“マシュマロ、食っていいですか?”
「――え?
あぁ、うん、食えば?」
のたうち回るほど
マシュマロが食いたいって
どんな衝動なんだか。
「さっさと食え。
んで、本音話せ……よ……」
俺の視界が
スッと暗くなる。
「……な……?」
一瞬の間だった。
気づいたら、
煌人の目がすぐそこに
来てた。
――ガタッ。
驚き後ずさる。
――ズイッ。
また煌人がにじり寄る。
――ズズッ……トン。
後ずさるも、
背中が壁に行き着く。
「あのっ……煌人、
俺はマシュマロ持ってねえぞ。」
「そうですかね?」
「マジで持ってない。
だから離れろ。」
「そんなはずはないんですよ?」
「――はい?」
訳が分からなさすぎる。
マシュマロマシュマロ
うるさいわ。
俺を見ている煌人の瞳が
上下にゆったりと揺れている。
俺の目と……、
え?
……口元?
「おい……お前……
何考えてんだ……?」
「《《その》》マシュマロ、
食っていいって
言ったじゃないすか。」
「“その”って……
俺の口のこと言ってんのか!?」
「お・い・し・そ・う。」
煌人が少し口を開き、
顔を傾け
にじり寄ってくる。
あと、3センチ……
2センチ……
1センチ……
“――食われる!!”
その時、
ピコンッ。
ピコンピコンッ。
スマホの連続音が聞こえた。
ピクッと煌人が反応する。
「煌人、スマホ鳴ってるぞ。
富士川じゃね?」
「……もう、営業終了です。」
ポケットをチラッと見ただけで
また俺ににじり寄る煌人。
スイッと
あと1センチまで俺に近づく。
このままじゃ、
距離がゼロになってしまう。
そしたら、俺……
俺は――。
せめて、
明日まで
待ってくれ――。
――ズボッ。
「フガッ!?」
「――あ。すまん。」
指を、煌人の鼻の穴に
突っ込んでしまった。
煌人が
俺に手のひらを向ける。
「フガフガ、フガッガフガガ。」
“風太、待っててください”
俺の手首を握り、
そっと鼻の穴から離す。
――シュッシュッ。
俺の指先に
スプレーを吹き付ける。
――サッサッ
ティッシュを取り……
――キュッキュッ。
丁寧に拭く。
「ふぅ、危なかった。」
「――なにが!?
いや、どれが?
危ないの超あったけど!?」
「すみません。
風太の指が
汚染されるのも危ないし、
俺のマシュマロ崩壊も
危なかったです。」
そう言って、
煌人は俺から少し離れた。
「寝ましょうか。」
眉を下げ、少し微笑む。
「――明日。」
口からポロッと出てしまう。
「え?」
「明日、な。」
「あぁ、はい。
また明日、
バイトも課題も線香花火も
一緒にやりましょうね。」
「――うん。おやすみ。」
バサッ!!
マットに滑り込み、
頭から布団を被る。
“明日、な”
俺は
何のつもりで口走ったんだ?
明日……が何だよ、俺。
自分では痛いほど分かってる。
抵抗しながらも、
俺はものすごく期待してるんだ。
そろっと
布団から目だけを出す。
ベッドの上、
煌人が
すぅすぅと寝息を立てている。
「……煌人、
俺、どうしたらいいか
分かんねえよ。」
うつらうつら……
まばたきが止まる
その時まで――
俺は、
煌人の寝顔を見つめていた。
┈┈
┈┈┈┈
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
――差し込む朝陽が
煌人の目元を照らす。
――パチッ。
起き上がり、
外の眩しさに目を細める。
「今日も朝から
カラッカラですねぇ。」
ゴソッ。
立ち上がろうと振り返る。
「ぬわっ!?」
ベッドの下に
ハムちゃんウェアのハムちゃんが
大の字で転がっている。
「おおお、おお、恐ろしい……
なんという可愛さなのであるか。
一瞬、巨大なはんぺんかと
思いました。」
音を立てないよう……
そっとそっと。
抜き足差し足忍び足。
はんぺんハムちゃんの
枕元を通り過ぎる。
「クソ可愛さ満点丸……
この姿、永久保存したい。」
そろっとスマホを向ける。
――カシャッ。
震える指でもう一度……
――ピタ。
トン……スッスッ。
……トンッ!
――“削除”
スマホをテーブルに置く。
後ろから風太の声。
「なんだよ、もう終わりか?」
バッと振り返る。
風太がニヤッと笑う。
「起きてたんですか!?
朝弱いくせに!!」
「朝から軽くディスるな。
なんか目が覚めたんだよな。」
うんうん♡
なぜか
早く目が覚めちゃったハムちゃん。
イイ。
それも最高にイイ♡
「おはよう。風太。」
「おはよ。
――で?
もういいの?《《ソレ》》。」
寝転んだままの風太の目線が
俺のスマホを差す。
「あー、うん。いいです。
俺としたことが、
ついつい無断で
寝顔を撮る奇行をしてしまい
お恥ずかしい限り。
さっきのは今、削除しましたから。
申し訳ありませんでした。」
スマホのカメラロールを見せ
深々と頭を下げる。
「クスッ。
奇行はいつもじゃん?
いいよ、復元しなよ。
――永久保存なんだろ?」
「えっ……でも……。
隠し撮りは、嫌でしょう?」
「まぁ、嫌な時多いけど、
煌人なら別にかまわんよ。」
なんと、無防備な!!
「無防備な感情、
むき出しにしやがって、ですね。」
「テンプレートみたいな
言い方すんな。」
「無防備な首筋、
出しやがってからに。」
「出してねーし。
ハムちゃんじゃ出せねーし。」
「無防備に細い腰で、
折れちまうぞ、コノヤロー。」
「プッ……
ハムちゃんじゃ
腰も何もあったもんじゃねえよ!」
「アハハ!確かに。
巨大はんぺんの姿、
腰を探す方が難しい!!」
「いいから、復元しろよ。」
「はいっ。
お言葉に甘えてそうします。
風太、これ待ち受けに……」
「――絶対するんじゃねぇぞ。」
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
鏡の前に、ふたり並ぶ。
「さて、今日も働きますよ!」
「うぉー!
みなぎる黒い感情っ!!」
ヴァンパイアとカラフルピエロ。
パワー全開で
人々を恐怖のどん底に突き落とします!
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
「風太、手、貸して?
《《これ》》持っててください。」
バラバラバラッ。
「うわ!すげぇ!」
俺の手のひらに、
山盛りのヤドカリマスコット。
「これ、どうすんの?」
ニヤァ……。
うわぁ……煌人、悪い顔っ。
「ゲストにあげるんですよ。
“手をだせぇ~”って、
ビビらせて渡してください。」
「あげちゃうの?」
「明日で夏休み終わりですからね。
この子達も、役目が終わります。
だから、ちょっとした思い出に
貰って貰えたら……なんて。」
「へえ……。
うん!いいじゃん!」
手のひらのヤドカリを見つめる。
「ふふっ。可愛いな、これ。
きっとゲスト喜ぶよ。」
顔を上げると、
煌人が額に手をあて
うなだれている。
「どうした?頭でも痛いか?」
「ふふっ♡って
――笑いましたね、今。
クソ可愛くて目眩がします。」
「あー、はいはい。
ほら、スタンバイするぞ。
ヴァンパイア、正気を保て。」
「ガーッ!」
真っ赤な瞳をカッと開き、
牙を見せる煌人。
ドキッとしたのは、
ずっと、秘密だ。
トクトクと心臓が駆け足してる。
今からベンチで抱えられるのに、
バレないだろうか。
鎮まれ、俺の心臓。
胸に手を当て、深呼吸。
「ふぅ……。」
よし。
「よいしょ……っと。」
煌人の膝の上に腰掛け、
身体を預ける。
――あれ?
後頭部にトクトクって振動が。
チラッ。
目だけで煌人を見る。
煌人の真っ赤な瞳が
静かに俺を見下ろしている。
「煌人?」
「――すみません。
やっぱ、さすがに響きますよね。」
「まあ、うん。
……緊張してるのか?」
「いや、風太の髪から
俺と同じ香りがするもんで……。
ちょっと……。」
「あ、あぁ、う、うん。
ちょっと、なに?」
「The“発情中のヴァンパイア”です。」
キリッ。
ゴスッ!!
「きっしょ!」
後頭部で頭突きを食らわす。
「フガァッ!!」
「バカか!今すぐ鎮まれ!」
「既に鎮まりました。
痛すぎるぅ……」
まったく!油断出来ねぇ。
だけど、
実は、
俺もそれは思ってた。
自分が動く度に、
俺の髪から微かに香るんだ。
煌人の香りが。
いつも傍にいるみたいで、
くっついてるみたいで、
――抱きしめられてるみたいで。
必死に気を逸らしてるのに
お前が言うな。
バカ!!



