楓と会わなくなってから三日が過ぎた。
学校から帰ると、母はダイニングテーブルに座りぼんやりとしていた。リビングでは、父がテレビを見ている。同じ家にいるのに、別々に暮らしているみたいに、食事の時以外二人が同じ空間にいることはほとんどない。
キッチン台の上には父が買ってきたお惣菜と、途中で作るのをやめてしまったのか、水を張っただけの鍋の底には豆腐が沈んでいる。いつものわたしなら、なにも言わずに味噌を入れて仕上げるところだけど、今日は一言声を掛けた。
「お母さん、この続きわたしがやってもいい?」
わたしは、ダイニングテーブルに座ると母の返事を待った。少しすると、母の消え入るような声が聞こえてきた。
「お母さんがやるから大丈夫」
わたしは「じゃあ、味噌はわたしが出すよ」と冷蔵庫から味噌を取り出すと、母がゆっくりと立ち上がった。その様子に、心の中で静かに驚いていた。こんな状態の時、母がすぐに席を立つことはない。声を掛けたのが良かったのかもしれないし、今日はたまたまそういう日だっただけかもしれない。
夕食が終わると、母が食べ終わるのを傍で待った。母が気にしないようにスマホを見ながら、時々、天気の話や近所の犬の話をした。母は頷くだけで会話に参加することはなかったけれど、その表情は終始穏やかだった。
食事が終わり、片づけを始めた。夕食後の片づけはいつもわたしがやっている。前までは、母が食べ終わる前に部屋に行き、食事が終わる頃を見計らって下に降りていた。食事がまだ済んでいない時は、食べ終わった食器から片付けた。一応、「ゆっくりでいいから」と声は掛けていたけれど、一つまた一つと目の前の食器を片付けられ、最後に残った一皿に箸をつけている時、母はどんな気持ちだったのだろう。ふと、そんなことを考えた。
片付けが終わると、母が声を掛けてきた。
「美月はどうして最近お母さんとよく話すようになったの?」
突然、そんな質問をされて驚いてしまう。変に思われないように徐々に話す時間を長くしていたつもりが、母は気付いていた。
「友達がね、お母さんと仲良く話していて、それ見てたらなんか羨ましくなって。わたしもお母さんともっといろいろ話したいなって」
母のことを楓に相談したとは言えず、適当に作った話。それが、意図せず自分の胸を締め付けた。
――わたしはずっと、お母さんと前のように普通に話がしたかったんだ。
「そうだったの」
「うん」
お互いもう一言なにかを言おうとして、けれどなにも言えずに会話は終わった。それでも、心は温かかった。
部屋に行くと机の上に教科書を開いた。楓と過ごすようになってすっかり勉強が疎かになっていた。楓と出会う前の毎日は、学校に行って部活をして、家に帰れば勉強か読書。休日は図書館に行くか、家で過ごす。そんな平凡な毎日だった。それが、楓と出会って一変した。
勉強がなにも手につかないまま、時計は十二時を回ろうとしている。今頃、楓は橋の向こうで眠っているのだろうか。橋の向こうには寝に帰るだけだと前に楓が話していた。
ベランダに出ると、ひんやりとした風が頬を撫でる。さっきから、楓のことばかり考えている。月を見上げると楓の言葉を思い出した。
「俺、ずっと前から美月のこと知ってたよ」
突然、胸が締め付けられる。楓と出会ってから、一度もわたしはここで自分を殺していない。
学校から帰ると、母はダイニングテーブルに座りぼんやりとしていた。リビングでは、父がテレビを見ている。同じ家にいるのに、別々に暮らしているみたいに、食事の時以外二人が同じ空間にいることはほとんどない。
キッチン台の上には父が買ってきたお惣菜と、途中で作るのをやめてしまったのか、水を張っただけの鍋の底には豆腐が沈んでいる。いつものわたしなら、なにも言わずに味噌を入れて仕上げるところだけど、今日は一言声を掛けた。
「お母さん、この続きわたしがやってもいい?」
わたしは、ダイニングテーブルに座ると母の返事を待った。少しすると、母の消え入るような声が聞こえてきた。
「お母さんがやるから大丈夫」
わたしは「じゃあ、味噌はわたしが出すよ」と冷蔵庫から味噌を取り出すと、母がゆっくりと立ち上がった。その様子に、心の中で静かに驚いていた。こんな状態の時、母がすぐに席を立つことはない。声を掛けたのが良かったのかもしれないし、今日はたまたまそういう日だっただけかもしれない。
夕食が終わると、母が食べ終わるのを傍で待った。母が気にしないようにスマホを見ながら、時々、天気の話や近所の犬の話をした。母は頷くだけで会話に参加することはなかったけれど、その表情は終始穏やかだった。
食事が終わり、片づけを始めた。夕食後の片づけはいつもわたしがやっている。前までは、母が食べ終わる前に部屋に行き、食事が終わる頃を見計らって下に降りていた。食事がまだ済んでいない時は、食べ終わった食器から片付けた。一応、「ゆっくりでいいから」と声は掛けていたけれど、一つまた一つと目の前の食器を片付けられ、最後に残った一皿に箸をつけている時、母はどんな気持ちだったのだろう。ふと、そんなことを考えた。
片付けが終わると、母が声を掛けてきた。
「美月はどうして最近お母さんとよく話すようになったの?」
突然、そんな質問をされて驚いてしまう。変に思われないように徐々に話す時間を長くしていたつもりが、母は気付いていた。
「友達がね、お母さんと仲良く話していて、それ見てたらなんか羨ましくなって。わたしもお母さんともっといろいろ話したいなって」
母のことを楓に相談したとは言えず、適当に作った話。それが、意図せず自分の胸を締め付けた。
――わたしはずっと、お母さんと前のように普通に話がしたかったんだ。
「そうだったの」
「うん」
お互いもう一言なにかを言おうとして、けれどなにも言えずに会話は終わった。それでも、心は温かかった。
部屋に行くと机の上に教科書を開いた。楓と過ごすようになってすっかり勉強が疎かになっていた。楓と出会う前の毎日は、学校に行って部活をして、家に帰れば勉強か読書。休日は図書館に行くか、家で過ごす。そんな平凡な毎日だった。それが、楓と出会って一変した。
勉強がなにも手につかないまま、時計は十二時を回ろうとしている。今頃、楓は橋の向こうで眠っているのだろうか。橋の向こうには寝に帰るだけだと前に楓が話していた。
ベランダに出ると、ひんやりとした風が頬を撫でる。さっきから、楓のことばかり考えている。月を見上げると楓の言葉を思い出した。
「俺、ずっと前から美月のこと知ってたよ」
突然、胸が締め付けられる。楓と出会ってから、一度もわたしはここで自分を殺していない。

