「ただいま」
いつもと変わらない感じで言えたことにほっとして、自室に向かった。
部屋に入るとベランダに出た。夜風に当たりながら、今夜の計画を整理した。楓とは二十時に、家のすぐ近くのコンビニで待ち合わせをしている。待ち合わせの五分前には家を出るつもりだ。けれど、いつものように玄関から出ることはできない。その時間なら、きっと父はリビングにいる。リビングと玄関は近く、しかも玄関ドアはどんなにゆっくり閉めても音がしてしまう。ドアの開閉が静かに行える座敷の掃き出し窓から出ることに決めた。
夕食の時間になり食卓につくと、当たり障りのない話をした。
「明日も天気いいんだ。よかった」
ひとり言のように話すのは、装っている訳ではなくていつものことだ。問いかけるように話しているのに返答がない悲しさはもう、一生分味わったと言っても大袈裟ではない。でも、時折そのひとり言に返答、あるいは質問が来る時があって、それが今だった。
「なにかあるの明日?」
母の突然の質問に緊張が走った。
「あっ、いや、天気がいいと気分がいいから」
いつものように振舞うのは嘘を吐くよりも難しく、顔がひきつっているのが自分でもわかる。今の返答に違和感があったような気がして、上書きするように言葉を追加した。
「来月、中間考査があるから明日は家で勉強する予定だよ。でも、せっかく天気がいいし、気分転換に図書館に行って勉強しようかな」
動揺している割には自然に言えた。ほっとしたのも束の間、母の言葉が胸を突き刺してきた。
「いいわね、美月には気分転換に行ける場所があって」
どこまでも沈んでいく気持ちを立て直す為に、“気分転換に行ける場所があるのはいいことだね”と言う意味で言ったのだと、脳をだまそうとするけれど、豆腐のかけらを口に運ぶ母の表情が“それ”ではないから気持ちは沈んだまま動けないでいる。いつだって自分の気持ちをコントロールするのは自分で、きっと母も今、わたしにその言葉を投げることで気持ちをコントロールしているのだと思う。だから、ここでわたしが攻撃的なことを言ってしまったら、コントロールを失った母の心は今以上に壊れてしまう。前の母に戻って欲しいと思うのに、自ら壊すなんて滑稽な真似はできない。
「食器、わたしが洗うから」
返事もなければ、目線すら合わなかった。いつも通りに振る舞おうと必死になる必要はなかった。心が荒波のように激しく揺れている時も、凍えて動けない時も、わたしを見ていない両親が、そのことに気が付くことはなかったのだから。
部屋に戻りベランダに出ると、柵に手を掛け下を見下ろす。いつもここから飛び降りて動かなくなった自分を想像するのに、今日は楓の顔が浮かぶ。時計は十九時を過ぎたところ。もう少しでわたしは夜の世界に飛び込める。
いつもと変わらない感じで言えたことにほっとして、自室に向かった。
部屋に入るとベランダに出た。夜風に当たりながら、今夜の計画を整理した。楓とは二十時に、家のすぐ近くのコンビニで待ち合わせをしている。待ち合わせの五分前には家を出るつもりだ。けれど、いつものように玄関から出ることはできない。その時間なら、きっと父はリビングにいる。リビングと玄関は近く、しかも玄関ドアはどんなにゆっくり閉めても音がしてしまう。ドアの開閉が静かに行える座敷の掃き出し窓から出ることに決めた。
夕食の時間になり食卓につくと、当たり障りのない話をした。
「明日も天気いいんだ。よかった」
ひとり言のように話すのは、装っている訳ではなくていつものことだ。問いかけるように話しているのに返答がない悲しさはもう、一生分味わったと言っても大袈裟ではない。でも、時折そのひとり言に返答、あるいは質問が来る時があって、それが今だった。
「なにかあるの明日?」
母の突然の質問に緊張が走った。
「あっ、いや、天気がいいと気分がいいから」
いつものように振舞うのは嘘を吐くよりも難しく、顔がひきつっているのが自分でもわかる。今の返答に違和感があったような気がして、上書きするように言葉を追加した。
「来月、中間考査があるから明日は家で勉強する予定だよ。でも、せっかく天気がいいし、気分転換に図書館に行って勉強しようかな」
動揺している割には自然に言えた。ほっとしたのも束の間、母の言葉が胸を突き刺してきた。
「いいわね、美月には気分転換に行ける場所があって」
どこまでも沈んでいく気持ちを立て直す為に、“気分転換に行ける場所があるのはいいことだね”と言う意味で言ったのだと、脳をだまそうとするけれど、豆腐のかけらを口に運ぶ母の表情が“それ”ではないから気持ちは沈んだまま動けないでいる。いつだって自分の気持ちをコントロールするのは自分で、きっと母も今、わたしにその言葉を投げることで気持ちをコントロールしているのだと思う。だから、ここでわたしが攻撃的なことを言ってしまったら、コントロールを失った母の心は今以上に壊れてしまう。前の母に戻って欲しいと思うのに、自ら壊すなんて滑稽な真似はできない。
「食器、わたしが洗うから」
返事もなければ、目線すら合わなかった。いつも通りに振る舞おうと必死になる必要はなかった。心が荒波のように激しく揺れている時も、凍えて動けない時も、わたしを見ていない両親が、そのことに気が付くことはなかったのだから。
部屋に戻りベランダに出ると、柵に手を掛け下を見下ろす。いつもここから飛び降りて動かなくなった自分を想像するのに、今日は楓の顔が浮かぶ。時計は十九時を過ぎたところ。もう少しでわたしは夜の世界に飛び込める。

