煌人の姿が見えない。
バイトが終わり、
シャワーを浴びて部屋に戻ったら
ヴァンパイアの衣装が
無造作にテーブルに置かれている。
きょろっと部屋を見渡す。
「……煌人~?」
どこに行ったんだろう?
部屋から続く
スタッフ用通路を
何となく歩く。
「外かな。」
仄かなライトアップの中、
ホラーハウスの入口から
ひょっこりと顔を出してみる。
――あ、居た。
少し離れたところで
煌人が水撒きをしている。
その後ろ姿をじっと眺める。
煌人が動く度に
黒髪の輪郭が、
小さな灯りを反射する。
俺は、
そっとその場にしゃがみ込んだ。
煌人の手に握られたホースから
霧状の水が
キラキラと弧を描く。
たまに、空に向かって
ホースの水を振り上げては、
降ってくる輝きを眺めている。
俺が見入ってるこの姿も、
煌人にとっては
特別でもない日常なんだ。
それが、
俺の心に
きゅっと沁みてくる。
「俺、お前の日常に
少しでも入り込めたのかな……」
ほろっと言葉が零れる。
「ぅわぁ……、
寒いわー……俺
飛んでけ!飛んでけ!」
ブンブンと頭を振り、
恥ずかしさを吹き飛ばす。
「何、一人で踊ってんすか?」
ハッ!と動きを止める。
ポタポタ……
と水の滴るホースが視界に入る。
顔を上げると、
呆れたように笑う煌人が
目の前に立っていた。
「踊ってねえわ。
いろいろ吹き飛ばしてただけ。」
「なにを吹き飛ばしてたんです?」
「《《いろいろ》》!
いちいち構ってくんな。」
プイッとそっぽを向く。
その頭を、
煌人の手がポンポンと撫でる。
「今日もお疲れ様でしたね。」
そんな優しく撫でるなよ。
どんな顔したらいいか
分かんないじゃん。
「そろそろ、やります?
――勝負とやらを。」
「やる!!覚悟しろ!!」
戸惑いはどこへやら。
即答してしまった。
――単純バカな俺。
┈┈
┈┈┈┈
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
カチッ……
ふたりの手元が明るく照らされる。
やっぱ、俺、
着火ライター握る煌人の手が
好きみたいだ。
唇をきゅっと噛み締め、
緩む顔を必死に隠す。
ジジッ……
パチ……パチパチ……
ほどなくして
線香花火の先が
シューッと音を立て眩しく光る。
そこに、
小さな大輪の花が咲くまで
あっという間だ。
「……ぅわ、綺麗だな。」
――ポトッ。
しーん……
煌人の顔を見る。
「ブハッ!なんて顔を!」
パチパチと弾ける
線香花火を持つ煌人の手が震える。
――ポトッ。
「――あ。」
しーん……
ふたり、
キョトンと顔を見合わせる。
「俺も、長く光らせたい!
もっかい!」
また線香花火を手に持つ。
先端が光を放ち始めたところで、
煌人が両手でそっと囲む。
「え?煌人、やんないの?」
「これがいいです、俺は。」
「勝負になんないじゃん。」
「勝負より、
一緒に長く眺めていたい。
――ダメですか?」
ぐっ……と言葉がつっかえる。
なんなんだよ、お前は。
無自覚ロマンチストめ。
「いっ……いいけどっ、
後で文句言うなよ?」
煌人の手のひらに守られて
俺の線香花火は
大輪の花を咲かせている。
「ふふっ……綺麗だな。」
「そうですね。」
「なんかさ、
花火のミニチュア
見てるみたいじゃね?」
「確かに。
俺……
こんなにじっくり
線香花火見たの初めてです。」
「あ。俺もだ。」
「え?そうなんですか?」
「線香花火といえば勝負だったから。
誰かとふたりで
火を守るなんて初めてだ。」
「そうでしたか。」
煌人が目を細める。
あぁ――、
俺も同じ顔してそう。
「こういうのも悪くないな。」
「ですね。ですよ。」
高校生ふたりして
しゃがんで頭寄せあって
じぃ……っと小さな輝きを見守る。
穏やかな時間。
「次でラストですね。」
「うん。
あ、落ちる瞬間、
何か願い事しねぇ?」
「えっ?」
「……あ。」
バッと口に手を当てる。
おおお、俺、
今、なんっつった!?
めちゃくちゃ恥ずい!!
「いやっ……忘れて!!
ハハッ、俺、今寒かった!!」
「そんなことないです。
ぜひ、やりましょうよ。
――ね?風太。」
最後の1本を持ち上げ、
煌人の目が俺を覗き込む。
手元の輝きは、
小さく、でも力強く、
俺たちの顔を明るく照らす。
目を閉じ、願う。
“この時間がずっと続きますように”
┈┈
┈┈┈┈
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
――煌人の部屋。
ドンッ。
腕を組んで
威圧感半端ない煌人と……
ちまっ。
小さくなって
テキストと睨めっこの俺。
「さっきまでの
優しかったお前はいずこ?」
「早くやりなさい。
それとこれとは別ですよ。」
ひぃ……容赦ねぇ……。
とはいえ、
お陰様であと1ページ!!
「はいっ!
煌人、チェックして!」
じーっ……
真剣な眼差しの煌人。
ドキドキ……
どうだ?どうなんだ?
パタ。
煌人の手がテキストを閉じる。
俺を見ると、
煌人がニコッと笑った。
「はいっ。お疲れ様でした!
風太、よく頑張りましたね。」
「ひゃっほーーう!!」
全身ガッツポーズを決める。
いやはや、しかし、しかしだよ。
この量を
たった二晩で終えるなんて。
「やっぱ、お前は名コーチだわ。」
「ノンノンノン。
“先生”って呼んでください。」
「先生?」
「グハーッ!イイ!!
風太の口から“先生?”……
煩悩がかき乱されます!!」
「またロケットが飛ぶのか?」
「いえ!!
ロケットが彗星を追い越します!!」
「ギャハハハ!!なんだそれ!」
さほど面白くもないのだが、
なぜか笑いが込み上げて止まらない。
「はぁっはあっ……苦しい……っ」
「なんで俺たち
こんなに笑ってんですかね。」
「知らねーよ。
はーっ……疲れた。」
「プッ……そろそろ寝ましょうか。」
ゴロン。
煌人はベッドに、
俺はマットに、
倒れ込むように横になる。
「――風太。」
「んー、なに?」
「そっちで寝てもいいですか?」
ドクッ……。
心臓が小さく跳ねる。
「――別にいいけど……さ。」
つい、背中を向ける。
ゴソゴソ……
キシッ……
俺の後ろが少し沈む。
ふっと、
背中から煌人の温度を感じる。
俺の聴覚も嗅覚も
なんだか研ぎ澄まされたようだ。
呼吸のひとつひとつが
聴こえてしまう。
微かに香る石鹸の香りが
俺を包み込んでいく。
……ゴクッ。
――あ、やべ。
思い切り音を立ててしまった。
「あの……風太。」
「なに?まだ何かあんの?」
とっさに出た声が掠れる。
――しっかりしろ、俺。
――動揺は隠し通せ。
「抱きしめさせてください。」
ドクンッ!!
心臓だかなんだかわからん何かが
俺の中で大きく脈打つ。
「――いてぇ……」
「痛い!?
お腹ですか、頭ですか!?」
「いや、俺の中……?」
ドックン!ドックン!
なんだなんだ?
何かが大騒ぎだ。
大きな音を立てて、
全身を駆け巡る。
気がつけば
呼吸も早く浅く
そして――熱い。
なんだこれ、なんだこれ。
頭が追いつかない。
すごく、しんどい。
けど、嫌じゃないんだ。
「煌人……っ、
なんか俺……っ、変だ。」
「ええーっ!?
風太、こっち向いてください。
ちょっと顔見せて。」
ゴソッ……
寝返りを打ち、
煌人に顔を向ける。
「顔色、ヤバい?」
煌人の目が丸くなっている。
「いえ――、その……」
「なに?」
「真っ赤です。
そんで、目がヤバいです。」
「え、飛び出てたりする?」
「それよりもヤバいです。
……あの……えっと……」
「なんだよ、ハッキリ言えよ。」
「その……多分ですけど……
ちょっと興奮なさってますね。」
「えっ……。」
これ……が、そうなのか?
煌人がぶっ倒れる瞬間とか、
富士川のウハウハとか、
こういう感じだったのか。
思い返せば、
俺、こんなの感じたことなかった。
「煌人、ドキドキってさ、
――最高なんだな。」
煌人の目が
驚いたように俺を見ている。
その黒い瞳に映る俺の姿は
なんてかっこ悪いんだろう。
「そんなに見んなよ……」
腕で顔を隠す。
ゴソッ……
キシッ……
――きゅうぅぅっ。
温かさが俺を抱きしめる。
服越しに振動する、
煌人の鼓動。
腕と背中に添えられた、
煌人の指の感触。
呼吸する度に舞い降りる、
煌人の香り。
飛び跳ねる心臓とは裏腹に、
俺の心はゆるやかに
あたたかに
全てを満たしていくようだ。
「……気持ちいいな。」
すぅ……っ。
穏やかな睡魔に襲われ、
抗えずに落ちていく。
久しぶりの寝落ちだった。
「風太、よく眠ってください。」
耳もとで
煌人の低い声が聞こえた。



