境界線の向こうに眠る

 一睡もできないまま朝を迎えた。楓が来るかもしれないと何度もベランダに出た。けれど、楓が姿を現すことはなかった。

 下に降りると、リビングでは父がテレビを見ていた。母は、自室にこもっているようだった。わたしのせいに違いない。土曜日の今日、楓は加賀美モータースでバイトをしている。部活に行くと嘘をついて楓のところに行くつもりだった――のに。

「部活に行くんだろ?お父さんが送っていくから」

突然、父がそんなことを言ってきた。

「いいよ、自分で行くから」

父は疑いの目をわたしに向けると、出掛ける支度を始めた。

 学校に着くまでの間、会話は一切なかった。普通なら降りる時に感謝の言葉を口にするけれど、黙ってドアを閉めた。

 校舎に入り、部室に向かう途中で踵を返した。廊下を走り、昇降口で靴に履き替え外に出ると、父の車がそこに停まっていて、運転席の父と目が合った。慌てて昇降口に戻ると、部室に向かった。
 
 わたしの行動は完全に父に読まれていた。せめてあのまま車まで行って「家の鍵落としたかも」とでも言いながら探すふりをすればよかった。あれじゃあ、楓のところに行こうとしたのがバレバレだ。

 部活が終わり外に出ると父がいて、わたしは有無を言わさず家に連れ戻された。

「毎日、わたしのこと送り迎えする気?」
「しばらくは」

わたしはあからさまにため息をつくと、車のドアを強く閉めた。家に入るとダイニングテーブルの前で陰鬱な空気を漂わせていた母に声を掛けることなく自室に行った。

 ベッドにうつ伏せになると体が動かなくなった。こんな家、もうどうにでもなれと思った。楓が傍にいてくれたから、もう一度頑張ってみようと思えた。母のペースに合わせて食事をし、会話をする時も母の返事をゆっくり待つようにしていた。話すことがなくても、傍にいた。そうしたら、楓の言うように少しずつ母の様子が変わってきた。それなのに――。

 もうこのまま部屋から出ず、学校にも行かず、食事も摂らず、口も利かずに過ごしたら、楓に会うことをしぶしぶ許すだろうか。それとも、そうなることを望んでいるのだろうか。

 わたしの中で、完全に両親は敵になった。