ある日、ゾンビを助けたら。



カララッ……

保健室のドアを開ける。

顔だけ覗かせ
中を見渡す。

カーテンの引かれた
ベッドが目に入る。


他には
誰も居ない。


ゆっくりとベッドに向かう。

カーテンの隙間から、
風太の荷物が見える。

ベッドの上に
投げたように置かれ、
そのすぐ側に
布団の膨らみが転がっている。

端っこから
足の先が少し見えている。

ノックするふりをする。


「――コンコン。

 中に、入りますね……」


ベッド脇の丸椅子に
腰を下ろし、
膨らみに声をかける。


「風太、出てきてください。

 教室に来てください。
 みんな、待ってますよ。

 俺が、帰りますから……。」





膨らみは、
動くこともなく、沈黙だ。

「…………。」


ふぅ……と息を吐く。


自分が、
とても小さくなったような
気がする。


――なんか、情けないな、俺。


もう一度、声をかける。


「風太?聞いてますか?

 俺、今から帰るんで、
 教室に行ってくださいね。」


「…………。」


「少しの反応も、
 してくれませんか……。」

しょんぼり。

肩を落とし、
膨らみを見つめる。




――シャッ!!

勢いよくカーテンが開く。

「プハーッ!
 あー、スッキリした!」


振り返ると、
そこには、タオルで
顔を拭く風太が立っている。

「え。……風……太?」


ガシガシガシ!!

ゴッシゴッシ!!


あわわわ。
そんな乱暴に……

咄嗟に風太の手を掴む。


タオルの影から
風太の目が覗く。

一秒もない間。

風太の目が大きくなる。

「――煌人!?」


「風太、めっ!
 そんなに擦ってはダメです。
 優しくポ~ンポン♡と
 やってください。」


「……はい?」


しーん……


ハッ!!
俺ってやつは、
反省もまだ終わってないのに!!

先生はこんなことしない。

ちゃんとケジメをつける、
それが先生たるもの。

「すみません!

 これでは《《先生失格》》ですっ!」

シュバッ!
何事もなかったように
丸椅子に座る。


動揺を抑えろ、俺。

太宰治になりきるんだ。


「ふぅ……」

悩ましげに息を吐く。

ふむ――。完璧っ。



「お前、何やってんだ?

 朝から忙しい奴だな。」


まあ、そうなりますわな。


――だがしかし!

それなら、
この膨らみは何ぞ?



風太が2人……てこと?

愛しの風太が、2倍……


なに!?――2倍だと!?

これは夢か?夢なのか!?
そうだ。
きっとそうなんだ。


バチーンッ!!
頬を引っぱたく。

「いってぇーー!!」

目の前に星が飛ぶ。


「ぅわっ!

 お前……なんなの!?」

風太が驚いている。

驚く風太、
頭のてっぺんからつま先まで

――クッソ可愛い。

しかも、
ちょこんと見えてる
つま先のその子!

――グハッ!足の親指さんっ!

はじめまして♡
栓抜きみたいで
とてもキュートだね♡



ん!?

親指……あれ?


「風太っ!なぜ裸足!?

 御御足(おみあし)が汚れまするぞ!」


「ったく……誰設定だよ。」

呆れ顔の風太が
ピッ!と
布団の端に見える
風太の足先を引っ張る。

「ちょっ!やめてください!」

慌てて風太の手を掴む。

「何やってんすか!
 風太が痛がるでしょう!」


「誰が痛がるって?」


「風太ですよ!
 決まってるでしょう!」


「で、俺は誰よ?」


「――!!

 ふ、風太ですよ!」


「で、《《これ》》は?」

風太が
布団のつま先を
するっと取り出す。

それをぷらぷらさせながら、
ニヤニヤしている。


――くそぅ……
空蝉の術だったとは。


ムッカァァァ……

「靴下ですっ!」

ダンッ!!

手刀で布団の膨らみを
ぶっ潰す。


――風太の偽物、討ち取ったり。



「ブハッ!!

 朝からぶっ飛んでんな。」

風太が笑いながら
ベッドに腰掛け、靴下を履く。


「面白くないです!
 ぜんっぜん!……ククッ」

笑う口元を手で隠す。

そっと
目線を風太に向ける。

「――!」

風太の目が、

俺を見てる。


その大きな瞳に

吸い込まれそうになる。



トク、トク、トク……


ほら――、

また、
俺の心臓が
走っちゃうじゃないですか――。


「……なん、ですか?」

ほんの少しだけ、目をそらす。




「いつも……
 いつもいつも、
 ありがとうな、煌人。」

風太の柔らかな声。




――え?




「それと、ごめんな。

 昨日は、ふざけてごめん。

 無理して時間作ってくれたのに。」


いや、そうじゃないんだ。
謝るのは俺だ。


「悪いのは俺です。
 俺の気持ちを押し付けました。

 思い通りにいかず、
 イライラをぶつけて。

 少し、自分でも、
 気持ち悪い面を知りました。

 ……知ってしまいました。」


風太を見れない。

気まずくて恥ずかしくて。



「昨日のお前が
 気持ち悪いなんて。

 そんなことないよ。」


「風太……」


「昨日はむしろ普通っていうか。
 怒って当然っていうか。」


「風太っ……」

なんか、
込み上げるものがあります。

このままだと、
きっと俺の目が洪水を……


「いつものお前は、
 もっとずっと気持ち悪いから、

 昨日のお前を
 そんな風に言うなよ。」


「……いつもは気持ち悪い。」


「うん、すごく。」


「風太ぁぁあ……」

ダバーッ。

ああ、目から洪水が。

これは――大洪水です。


「ええ!?
 煌人、これ!これ使え!」

手に持ってるタオルを
俺の目に押し付ける。

ギュッと。

そこに、
ソフトタッチなどなく、
俺の目元にピンポイントに
押し当てられる。



ほんのり湿ってる、

その粗雑さが

とても、温かいです。


しかも……


「グハッ……!
 
 風太のカホリッ……」


――パタッ。



「Kirato, don't fall asleep on me!

 ――Wake up!」


ガバッ!!

飛び起きる。


「今、なんと?」


「I want to talk to you alone.」


「わわわ!」


✦・┈┈┈┈┈


教え子の

小さな口から

ABC……


✦・┈┈┈┈┈



――クッソたまんねぇ!!


――ムズムズする!


同時に、

心配が襲ってくる。


「風太!
 まさか……壊れたんじゃ?」


ペン!ペン!

風太の頭を軽くはたく。

「これをやれば
 大体の家電は直ると!
 
 昭和の民は言ってました!」

ペンッ!

はたいている俺の手を
風太が止める。

ギュッ。

「家電扱いとはひどいな。」


「いやしかし、
 風太、どうしたのですか?

 まるで
 異国の王子みたいです。」


風太の前髪に
指先で
ちょいちょいと触れる。

「んっ……くすぐったい!」

風太が片目を閉じて
俺を見る。



――ずぉぉぉぉおおお……


――ごぉぉぉおおお……


「ヤバいです!
 ロケットが打ち上がります!

 失礼します!!」


――ガタガタッ!!


「は?何言って……」


――ダダッ!!

「おいっ!待てって!」


――ガラッ!!

バタン!!


しん……


ドタタターッ!!

ゴンッ!!

ドサッ……

――パタパタパタパタ……




……カラ……ラ……。

勢い余って
跳ね返ったドアの音だけが響く。



┈┈
┈┈┈┈
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈



煌人の騒々しさが、
俺の緊張を解していく。

「なんだあれは……」

どうしても
笑ってしまって仕方ない。


昨夜、
度々襲う眠気と闘いながら
覚えたんだ。


お前はきっとどこかで
ぶっ倒れるだろうから、

“寝ないでよ!起きてよ!”


起きたら、

“2人きりで大切な話がしたい。”


それに――

英単語も満点取れるよ、俺。


「ふぅっ……教室戻るか。」

ベッドの布団を
丁寧に直していく。



ヒラッ……!

大きくカーテンが揺れる。

「ん?」

振り返った先に、
ドアを開けて立つ煌人がいる。

「……あ。戻ってきたんだ。

 どうした?落としもんか?」


スタスタと
煌人が俺に向かって
近づいてくる。


スタスタスタスタ……

「え?おい、止まれ。」

スタスタスタ……

「ちょっ……近いっ!!

 ――ぅわ!」


ポスン。

よろめき、
ベッドに腰掛ける。

「お前は、
 加減ってもんがないのか?」


ギシ……

煌人が
両腕を俺の近くに置く。


――近いって。



「煌人~……

 このシチュは~……

 なんか、ダメなのでは?」


ずいっと煌人が迫る。

「大変な落とし物です。

 俺、バッチリ起きてます。

 そんで、俺も
 2人きりで話したいです。

 落とし物(ふうた)を拾いに来ました。」



「あ……はい。」








俺と煌人、

目と目が絡み合って離れない。


煌人――
お前の後ろ、
ドア開けっ放しだぞ。


いいのか?

《《それ》》、
閉めなくて――。


俺の微かな目線に気づいたのか
煌人がドアを横目で見る。


「あれは、開けておきます。

 またロケットが
 飛ぶかもしれないので。」



「ちょっとよく分からんけど、

 まぁ、いいんじゃね?」


「うん。――大切なんです。」


「お、おう。」



ひらり、ひらり、と

柔らかなカーテンが

俺たちの周りで揺らめいている。