境界線の向こうに眠る

 暦の上では秋だというのにまだまだ暑さの残る九月の初め。夕暮れの商店街に降り注ぐ西日は建物も人も同じ色に染めあげている。今日中に商品を売り切ってしまおうとあちらこちらから威勢のいい声が飛び交い、買い物客が次々と目の前を横切る。活気あふれるこの場所に、今のわたしはあまりにも不釣り合いだ。

人々の流れから取り残されたような足取りで、買い物に向かうわたしの頭の中は、最悪な想像で溢れている。もしも二人が付き合ったら――勝手な想像はいつしか細かく鮮明な映像まで作り出し、わたしの心を壊していく。

 東条くんに彼女がいても別に平気だった。片思いのままでいいと思っていた。でも、もしも東条くんと玲香ちゃんが付き合ったなら、目の前の景色が一瞬で色を失うように、まるで世界が変わってしまうんだ。

 東条くんが彼女とうまくいっていないという話を少し前に耳にした。本人が言っていた。だから間違いない。“別れ”という言葉も口にしていた。

 このままでいたい。なにも起きなくていい。ただ、ずっと波が穏やかであればそれでいいのに。どうしてこんな気持ちにさせるの玲香ちゃん――。
 
 カラスの黒い群れが朱色の空を切り裂き、わたしの愚かさを嘲笑するように頭上でカァーカァーと声を上げる。

 正直に東条くんのことが好きだと伝えればよかったのに、それができなかったのは――。

 背中に鋭く照り付ける西日はわたしの中からなにかを炙り出そうとしている。長く伸びた自分の影が醜く歪んで見えた。

 玲香ちゃんに話せなかった理由、それは――身の程知らずと思われるのが嫌だったから。自分でそう思う分にはいい。だけど、人からそう思われるのは辛い。東条くんが好きだと言ったら、玲香ちゃんが心の中でわたしを(あざけ)ると、あの瞬間そう思って、本当のことが言えなかった。わたしは、玲香ちゃんを疑ったんだ。

 空が一段階暗くなり、街の輪郭がぼやけていく。もうすべてが嫌になって、逃げ出したくなっている。大声で叫んで、店先の商品を手当たり次第なぎ倒したらすっきりするのかな。
 
 人々に容赦なく踏み付けられていく自分の影を見ていると、ほんの少し気が楽になる。もっと踏まれて、この黒い影が跡形もなく消えてしまえばいい。
 
 黒く光る革靴に、コツコツと音を刻むピンヒール、子供が駆け抜け、犬が横切る。次々に踏まれていく影の先に動かない一対の足が見えた。