教室が
非常に賑わっている。
なぜかって?
それは……
「皆さん、事故などには
気をつけて過ごすように。
くれぐれも、くれぐれも、
変な事件も起こさぬよう……」
「ふぁぁ~……」
「はーい。はいはい。」
先生の
繰り返しのアナウンスに
みんな既に飽きている。
どこからか声が上がる。
「先生!もういいじゃん!」
一同、声を揃える。
「――夏休みなんだから!!」
「そうだな。
よし!楽しめ!」
先生の鶴の一声に、
全体の空気がふわっと緩む。
「はい。解散っ!!」
ザワッと、
あちこちでグループができる。
俺もそのうちの一人だ。
「風太!
お前今日どうすんの?」
富士川が俺の肩に手を置き
小さく跳ねる。
浮かれたトレインをしている。
「プッ……
ちょっと落ち着けよ。」
その姿につい笑ってしまう。
――あ。
俺も浮かれてる。
「ふうくーん♡
ねぇ、夏休みさ、海行かない?」
ぞろっと
俺の机に何人か集まってくる。
「海なんて暑いよね?
映画行こうよ♡」
「ね、ね、花火しようよ。
浴衣着てさ♡」
「ちょっと!順番だよ!」
早速知らない奴らが来た。
誰だ、お前たちは。
勝手に順番制にすんな。
手元のリュックを閉め
“誰おま”達に顔を向ける。
「行かない。」
ニコッ。
――しん……っ
教室が静まり返る。
「――え。なに?」
なんだ?
なんでみんなこっち見てる?
バリケード3人を振り返る。
揃ってニヤニヤしている。
「おい、何ニヤついてんだよ。」
「別に。」
3人が肩をすくめる。
「みなさん、すみませんね。
風太は俺とアルバイトなんです。
嫌がってるわけではないのですよ。」
教室の奥から
煌人がリュックを肩に
近づいてくる。
煌人め。
勝手なことを。
「何言ってんだ?
超~嫌がってるんだけ……」
ムギュウ……
煌人が俺の口を塞ぐ。
「ムギギギ……煌人ぉ……?」
煌人が俺の耳に
低く声を落とす。
「バカですか?
言葉を選んでください。」
「なんだよ、それ。」
「卒業まで
平和に過ごして欲しいのですよ。」
「お前はお父さんか!」
――ダンッ!!
足を踏むふりをする。
「いてっ!折れました!」
足をつかみ、
ピョンピョンと跳ねる煌人。
バリケード3人が
腹を抱えて笑っている。
俺も一緒に笑う。
煌人もクスクスと笑う。
“卒業まで
平和に過ごして欲しい”
……か。
なら、
見守っていてくれよ。
すぐそばで。
俺が
平和に過ごせるように――。
――“夏休み”
このパワーワードに
浮かれつつも
俺は、
晴れない気持ちを抱えている。
出会った頃に煌人が言ってた。
“シーズンが終われば
跡形もなく姿を消す。”
その日が、
――近づいてる。
聞けばいいのに、
喉の奥に引っかけたまま
俺も煌人も
そのことには触れていない。
触れられない。
聞くのが、怖いんだ。
┈┈
┈┈┈┈
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
――帰り道。
バリケードたちと別れ、
二人、
肩を並べて歩く。
木陰が多い川沿い。
光が差し込んでは
ふっと陰り、
足元にはキラキラと
木漏れ日が揺れている。
蝉の声。
水の音。
服と擦れるリュックの音。
そして、俺たちの足音。
全てが
――特別な気がする。
「――風太。」
聞き慣れた、
気持ちのいいトーンだ。
「気をつけて来てくださいね。」
「ん。後でな。」
煌人の前を通り過ぎる。
「…………。」
背中に、
煌人の視線を感じる。
立ち止まり、目だけ向ける。
「なに。」
自分でも驚くような
低い声が出てしまった。
「――あ、俺、
別に怒ってたりは……」
振り返る。
煌人が片目を閉じ、
指フレームして立っている。
「……何してんだ?」
「ヒィ……」
「ヒィじゃねーよ。
《《何してんだ?》》」
「川沿い木漏れ日のハムちゃんを……」
「《《ハムちゃんを?》》」
「心のカメラに
納めておりました。」
――ツカツカツカ!!
煌人へ距離を縮める。
ペシッ!
指フレームを叩き落とす。
「はい。消去~。」
「ななな、なんてことを!
ひどいです!
まだ保存してなかったのに!」
コイツは相変わらずだ。
小さく息を吐く。
「お前、バカだな。
今からいっぱい撮れんじゃん。」
「いっぱい?」
「なんだよ、撮んねぇの?
――俺様のゾンビ姿。」
ふふんと笑ってみせる。
ゴクッと
煌人の喉がなる。
「心のアルバムに入れても?」
トン……。
煌人の胸に指先を当て、
その目を覗き込む。
「ここに入れてもいいし、
お前のスマホに、
――入れてもいい。」
煌人の瞳の奥が
言葉にできない音を立てる。
「風太……っ、あの……っ」
煌人の目が
熱を帯びて潤んでいる。
喉の奥が
ドクドクと音を立てる。
それを、
ゴクッと飲み込む。
「……なんだよ。」
「ヤバいです!
2本目のロケットが!」
「飛ぶのか?」
「いえ――、
運ばれてきました。」
「ブハッ!!
なんだそれ!!
じゃ、行くわ。後でな。」
ひらっと手を振り、
振り返りもせずに走り出す。
急いでるわけじゃない。
そこに、
長く居たら……
きっと、聞いてしまう。
“ヒグラシが鳴いたら、
俺たちはどうなるんだ?”
そんな
クソみたいな言葉、
飲み込んでしまえ。
走って、走って、
呼吸と一緒に
勢いよく流し込め。
腹の奥、
心の奥、
俺のずっとずっと奥に――。
┈┈
┈┈┈┈
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
蝉の声が響く中、
小さくなっていく
風太の背中を眺める。
その姿が
見えなくなっても、
長く伸びる
川沿いの遊歩道の、
ずっとその先。
――消失点。
その点から、
目が離せずにいる。
「風太……ごめんな。
俺、ちゃんと分かってるよ。」
小さくこぼす。
くるっと踵を返し、
家路へ向かう。
手のひらで両頬を叩く。
「しっかりしろ。
お前は
自分で決めたんだろ。
それ、
やるしかないだろ。」
ふらぁ~……
トコトコ……ストン。
道の端っこに座り込む。
「でも、辛い~……
やるけど……
やりますけど!
風太見てるの辛い~……」
ガシガシと
頭を掻きむしる。
すぐ横を
親子連れが通る。
「ママ~、あの人なに~?」
「見ちゃダメ。
きっと青春してるのよ。」
「“せいしゅん”ってなに~?」
「青い春というクイズよ。
答えのないデスゲームよ。」
「へぇーそっかぁ。」
おおお、お母さんっ……
アナタ、
子供相手に
なんちゅーことを。
だけど――、
めちゃくちゃ沁みてきます。
「答えのないデスゲーム
……か。」
洞煌人、
そのゲームに
勝ってみせましょうぞ!
果報は寝て待て
ですっ!
よし、急ごう。
タッ!
駆け出す。
だって、
今日から風太は
俺と一緒に
ゾンビバイトするんですもん。
✦・┈┈┈┈┈
やりきります
一世一代の
デスゲーム
✦・┈┈┈┈┈
┈┈
┈┈┈┈
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
カチャッ……
「煌人~、入るぞー。」
煌人の部屋のドアを開け、
顔を出す。
「はーい、どうぞー。」
奥の方から
煌人の声がする。
ん?
また、《《コレ》》がある。
「――なぁ。
ホームパイに
ひまわりの種乗せるの
なんか意味あんの?」
一粒、手に取る。
ポリッ……
「あ。美味い。」
その瞬間――
ズダダダダダ!!
ズダーーンッ!!
煌人が、
俺の足元に
ヘッドスライディングを決める。
いや、頭から突っ込んできた?
……のかな。
驚き、声をかける。
「いきなり何だよ!お前。」
煌人が
ゆらりと立ち上がる。
メイク途中の顔だが、
ゾンビよりも危機迫った顔だ。
「それは
こっちの台詞ダアアァァ……。
種食うなら食うって
先に言えェェェェエ……」
「半ゾンビやめろ。
なんで
種だけ報告必須なんだよ。
相変わらず
意味わかんねぇ奴だな。」
また一粒、かじる。
ポリッ……
「風太――。」
煌人が俺の手を取り、
両手で包み込む。
「えっ……なに?」
トクンッ。
俺の心臓が小さく跳ねる。
「――力抜いて。」
俺の指の間に、
煌人の指がスルッと入り込む。
ギュウッ……
指を絡ませ、
ゆっくりと
俺の手のひらを広げる。
「煌人っ、何して……」
――パラパラパラッ……
ん?
何か乗せられた?
手のひらに目線を落とす。
手のひらの上に
山盛りのひまわりの種。
首を傾げる俺。
「は?」
首を傾げる煌人。
「は?」
ふたり一緒に、
「――は?」
って遊んでる場合じゃない。
「なんだ、これ。」
「ハムちゃんのおやつ。
食べてるとこ見たい。
その瞬間を、
ずっと待ってたんです。」
「きっしょ!!」
「カーーーッ!!
きしょ!とはなんですか!!」
煌人が
鬼の形相で言い返す。
「ブハッ!!
なんだ、その顔っ!
あー、もう。分かったよ。
次からは報告しますよ。」
煌人の目をじっと見る。
「俺、今から“種”食います。」
カプッ!口いっぱいに頬張る。
……ポリッ、ポリッ。
もっもっもっもっ。
「うん♡うん♡」
微笑みながら俺を眺め、
煌人は満足げに
メイクに戻っていった。
「クスッ……変態め。」
ホラーハウスに
――熱い夏がやってくる。



