境界線の向こうに眠る

「お母さんと一緒に電車に乗るの、久しぶり」
「美月が高校生になって初めてかもね」

この町に来て、母の状態はかなりよくなった。生まれ育った町で自然に囲まれて過ごす毎日が、母の心を少しずつ癒していったようだ。母は電車の窓から流れていく景色を見ながら「ごめんね、美月」と、突然そんな言葉を漏らした。

「なに?どうしたの?」

母がわたしに謝るなんて初めてのことだ。

「美月はお姉ちゃんの代わりをやろうとしてたのよね。家の中を明るくしようと思って一生懸命しゃべって。でも、あの時お母さん、それがなんだか寂しかったのよ。お姉ちゃんはお父さんに似ていて、美月はお母さんに似ているから、だから美月がそのままでいてくれた方がお母さんは安心できたの」
「そうだったんだね……ごめんね、わかってあげれてなくて」

 昔、花火をした時のことを思い出した。落とさないように慎重に線香花火を持つわたしとは対照的に、お姉ちゃんは「面倒臭い」と言って束のまま線香花火に火を付けて、あっという間に地面に落としていた。あの時、両親は「姉妹でどうしてこうも違うんだろう?」と笑っていた。そして、その後に母はこう言った。「やっぱり美月はわたしに似たのね」と。花火から目が離せなくて母の顔は見ていないけど、母の声が誇らしげだったことを覚えている。

「でも、美月もお父さんに似たのかな……」
「えっ?」
「車から飛び出してあの子に会いに行くんだもん。お母さんにはそんな勇気ない。お姉ちゃんもそうだった。わたしたちの反対を押し切って……」
「お母さん?それ、なんの話?」
「事故を起こしたバイクの運転手とお姉ちゃんは付き合っていたの」

突然の母の発言に理解が追い付かなかった。お姉ちゃんは無理やり連れて行かれたのだと両親は主張していた。でも、二人が付き合っていることを知っていた……。

「どうして無理やり連れて行かれたなんて言ったの?」
「美月に東風の生徒は怖いんだとわかってほしくて」
「どうして二人が付き合ってるのがわかったの?」
「お姉ちゃんから聞いたのよ。美月に同じことをしてほしくなくて、付き合ってること美月には黙ってなさいって言ったの」
「二人が付き合っていることを許したってこと?」
「お父さんと一緒でお姉ちゃんも自分で決めたことはなにを言われても突き通すところがあるから、認めた訳じゃないけど、目をつぶるしかなかったのよ。そうしたら、あんなことになってしまって」

お姉ちゃんは隠してなんかいなかった。反対されるのを承知で、でも隠しておくのが嫌で両親に話したんだ。やっぱり、お姉ちゃんはお姉ちゃんだった。

 わたしは、ずっとお姉ちゃんに憧れていた。明るくて豪快で自分を全部さらけ出して。そんなお姉ちゃんが大好きだった。お姉ちゃんみたいになりたいと思っていた。だから、家族に隠しごとをしていたのがショックだった。でも、やっぱりお姉ちゃんは思った通りの人だった。

 鼻の奥につんとした痛みが走り、視界が歪む。悲しいとかじゃない。お姉ちゃんがお姉ちゃんだったことが嬉しいんだ。そして、少し寂しいんだ。会いたくなってしまったから。

「ねぇ、お母さん?」
「ん?」
「わたしはお母さん似だよ。お父さんの気持ちよりも、お母さんの気持ちの方がわかるもん」

お母さんは笑顔でわたしを見た。いつ振りだろう、こんな笑顔を見るのは。凄く綺麗な顔だった。