ある日、ゾンビを助けたら。




――夏休み最終日が来た。



「風太、今日も一緒に
 おどかしてやりましょうや!」


「相棒!腕が鳴るぜ!」


ヒッヒッヒッ……

ふたりして
悪い顔でニヤつく。


「せーのっ!!」


――パチン!


ハイタッチして
暗闇へと駆け足で向かう。


ベンチに腰掛ける
ヴァンパイア煌人。

そこへひょいっと
乗っかるピエロの俺。

もう、俺たちには
掛け声なんか要らない。



「風太、今日は何かと巻きですよ?」

「分かってるって。
 夏休み最終日だかんな。」


背中から煌人に体重を預ける。

その俺の腕を
煌人の手がしっかりと抱える。


「OPENしたら、
 怒涛ですからね。」


俺の頬に当たる
煌人の声がくすぐったい。


「――ん。」


背中から伝わる煌人の体温が
じわじわと俺を揺さぶってくる。

“ん。”なんて短い返事が
一番安全だ。

じゃなきゃ、
声がうわずってしまう。



「ん。って、おい。
 アナタ、ちゃんと聞いてます?」



ごまかすように
ヘロヘロとした声で呟く。

「ぅあ~……俺、
 ずっとピエロやってたぁ~い。」

そうだ。
このまま一緒に
人形になってもいいや。

そうなりたい。

――あ。

でもそれだと、
煌人と向き合って笑えない、か。

どうせなら、目は合わせてたいな。

それからえっと……。


てか、
なにを真面目に妄想してんだか。

「プッ……」


「何、笑ってんすか?」


「べっつにぃ~」


「頭の中までピエロに?」


――ゴスッ!

肘打ちを食らわせる。




「――あれ?」

煌人がピクッと動く。

「どうしたぁ?」


「いや、ちょっと。」

じっと目を凝らす様子が
伝わってくる。


チラッ。

目だけで、
その方向を確認する。


「え……?」


「――はい。
 あれ、お子ちゃまですね。
 子供だけの場合は、
 受付で止めるはずなんですけど。」


「うっかり素通りしてきた
 パターンかもな。

 兄妹(きょうだい)かな。」


「んー。おそらく。

 あちゃー、妹、泣いてますね。」


高学年くらいの男の子と
少し小さい女の子が
身を寄せあって近づいてくる。


「こりゃ兄ちゃん、ファイトだな。」


「風太、これ、首に巻いて
 その傷を隠してください。」

ヴァンパイアのネクタイを
渡される。

「なるほど。」

クルッと首に巻き、
傷を覆うようにリボンを作る。


「よし、やりますよ。」

「なにを?」

「あっち向いてホイを。」



「――はい?」




「はいっ!じゃんけんぽん!
 あっち向いてホイッ!」

――クルッ。

「――あ。」


リズムに乗って
つい、やってしまった。

しかも、負けた……。


「おい……なんで……」

「はい!もっかい!
 じゃんけんぽん!」

「よし!
 あっち向いてホイ!」

――クルッ。

「ふふん。」

うまくかわした煌人が
ヴァンパイアの牙を見せる。


「うっわ。なんかムカつく!
 もっかいやんぞ!」


「ピエロくん、
 吾輩に勝てますかな?」


「黙れ、ヴァンパイア!
 おらぁ!!じゃんけんぽん!!」



……カサッ。

「――なに、してるの?」



ふたりで声の方を向く。

兄妹(きょうだい)
キョトンとした顔で立っている。

女の子の口元が
ほんのり緩んでいる。

頬に涙の跡。

その小さな手は、
しっかりと
男の子の手を握りしめている。



「……ピエロさん、
 イレギュラーやりますよ。」

ヴァンパイアは、
俺に耳打ちすると、
クスクスと笑った。

「おやおや、
 獲物が来ましたね。

 ふふっ……

 僕たちに勝たないと
 ここから出られませんよ。」


「あのさ、勝ったらさ……」

男の子が
一瞬、女の子に目線を投げ、
またすぐ俺たちを見た。

強い真っ直ぐな目だ。


「勝ったら、
 出口まで送って欲しいです。

 妹を――、
 早く出してあげたいから。」




ホントは
自分で守りたいだろうな。

でも、自分の我より妹を優先してる。

うん。

――君はいい兄貴だな。



俺たちの気持ちはひとつだ。



“兄貴に花を持たせたい”




「お易い御用ですよ。
 僕たちを楽しませてくれたら
 送ってあげましょう。
 
 お兄ちゃんに出来ますかな?」



ムッとした顔。

「やれます。」

男の子が妹の手を引き、
俺たちの傍へ近づく。


俺は、
ヴァンパイアの隣を
男の子に明け渡し、
その顔を覗き込んでやった。

「……ヒヒヒ。」

すれ違いざまに耳もとで囁く。

「――絶対、勝てよ。」」

“ガンバレ”って気持ちを込めて――。





――ペシッ!!
俺の太ももに
小さな手が振り下ろされた。

女の子がじっと俺を見ている。


「ん?」

微笑んでみせる。


「クソピエロ。」

小さな口から飛び出す
言葉という凶器。



「ク……ソ……ピエロ……?」



その瞬間、
素早く背中を向けるヴァンパイア。

肩が震えている。

絶対こいつ笑ってやがる……




「んー……ピエロさんは
 お兄ちゃんの
 応援しただけだぞ~?」


「ヒヒヒって
 お兄ちゃんのこと笑ったから。

 ピエロさん、大キライ。」


プイッと
そっぽを向かれてしまった。


なんてことだ。

面と向かって
女の子に“嫌い”って言われたの

俺、初めてっす!


哀愁ありつつの
ちょっとした喜び。


「おめでとう!
 キミは“第1号”だ。」

そう言って、
女の子の手のひらに
双子のヤドカリを乗せてあげた。

「うわぁ……可愛い。

 これ、くれるの?」


「うん。
 記念すべき第1号だからね。

 元気が出る
 ヤドカリツインズをあげる。」

 
「私、何の第1号?」


「クスッ……秘密。

 2匹いるから、

 いつか誰かに元気分けてあげな。」


「分かった!そうする!
 ありがとう、ピエロさん。」


俺と女の子が
交流を深めている間に、

ヴァンパイアと男の子は
どうやら勝負あったようだ。


うなだれるヴァンパイア。

男の子が
その肩に手を添え、
申し訳なさそうになだめている。



「よし、出口まで送るよ。」

「さぁ行きましょう。」


4人、手を繋ぎ歩いていく。


「じゃぁ、気をつけて帰ってね。」

「ヒーローにはこれを!」

別れ際にヴァンパイアが
男の子に何かをひょいっと投げた。


「わ!なに!?」

男の子が
キャッチした手を開く。


そこには、

少し大きめのヤドカリ。


「なんでヤドカリ!?」



俺たちは声を揃えた。

「なんでもだよ!」





外は、辺り一面、

夕陽に照らされ、
オレンジ色に染まっている。


俺たちは、

兄妹の後ろ姿が

長い影を落とし、

小さくなっていくのを見つめた。





カナカナ……

……カナカナカナカナ



「あ。ヒグラシだ。」


「――中に居たから
 気づかなかったですね。」





夏が終わる。


――終わってしまう。




「俺……
 ヒグラシは嫌いだ。」


「え?そうなんですか?
 こんなに綺麗な声なのに。」


「湿っぽくて、大嫌いだ。」


煌人に背を向け、
足早に中へと戻る。



嫌いだ。

嫌いだ嫌いだ。



優しく哀しいヒグラシは、

――大嫌いだ。



「風太!!」

俺の名前を呼びながら
煌人が追いかけてくる。

でも俺は振り返らない。
立ち止まりもしない。

ズンズンと
ホラーハウスの中へ戻っていく。


「風太、待って!」

肩を掴まれる。


でも止まらない。

掴まれたまま突き進む。


あのドアまで行きたいんだ。


俺たちが
初めてお互いを知り合った、

《《あの部屋》》に続く
細い通路の入り口まで。


無言で
ドアに手をかける。

ガタッ!!


くそっ……
俺のやり方では簡単に開かない。


ガタガタッ!!

力を込めてドアを揺らす。


その手を
煌人の指がそっと押さえ、
ドアを開ける。


「手を、怪我しますよ?」


ゆっくり振り返る。

「俺に、もう優しくすんな。」



煌人の目がほんの少し
大きくなる。



「俺に優しくするな。
 もう、話しかけるな。」


「ちょっ……どうしたんです?
 急に何を……」


「荷物取ってくる。
 そしたら、もう話しかけんな。
 
 バイバイも要らない。」


「どうしたんですか!?
 ちゃんと送らせてください。」


「一人で帰れる。」


バッ!!
力任せに煌人の手を振りほどく。


部屋までの通路を走る。



「風太!!」



立ち止まったらダメだ。
振り返ったらダメだ。


――バンッ!!

ドアを開ける。


その勢いのまま
荷物をかき集め、腕に抱える。

来た道を走って戻る。


あのドアの前に、
煌人が立っている。


少し立ち止まる。


「――煌人。

 また、明日な。」


「風……」


ガタッ……

煌人の言葉を待たずに
全力で駆け出す。

バタバタバタ!!




┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈




「はぁっ……はぁっ……」


通い慣れた景色が
後ろへ後ろへと流れていく。


いっそ、
出会う前まで
巻き戻してくれたらいいのに。


そのためなら
俺、心臓が止まるまで走るよ。



明日の朝には、
何もかも忘れていたい――。