が引っ掴んだ服を
鷹野が引っ張り、襟を正す。
「後悔すんなよ?
俺らちゃんと言おうとしたからな。」
「後悔なんかするかよ……
今、それ以上に後悔してんだよ……
うるせぇよ……」
パタパタッ……
手に熱い雫が当たる。
「ほら、もう……またぁ……
お前らのせいだからな……
止まんねえんだよ……」
鷹野が俺の顔ごと
抱きしめる。
「泣きたい時はちゃんと泣け。」
「うぅーー……っ」
「《《ちゃんと》》!」
「う……う……
うわぁぁぁーーーーっ!!」
背中に、富士川と茄子の
手のひらの温度を感じる。
それが温かくて、
優しくて、
俺は……。
今、初めて、
やっと、気づいたんだ。
煌人が言ってた。
“守ってくれてる”の本当の意味を。



