ある日、ゾンビを助けたら。

大きな荷物を背負って
ゲートをくぐる。

「こんばんはー。」

「あぁ、風太さん、
 坊ちゃんがお待ちかねですよ。」

――坊ちゃん、て。

何回来ても慣れない。
なんなんだ、“坊ちゃん”て。

で、俺は“風太さん”か。



――かゆいわぁ……。



立ち止まって振り返る。


「あのっ……
 俺、
 一応アルバイトなんで、
 呼び捨てでいいっす。」


「呼び捨て……?」

スタッフ一同が
静まりかえる。



「――え。
 俺、何か変なこと言いました?」



みんなが顔を見合わせ、
頷きながらにっこり笑う。

「いいえ。
 じゃぁ、《《風太くん》》でどうです?」

「あ、それでお願いします。」

ぺこり。



――ホラーハウス受付。

閉園したそこには、
誰もいない。

少し下がって、全景を眺める。

微かなライトアップに
黄色い灯りが
アクセントになっている。
中がほんの少し見える程度に
窓からネオンカラーが垣間見える。

「へぇ……
 真っ暗なのかと思ってた。
 ――すごく、幻想的だ。」

その佇まいに見入ってしまう。




「――風太。」

受付から煌人が顔を出した。
スウェット姿で
首にはタオルを掛けている。


う……台無しじゃねーか。

「おーい。
 普段着で出てくるなよ。」

「はい?」


「この幻想的な場所から
 風呂上がりで出てくんな。」

建物を指差しダメ出し。


「プッ……それは申し訳ない。」

煌人が笑いながら
タオルで
髪をくしゃくしゃと拭く。

またタオルを首に掛け、
俺を見て微笑む。

「この場所、
 愛してくれてありがとう。

 ほら、中に入って。」


なんだよ……。

「そういうの、反則!
 恥ずかしくなる!」

ぷいっとしつつも
煌人の手招きに誘われる。

タタッ。

揺れる荷物に手を添え、
駆け寄る。



すっかり見慣れた暗い通路。

ツン……

天井からぶら下がってる
クモをつつく。

「それ、何だと思います?」

「クモだろ。」

「よく見てみて。クスクス。」


立ち止まり、 見てみる。


「――!!

 これっ……



 ヤドカリじゃねーか!」


「ブハッ……!!その顔っ!!」


「なんで、ヤドカリ!?

 ……プハッ!!アハハハ!!

 よく見たら
 あちこちにいるじゃん!」


突っついては揺れるヤドカリに
腹を抱える。



ふと、
煌人が静かなことに気づく。
その目は
穏やかに俺を見ている。



「そのヤドカリ、
 俺のお手製なんです。」

「そうなんだ。
 お前、器用だな。」

「こっそり付けてます。」

「プッ……そうなんだ。」

「ヤドカリに憧れます。」



「――え?」



「家にとらわれず、
 必要あれば
 自分に合った家に越す。

 とてもシンプルで、
 ――素敵です。」


「ふーん?

 言われてみれば確かに。

 それに――可愛いしな。」


――ツンッ。

ヤドカリが大きく揺れる。

「ほら、コイツも
 そうだろって言ってるぞ。」

ニカッと笑ってみせる。


「ふふっ。
 おや、その子、風太に似てますね。」

ピッ!

「はい、お土産。
 手、出してください。」

「え?いいの?」

「もちろんです。」

俺の手のひらに
コロンッ……。

ヤドカリが乗っけられた。



――嬉しい。


ギュッと
手のひらを握りしめる。


「よし!課題頑張るぞ!
 煌人、行こっ!」


「……ほんとに
 頑張れるんですか?」


「うるせぇっ!」


通い慣れた通路を
足取り軽く歩いていく。



┈┈
┈┈┈┈
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


――ドン!

腕組みした煌人が椅子の上から
俺を見下ろしている。



――ちまっ。

ラグの上に座って、
目の前に積まれた
現実を見つめる俺。



「なんか……
 こないだと雰囲気違うくない?」

おそるおそる
煌人へと目線を上げる。



おかしいなー。

俺の中では
こないだみたいな
ちょっと楽しげなイメージが
膨らんでいたのになー。


――超~怖えぇ……


「まさか、ほんっとに
 こんなに真っ白とはね。」


「だってさぁ……」


「だってじゃなぁーいっ!!
 やれ、今すぐやれ、

 その口閉じて《《やれ》》。」


ひぃ……誰この人っ。


縮こまりながら
カリカリとシャーペンを走らせる。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


イライライライラ……

おいおい、風太よ、
お前、どういうことだよ、あん?


未だかつて
こんなに苛立ったこと
あっただろうか。


綺麗な課題の山、
この可愛いハムちゃんは
どうするつもりだったんだ?


✦・┈┈┈┈┈

ふざけんな

ラッキースケベ

どころじゃねぇ

✦・┈┈┈┈┈


俺のめくるめく妄想、
どう落ち着かせりゃいいんだよ。


「あの、煌人さん?
 全部ダダ漏れてますよ?」

へへっと風太が笑う。


「聞かせてるんですよ。
 ――敢えて。」


「あ、はい。すみません。」


「はい、ココ!違うっ!」


「ヒィ……」


「はい、ココも!ココも!

 ――ココもじゃあっ!!」


「ヒャー!」


「……ったく。
 油断できねぇですね。」


あ、そういえば。

風太、うち来てから
何も飲んでないな。

「ちょっと、飲み物持ってきますね。」



「――。」

コクッと首だけで返事。


おや、集中してますね。

偉い。
頑張れ。
マジで頑張れ。



――カタッ。

風太の傍に
コップを置く。

チラッと
風太のまつ毛が小さく動く。


クソ可愛い
まつ毛しやがって。


「なにこれ。赤いジュース……
 まさか!!――血!?」


「ブラッドオレンジです。
 ボケてないで飲んでください。」


「……ちぇ。」

グイッ!ガブガブガブ!!


「え?ちょっ……落ち着いて。」


「喉乾いてた……ウグッ……
 ゲホッ!!……ゲホゲホッ!!」


「言わんこっちゃない!
 風太、大丈夫ですか!?」

椅子から降り、
タオルを風太の口元に当てる。
肩を抱えて背中をさする。

トントン。
スリスリ。
トントン……


コロンッ……。

振動でヤドカリが
俺の膝に転がってくる。


「あ。俺のヤドカリ……」

風太が手を伸ばす。



「え!ちょっと……
 風太、そこは――」


「――え。」


風太の手のひらが
見事に俺の下半身にフィット。

しかもヤドカリと一緒に
掴まれてます……


「ふふふふ風太さんっ……

 “俺のヤドカリ”も掴んでます……

 離した方がいいですよ……」



「は?」



「あ、いいです。
 そのままお離れになって?」



「どゆこと?」

そこに手を付き、俺を見上げる。

ムギュウ……


「はぅっ!!

 ……お離れに、
 なって、もらえます?」


「変な奴。まぁ、いつもだけど。」

ゴソゴソッ。
風太がやっと離れる。



いやいやいや……

これは……

ラッキードスケベですやん!!


静かに心の中で
ガッツポーズを決める俺。


ヤドカリ、
お前、よくやった!



「あ、さっき煌人が言ってた
 “俺のヤドカリ”って何?」


「――ブボッ!」

俺の鼻からブラッドが。


「えっ!?煌人!?
 どうした、のぼせたのか!?」


あー……俺、
今夜無事に越せるのかなぁ……

どうにも自信がございません。


ヨロッ……
立ち上がり、
チラッと風太に目線を投げる。


「俺、もっかい風呂入ってきます……」


「ああ、うん、そうしなよ。
 鼻の下真っ赤だし。」


「ですよね。ですよね。」



✦・┈┈┈┈┈

殺す気か

ラッキードスケベ

とんでもねえ

✦・┈┈┈┈┈


フラフラァ……