ある日、ゾンビを助けたら。



カチッ……カチッ……

ジジッ……

シュー……パチパチパチ……


煌人とふたり――。


着火ライターの音と

花火の紙が焼ける音、

弾ける小さな音の重なり、

同じものを見つめている。


ブワッ……


パァッと明るくなる。

俺たちの顔だけが
暗闇の中クリアになる。


弾ける花火の光が
煌人の黒い瞳に反射して


キラキラと。


ゆらゆらと。



――すごく綺麗だ。



いつの間にか、
俺の目は
花火を見つめる煌人の瞳に
釘付けになっていた。


まばたきする度、

真っ黒なまつ毛が

煌人の瞳の輝きを点滅させる。


スローモーションのように
俺の目がその瞬間を捉える。


目の奥の、

奥、

もっと奥、

それこそ脳へ、焼き付けていく。


ほんの少しの間も
逃さないように。


着火ライターを
カチッと押す指の動きすら

見逃したくない。



「おー。これ、すごいですね。
 黄色、赤、青、緑、オレンジ、
 どんだけ色変わるんでしょう!」

煌人の目は
花火に夢中で

俺の視線なんて気づいていない。

そのまま、
気づかなくていいんだ。


俺、ゆっくり、
お前を見ていたい。


ひとつの花火が終わるまでの
光り輝く――束の間。

すうっと暗くなる
その時まで。


「風太!見てますか!?
 ほら、すげぇ綺麗ですよ!!」


「うん。めちゃ綺麗だな。」

――お前の瞳がな。


「次は――、コレ!」

カチッ……パチパチ……


ん?

――あ。

それ、手に持ってちゃダメなやつ!


「煌人っ!それ、離せ!」

「へ?」

――バチバチバチ!!

「ぬわああああ!!
 なんじゃこりゃ!!」

「離せって!バカ!!」

叩き落とす。

地面に落ちた花火が
クルクルと回転しながら
煌人の足元を駆け回る。

「ひぃぃぃぃ!!
 コイツ!生きてますよ!!」

まるで踊っているみたいに
煌人が飛んで跳ねて
逃げ回る。


「バカ……。
 ほら、ねずみ花火だよ……。」

花火の袋を拾って見せる。


「違いますよ!!ヒィ!!

 ヤドカリMAXて書いてます!!」


「は?なんだそりゃ。」

持ってる袋を見る。

“ヤドカリMAX”

――なんだこりゃ。


「もう、俺は、

 ヤドカリは一生作りません!

 生みの親に
 恩を仇で返すような奴、
 願い下げっ!!」


「プッ……
 憧れてんじゃなかったのかよ。」




「……楽しそうだね。」

後ろから声がする。

振り返ると、
薄暗い中に
富士川がぼんやりと見えた。

「え?富士川?」

「おや、富士川?
 どうしたんです?」


「洞ーーーっ!!」

――ダダッ!!
駆け寄り、
煌人に抱きつく富士川。



「うわっ、
 一体どうしたんですか!?

 てか、離してください!!

 俺の身体は風太のものなのでっ!!」


――スパーン!

煌人の後頭部に
軽く一撃を加える。

「誤解を招く言い方すんな。」


「さーせん。
 一度でいいから
 言ってみたかったんです。」


はぁ……。呆れた奴。


「で?なに?どうした?」


「俺、彼女ができて、
 嬉しくて毎日楽しくて。」


「ほう、富士川に彼女が。」


「それで、あれやこれやと
 ウハウハ考えてたら……」


「やらしいな、お前。」


「カレンダーが勝手に
 8月の終わりになってたんだ!!」


「ふーん。」


「課題、
 ぜんっぜん終わってなくて。
 おかーさんに見つかって、
 家を追い出されました!」

ビシッ!――敬礼。



「“アホ”の二文字だな。」


「アホだと?」

俺をキッと見ている富士川。

その肩に、
煌人が手を置く。

「くっ……その気持ち
 とても分かります。富士川っ。
 
 煩悩というのは、
 自律神経と同じなのですよね。」


「うんっ。うんっ。
 洞なら
 わかってくれると思ってた。」


はい~?
自律神経と同じ?

「いやいや、
 そこ分かり合ってるの
 俺には
 ほんっと分からん!」




「おーい。」

「やほー。」

ぞろっと、
茄子と鷹野が現れる。


「わ!バリケード揃ったじゃん。
 そもそもお前ら
 どうやって入ってきたんだよ。」


「んー、普通に?」

「うん。
 坊ちゃんのマブダチですね、
 って通してくれたけど?」


「あー、そうですか。
 もう何でもありだな。

 で、お前らは何の御用で?」


「富士川から
 家追い出されたメッセージ来て、
 探してたんだよ。」

「これは多分、
 洞にSOSだなーと。」


「なんで煌人?」


「だって、
 《《この》》光星を何とかした洞だぞ?」


「100%、
 何とかしてくれそうじゃん。」


「なるほど、確かに。」

チラッ。
煌人に目線を投げる。

腕組みした煌人が
眉を上げ、肩をすくめる。


あー、困ってる。
だよなぁ……。

うーん、でも、
富士川を見捨てられない。


「……煌人、やれそう?」


煌人は
頭をくしゃっとかくと、
小さく息を吐いた。

「――風太の頼みなら。」


「洞~!!」

富士川が煌人を拝む。

茄子と鷹野も
富士川の後ろで祈りのポーズ。



「ただし!
 富士川にあげられる時間は
 一時間だけです。
 過ぎたら帰ってもらいますから。
 
 ――頑張れます?」

煌人の人差し指が
富士川の鼻先に突きつけられる。

「もちろん!
 俺、やればできる子なんで!」


すかさず茄子と鷹野が
富士川の背中を小突く。

「じゃあ、最初っから
 ちゃんとやっとけよ!」



「しゃーなしじゃん!
 初めての彼女じゃん!
 浮かれさせてくれよ!」


「富士川……情けねえな。
 その姿、彼女に見せられるのか?」

「それを言うなよぉ……」

俺にしがみつく富士川。


煌人が力ずくで
俺から富士川を剥がす。
引っ掴んだまま、
富士川の顔を覗き込み
人差し指でその額をギュッと押す。

「おい、マジやれよ?
 浮かれポンチはもう終わりだ。
 分かってんだろうな。」

ギュウゥゥゥッ。

「痛い痛い!やめてよー、洞!」





あーあ。
超~不機嫌。


俺の頼みなら――って、
多分、嘘じゃん?
お前、放っておけなかったんだろ?

嫌々でも引き受けてる、
その自分に苛立ってんだよな。

俺、ちゃんと分かってるよ。


富士川の額に押し付けられた
煌人の人差し指に手を伸ばす。

俺の指を絡ませ、耳打ちする。

「ありがとうな、煌人。」


「……風太。」

煌人が眉を下げて俺を見る。


もう一度、耳打ちする。

「……絶対、
 一時間で帰すから。」



「――はい!」

煌人の目がぱあっと輝いた。




「あのっ……あのさっ……
 俺、頑張るから、
 《《これ》》、やりたいなぁ、なんて。」

富士川が小さな打ち上げを
両手に抱え、遠慮がちに笑う。


「はぁー……どうぞどうぞ。
 その代わり、
 やった分の時間引きますけど。」

「やったぁ!!」
「俺らもいい?」
「この人数でやれば盛り上がるぜ?」

バリケードたちめ。
こんな時まで連携プレーが秀逸だ。

でもまぁ、いっか。

煌人を見る。
うわぁ……完全にむくれている。

「はいはい。
 茄子と鷹野は
 やったらさっさと帰ってください。

 ――邪魔なんで。」


「塩過ぎっ!!」

バリケード3人の
ドン引きの顔に
ついつい吹いてしまう。

「プッ……
 お前ら、洞には弱えな。」


「うるさいわ。」
「一番弱いの光星だろが!」
「それは言っちゃダメよ♡しぃー。」

とりあえず、
右手を振り上げる。

――コツン!
「いて。」←※富士川

――ゴツン!
「うが。」←※茄子

――ドゴッ!!
「ぐはっ!」←※鷹野


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


風太とバリケードたちが見守る中、
着火ライターを動線に近づける。


カチッ……


シューッ……パチパチッ……


――パアッ!と光る。



「煌人!早くこっちへ!」


――ダダッ

みんなの元へ走る。

花火を振り返ると同時に
宙が色とりどりに輝く。

弾ける。

その音が響く度に
みんなの顔が
一瞬だけクリアになる。


星が降ってるみたいだ――。


俺の横に立つ風太が
トントンと肩を叩く。

目線は降り注ぐ光に向けたまま
俺に頭を近づける。

何か言いたげな
風太の口元に耳を寄せる。


「――光る雪みたいだな。」


「光る雪……。」

もう一度、宙に目線を向ける。



大きな火花の周りに
ひらりひらりと
小さな火花が舞い降りる。



ああ――。

本当だ。


これは、雪だ。



「本当の雪、
 一緒に見たいですね。」


「――うん。そうだな。」


「はい。」




「煌人、初雪一緒に見ような。」



風太が
宙を眺めたまま言う。


その口元は微笑んでいる。


だけど、
キラキラとした瞳は
どこか寂しげだった。




「はい。

 ――約束します。」



聞こえなかったのだろうか。



風太の返事は

――なかった。




┈┈
┈┈┈┈
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


バケツに屑を集め、
地面に水を流す。


バリケードたちは、
お互いにホースの水をかけようと
追いかけっこをしている。

「ぅわ!やめろ!」
「洞ん家に上がれなくしてやる!」
「やってしまえー!」


俺と風太は
燃えカスが残っていないか
注意深く地面を見て回っている。


――静かだ。


どちらも何も話さない。

意識して話さないのか
たまたまそうなのか

それもお互い触れずに。


「――あ。」

風太が何かを拾い上げる。


「どうしました?」


「これ。――線香花火。」

拾った袋を持ち上げ、
振ってみせる。


近づき、その袋を手に取る。

「あー……忘れてました。」


「煌人、それ、明日できる?」


風太がワクワクとした目で
俺を見ている。


「好き、なんですか?」


「大好き!

 なぁ、明日、勝負しようぜ。」


「勝負?」


「長く長く輝かせた方が勝ち。」


「クスッ……よーし。
 かかってきなさい。」


「やったぁ!」


ゴソッと線香花火をポケットに入れ、
風太が俺に向かって声を張る。

「約束だかんな!
 さっきの、“初雪”もな!」

そう言うと、クルッと踵を返し、
バリケードたちの元へ
風太は走っていった。



「聞こえてた、か。」

ふっと笑う。




明日は、

――夏休み最終日だ。




――あ。
その前に富士川を片付けないと。
あの浮かれポンチ、
どう料理してやろうか。