境界線の向こうに眠る

 障子の張り替えは思ったよりも難しかった。教えてもらいながら見よう見まねでやってみるも、しわを作ったり、のりをはみ出させて障子紙を汚したりして、三枚もの紙を無駄にしたところで雑用係へと回った。

「ごめんね楓、障子紙足りなくならない?」
「大丈夫。俺が一枚も失敗しなきゃいいだけだから」

その言葉通り、失敗とは無縁の手つきで障子紙を張っていく楓。繊細に動く指先と道具を器用に使いこなす手、それと真剣な横顔につい、見惚れてしまう。

 カッターで切った障子紙の切れ端がひらひらと舞い、わたしはそれをゴミ袋に入れながら、楓に話し掛けても大丈夫かを確認した。
楓は手を止め、「いいよ」と返事をすると、張り終えた障子戸を壁に立て掛けた。

「作業しながら聞いてもらって大丈夫だよ」
「わかった」

楓が新しい障子紙を手に取ると、わたしはのりやカッターを使いやすい場所に置いた。

 静かな部屋には、わたしの声と障子紙を張る音だけが響いている。楓は手を止めることなく、わたしの話に耳を傾けていた。

「その、バイクを運転していた人が、東風学園の人だったの。だから尚更両親は東風を嫌っていて」

話している間にも、障子張りが一枚、また一枚と完成していく。楓はなにも言わずにただ聞いている。当然だ。こんな話を聞かされ、返す言葉がある筈もない。

「わたしも、楓と出会う前は東風の生徒ってだけで憎んでいた。でも、お姉ちゃんが死んだのは、バイクの運転手のせいであって、東風の生徒だからではないって、今はわかっている。ていうか、楓が東風だとか橋の向こうに住んでいるとか、もうどうでもいいんだよ。わたしは楓と――」

一緒にいたい――そう、言い掛けた瞬間、楓が口を開いた。それはまるで、わたしの言葉を遮るようだった。

「五十川琉依――美月のお姉ちゃんをバイクの後ろに乗せていたやつって……」

楓は、わたしの答えを待つように障子紙を見つめたまま手を止める。空気が重くなったように感じて、とめどない不安が襲ってくる。お姉ちゃんが事故で死んだと病院から連絡がきたあの日のようだった。電話を受けた母の声が急に変化し、これからとんでもないことを聞かされるのだと怯えたあの時と同じ。

「やっぱり知ってるんだ。もしかして友達だったとか?」
「あとで話すから、ちょっと時間もらえる?」

楓の声はいつもと一緒で、でも、全部が違った。楓は作業を再開させ、わたしは雑用に徹した。あとで聞かされる話が、いい話でないことはわかっている。考えられる限りの最悪を想像した。お姉ちゃんと楓が付き合っていた――そんなところまで考えた。