このカクテルを、君と。

翌朝

今日こそは、冬眞さんをお見送りするんだ。
そう気合を入れて、朝5時に起きた。

冬眞さんに教えてもらって、キッチンを使えるようになった。

マグカップに沸かしたお茶を注ごうと、やかんを持ち上げたとき、その重さをうまく扱えず、コン、とやかんがマグカップに当たった途端、

パリン!

と足元で陶器が砕けた。


嫌なほど静かなリビング。
自分の心臓の音だけが無駄に大きく響き、

「…ごめ、っなさ…」
と無意識に口から漏れた。


私は、なにも変わっていないんだ。


「大丈夫ですか?なにか割りました?」
と寝室から冬眞さんが顔を覗かせる。

「…」

私の表情を見ると、寝癖をつけたまま、私の元へ歩いてきた。

「ごめんなさ…っ、わざとじゃ…」
俯くと視界に欠片の右端に冬眞さんの裸足が映る。
「わかってます、」
と私の手を握った。

「ごめんなさい…、許してください…」
とへなへなとしゃがみ込み、無様にキッチンラグに雫が落ちる。

そんな私に、目線を合わせるようにしゃがみ込むと、
「怪我してませんか?」
と私の手を取った。

私の両手のひらを広げ、出血がないことを確認すると、
「…マグカップを割りたくて割る人なんていないですし。わざとじゃないのはわかってます」
と立ち上がり、約1日分の新聞を床に広げ、欠片を手で集め始めた。

「ごめんなさい…」
「大丈夫です。また買いますから」
そう言って淡々と作業を進める冬眞さんの目には光がなく、大事なマグカップだったのだろうと、理解するのに時間はかからなかった。

かけらを集め終わると、
「薫さん、朝早いんですね」
と新聞で包んだ。

「今日は…冬眞さんをお見送りしようと…」
「そう、なんですか」

「…でも僕、今日9時集合なんだよね…」
と言いながらかけらを包んだ新聞紙をビニール袋に入れ、ガサガサと乾いた音を立てながら口を縛った。

「起こしてすみませんでした…」
とよろよろと立ち上がると、
「そういう意味じゃないです、」
と口角を上げた。

「2人で二度寝しません?」
と寝室を指した。

「まだ時間あるので、どうですか?」
俯く私の目を覗き込み、あくびをした。

「…いい、ですよ…」
と言うと冬眞さんは、私の手を引いて寝室に連れ込んだ。

「ここが僕の寝室です」
と木のスライドドアを開けた。

冬眞さん越しに目立つ大きなベッド。
肌触りの良いフローリング。

「なにか、不安になる要素とか…ありました?」
とおそるおそる聞かれる。

私は、静かに首を横に振った。

「じゃあ、添い寝お願いします」
と冬眞さんはベッドに座りながら言った。
添い寝、なんてしたこともされたこともない。

「どう、すればいいんですか…?」
「どう…って、一緒に寝るだけですよ」
と言いながら布団に潜っていた。

本当に一緒に寝るだけ?
変な意味とか、ない?

不安になりながらも、
「失礼、します…」
と布団をめくり、おそるおそる布団に呑まれていく。

「寒くないですか?」
「大丈夫です」
「じゃあ、おやすみなさい」
と言われ、素直に目を閉じた。

出てくるのは、不安か。安心か。
痛みか。苦しみか。

ごそごそと隣で冬眞さんが寝返りを打っているのがわかる。

「僕、不眠なんです。」
とたしかに耳元にそう聞こえた。

「今だけは…、ゆっくり寝させて?」
なんでそんなことに許可を取るんだろう。と思った矢先、布団の中で、

手を、繋がれた。


ただ、触れてる。それだけ。


冬眞さんから寝息が聞こえてきた頃、安心しきって、私も眠りについていた。

◇ ◇ ◇

今、何時だ…
短時間とはいえど、よく眠れた気がする。

ふと右側を見ると、僕の腕を掴むようにすがりついている薫さんがいる。

一瞬驚いたが、単に嬉しかった。

時計を見るともう8時。

もう少し、このままでいっか。

こんなに有意義な朝は久々だなぁ。

窓からの温かい日差し。
薫さんの寝息。

薫さんは
「…んんぅ、」
と声にならない音を発したあと、
僕の腕に抱きつくように距離を縮め、腕に顔をうずめた。
なんか、幸せかも。


◇ ◇ ◇


これは…、心臓の音?
すごい、落ち着く…
甘くていい香りするなぁ…

そうだ、冬眞さんと寝て…
手を繋いで…

あれ、まてよ、私何に抱きついて…


え、まって、冬眞さんの腕?
しかも私顔うずめてた?

やらかした…

まだ冬眞さん寝てる…よね、?
目閉じてて、呼吸深めだし…

そっと起こさないように離れ…
「離れちゃうんですか?」
と寂しそうな冬眞さんの声が聞こえた。

その途端、胸が跳ね、
「あ…いや、その…ぅ、」
弱々しい声が溢れる。

「ん?」
と体ごとこちらに向いた冬眞さんと目が合う。

顔が熱い。
逃げたい。

「そんなに慌てて離れなくてもよかったのに」
と拗ねたように言われた。

「えぇっ、」
「お陰様でよく眠れました」
と言いながらえくぼが現れた。

「そう、ですか…」

「あっ、一応言っておきます。全っ然、嫌じゃなかったです。」
と言いながら布団を出て、
「僕もう準備して行くので、のんびりしててくださいね 慣れない“早起き”したんですから」
と寝室を後にした。

え、なんか急にめっちゃ喋るじゃん…。

布団をぎゅっと掴み、冬眞さんの背中を見届けた。

恥ずかしい…
私、いつから?

えっ、なんか、すごく…


ドキドキ、する…?


◇ ◇ ◇


電話がなる音で、目が覚め、再び寝ていたことに気が付く。

スマホに手を伸ばし応答すると
『あっ、もしもし!薫さん!?』
慌てた様子の冬眞さんの声が飛んでくる。
『薫さん…申し訳ないんですけど…僕の部屋に封筒ありませんか?』
「ふう、とう?」 
『はい。緑か茶色の』

『僕の部屋の中で見つけたら、今から送る住所のところに持ってきてほしいんです。お願いしてもいいですか?』
「わかりました…がんばります…」
と伸びをした。


◇ ◇ ◇


えっと、ここ…かな、?

慣れない電車を乗り継いで、なんとかたどり着いた。

すっごい大きいビル…
空が反射してる…

「あっ、薫さんですか!?」
と、明るい、凛さんと似た類の人に声をかけられる。

眩し…っ、
冬眞さんの周りの人達、みんなこうなのかな…

「…はい、」
「ありがとうございます!桐生さんが呼んでいるので行きましょう!」

「あ、ちょうどエレベーター来たみたいですね」
と言われ、ビクッとする。

エレベーター苦手なんだよね…、いろいろ、思い出しちゃって…

「何階ですか?」
「19階です」

じゅ、19 !?
階段でも厳しい…

「桐生さんが待ってます。行きましょう」
とスタッフさんは先にエレベーターに乗ってしまう。

「…」
覚悟決めて、行くしかないよ…っ、

大丈夫大丈夫。
ちゃんと、冬眞さんに、会える…っ、

足、すくんでる…
そっとエレベーターに乗り込む。

ドアが閉まり、心臓の痛みに気が付く。

「はぁ…っ、」
口元を塞ぎながら、平常を装う。

やばい、ふらふらして…
つくまで、しゃがんでいよう…



途中でガシャンとドアが開く音がする。
ついた!?
顔を上げると、

「え、薫さん大丈夫!?」
と乗り込んできた高瀬さんが同じようにしゃがみ込んで心配してくれる。

気持ち悪くなってきてしまって、頷くように再び顔を伏せる。

大丈夫大丈夫…

次第にドアが締まり再び動き出す。

朦朧とした中で、3人の声が響く。

「冬眞って今なにしてるっけ」
「今は…インタビュー受けてますね」
「インタビューかぁ、呼ぶのは厳しいかもなー、」

いん、たびゅー、?

頭がガンガンする…
耳鳴りもしてるし…

なにより

“あの時の声”が…うる、さい…っ、

冬眞さん…来れないの、?

お仕事中。

忙しい。

わかってるのに。

会いたいと思ってしまう。


「一応連絡してみますか?」
「うん。もしかしたら来るかもだし。お願いします」
「あ、抜けて来てくれるみたいですよ」

くらくら、する…っ、

頭が…、ぅ…っ、













「薫さん。僕です冬眞です」
という声と肩に手を置かれた感覚で、意識が蘇る。
息を吸う感覚がする。

「すみませ…っ、」
「全然大丈夫です。無理に呼び出してすみませんでした」
視界にぼんやりと冬眞さんが映る。

「私、封筒届けてきますね」
とスタッフさんは高瀬さんと一緒に封筒を受け取って出ていった。



唇を噛んで眉をひそめる冬眞さん。

「とりあえずエレベーターから出ましょうか。」
立てますか?と手を差しのべられる。

震えながら手を取ると、いつものようにぐいっと引っ張ってくれる。

「…っ、」
思わずふらついて、冬眞さんに倒れ込んでしまう。

「おっと、」
しっかりと、背中に手を回され、支えられながら抱きしめられる。

「薫さん、ちょっと失礼しますね」
と言いながら私の首に手を添えた。
「熱、ありますか?」

「すみません、はやく横になれるところに行きましょうか。僕にこの資格はないかもだけど、許してください」
と耳を赤くしながらしゃがんだかと思えば、視界が揺れ、気づいたら姫抱きされていた。

ふわふわと浮き、腕に収まる感覚。

そのまま冬眞さんの肩に顔をうずめ、落ち着きを取り戻していた。


意識が落ちそうになった時、
「体温計ありますか?」
という冬眞さんの声で繋ぎ止められた。

その直後に、ベッドに寝かせられる。
背中がふっと沈み、毛布をかけられる。
「僕は、ここにはいられないんです。でもスタッフさんにいてもらうので、なんでもわがまま言ってくださいね」

胸がきゅっと痛くなるのがわかった。

忙しい…、から…っ、
わかってる…
毛布をぎゅっと掴んで、苦しさを紛らわせようとする。

それでも恋しく感じてしまうのは、なんでかな。

「ぜっったい戻ってきます。約束します」
ニコッしたあと、背中を向けた。

行かないで…
一人にしないで…
冬眞さんがいないと…

手を伸ばすも、すぐにカーテンで冬眞さんの姿は見えなくなってしまった。

ぼーっとしているうちに
「熱測りますね」
と服の中に体温計を忍ばされる。
体温計の冷たい感覚が、妙に嫌だった。

私、なにしてるんだろう。

冬眞さんの腕の中の浮遊感みたいに、ふわふわする。

さみしい…

服の中の体温計がうるさくわめき、スタッフさんが様子を見に来る。

体温計を見るなり、顔をしかめ、
「少しお待ちください」
とカーテンの向こう側に行った。


◇ ◇ ◇


「桐生冬眞さんのモットーはなんですか?」

と目の前のインタビューアーの方に聞かれる。自分の意図。シンガーソングライターとしてのテーマ。
どんな順序で説明しようか。
そんなことで思考を埋めるも、どこかにあの苦しそうな薫さんの表情があった。


「そう、ですね…」
なに言おう。

「ぜひこだわりとか聞いてみたいです。」

「…」

周りのスタッフが違和感を感じ始めたのかなにかひそひそと話している。

やっぱり変だったか。
そうだよね、僕は割とすぐ答えを出すタイプなのにためらうなんて_
「桐生さん、少し、一瞬いいですか?」
と駆け寄ってきた休憩室のスタッフさんに声をかけられる。

「一瞬だけ、席外します。失礼します」
とインタビューアーさんに失礼のないように心がけているが、既に1回は席を外している。

「薫さんなんですが、熱が39℃ありまして…」

さんじゅう、きゅう?

「医療スタッフに診てもらい、受診を勧められました、付き添っていただけますか?」

「わかりました、」

スタッフさんにお辞儀をして、インタビューアーさんに事情を説明する。不安を抱えながら薫さんの元へ走った。


火照った顔に、対照的な冷えピタ。

「…とう…っ、ま…、さん…」
と呼ばれ、思わず駆け寄る。

「薫さん、来ましたよ…」
首に手を添えると、その熱さに心底震える。
虚ろな目から、寂しさや不安が滲む。

「冬眞、病院連れてくなら送っていくよ」
と、マネが背後から歩いてくる。

「ありがとう。薫さん、いけそう?」
髪を撫でると、小さく頷く。

マネに僕のコートを持ってきてもらい、薫さんを起き上がらせ、着せ、フードを深く被せた。

「よっ、」
膝の下と背中に手を添え、持ち上げる。

「…ごめ…っ、なさ…ぃ…」

「いいえ。このために筋トレしていたと言っても過言ではないので」
と笑ってみせてみる。


「エレベーター乗りますね」
とドアをくぐる。

ドアが閉まり、寄りかかれるように壁際に下ろす。

腕を離した途端、裾をぎゅっと掴まれ、その震えに気が付く。

これも、誠が関連しているのだろうか。

薫さんの頭に手を乗せ、よしよしする。
遠慮がちに僕を見上げるその表情にそっと胸がほどける。

エレベーターが1階を告げて。
薫さんを抱え歩き出す。

外に出ればマネが後部座席のドアを開けてくれる。

「ありがとう」

僕自身も乗り込み、薫さんの汗をハンカチで拭う。

「大丈夫ですか?」

「…はい…、」

車が動き出し、薫さんの頭が肩に乗る。


「…」

薫さんの手を握り、そっと撫でてみる。


その熱い体に、申し訳なさばかりが募る。

封筒なんて、べつにどうでもよかった。
いらなかったわけではないが、そもそも家に忘れた僕が悪い。
僕が会いたかっただけだったから。
僕のいる階まで連れてきてほしいとスタッフに言ってしまった。

「ごめんね…?」
そう言わないと気がすまなくて。

「…私こそ…っ、」
と言いかけたところで激しく咳をする。

喉に痰が絡んでいて。
息なんてできていなくて。

「ゆっくり…、落ち着いて、」

僕のせいなんだ。
僕が看病しなくて誰が責任を取るんだ。

「めい、わく…、かけて…っ、ごめ、なさ…」

「大丈夫です、謝る必要ないですよ」

小さく息を吐きながら、薫さんの頭に手を乗せる。

ふと窓の外を見ると病院の看板が近づいてきている。

「冬眞は待ってろ」
「え」

バックミラー越しの、マネの目つき。

「冬眞が行ったら目立つし、それにインフルでももらってきたらどうするんだよ」

「まぁ、たしかに…」
と納得してしまい、悔しさが胸にざらつきを残す。

「俺が付き添う。」
「薫さんはそれで大丈夫ですか?」
と聞くと、小さくうなずいたのがわかった。


◇ ◇ ◇


二人が降りていって、その後ろ姿を眺めていた。
やがてドアをくぐるとその姿は見えなくなる。

「…」

時計を眺め。

炭酸が抜けかけたジンジャーエールを鞄から取り出し一口飲む。

びっくりするほど味がしなくて。

ため息が漏れる。



時計を見るも、5分も経っていなくて。

そのたった5分が、とてつもなく長く。
何時間のように感じてしまう。

長い。


◇ ◇ ◇


気を逸らすようにひたすら画面の上の指を滑らせているとドアを開く音がした。

慌てて体を起こし、その姿を視野に入れる。

ぼんやりとした表情。
おでこの冷えピタ。
汗で湿った髪。

後部座席に座り、息を吐くと、目を閉じた。


マネが運転席に座り
「コロナも、インフルも陰性。ただの風邪かと。疲労と脱水、高熱。点滴と薬の処方してもらった」
と書類を助手席に置いた。


◇ ◇ ◇


なんとか二人三脚をして支え合い、エントランス、エレベーター、玄関と通過していく。

やっと寝室にたどり着くと、薫さんはベッドに埋まるように倒れ込んだ。

お粥を作りにリビングに行こうとすると、
「…なんで…っ、」
と声をかけられる。

振り返ると、かけ布団に包まれ、泣きながらなにかを訴えている。

なのに、嗚咽ばかりでまともに聞き取れない。

「…えっ、と…?」

「…なんでよ…っ、うぅ…、」
布団に埋もれ、鼻をすすっている。

ベットの脇の椅子に座り、
「もう一回、言っていただいてもいいですか?」
と刺激しないように声をかける。

「…なん…っ、で、とうまさんなの…っ、」
部屋に響いた、曇った声。

「なん、で…?」
なんでと言われても…

「あっ僕じゃない方がいいですよね?」

自分で言っておいて胸が酷く痛む。
そりゃそうか…、そうだよね…

そうなんだよね?きっと。

それ以外わからないし…

僕が看病することが薫さんに負担になるなら、無理はさせられないけど…

「…ちが…っ、」
と言いかけたところで酷く咳き込む。

「大丈夫ですか、」


「僕が看病じゃ嫌ってことですか」
と聞くと、勢いよく首を振った。

その反動で頭痛がしたのか、こめかみを押さえている。

だったら、僕が全うするしかないよね。


◇ ◇ ◇


寝室に戻ると、こむぎが薫さんの顔の横で丸くなり寝ている。

「薫さん、お粥作ったんですけど、食べられますか…?」

トレーごとベットのサイドテーブルに乗せる。

「まだ熱いですけどね」
と軽く混ぜると湯気がさらに密度を増す。


仕事は、ミーティングはリモートで参加できるように、スケジュール調節をしてもらった。

けれど。

「…」

正解が、わからない。
お粥を作ってよかったのか。

声をかけていいのか。
それとも放っておくのがいいのか。

全ての選択肢が間違いな気がして。



「…お粥食べられますか?」
とふーふーしたお粥をスプーンを口に運ぶと、ぱくっ、と口に含んだ。

ゴクリ、と飲み込むと、息を吐いて安堵したような表情を見せた。

もう一口すくって渡してみると、手を押し返し、拒否された。


不味かったかな、とそのまま僕の口に運んでみると、普通の、何ら変わりないお粥だった。

「ゼリーにしますか?」

首を振る。

「じゃあヨーグルトとか…」

薫さんは寝返りを打ち、小さな背中だけが見えた。
「…ほっといて…」
布団を握りしめ、震える小さな声でそう言った。

「…わかりました、なにかあったら呼んでくださいね」

ドアを数センチ開けておいて、リビングのソファに座る。


ため息をつきながらパソコンを開き、ミーティングアプリにログインする。


すると既に集まっている仲間が雑談をしていて、その和に入りたいと思ってしまう。

『あ、冬眞きた』
「お疲れ様です」

近々のライブのセトリ。衣装。演出。
お互いに案を出し合い、実現できそうなものを選ぶ。

十分ほど経った頃、背後から足音が聞こえてきて、

「そうですね、僕的には_」
と言いかけたところで後ろから抱きしめられる。

薫さんの息遣い。
体温。髪の質感。

「どうしたんですか、また熱上がってません?」

立ち上がりおでこに手を当てると、案の定熱くて。
冷えピタどこだっけと探そうとすると裾を掴まれ引き止められる。

「…ごめ…っなさ…、」
「いや…」

包み込むようにハグをして、背中をぽんぽんと宥める。

「…じゃま、ってわかってるのに…さみしくて…」

「そうですよね、」
風邪のときは、特に孤独感が増す。
それは僕もよく分かる。





『_という感じで、冬眞いいか?』

「はい」

『一つ聞いてもいい?隣の方は…?』

「あぁ、えっと、同居人…?」

薫さんをどうしても一人にはできなくて。
ベットで二人並んで、ミーティングをしている。

薫さんは、肩に頭を乗せたり、僕の手で遊んだり、見たことのない幼さを見せている。

『なるほど…?』

「今日お昼何にします?」

「…いらないです、」

「らしいです」
と真顔で伝えると
『何の報告だよ、』
と向こうも僕の幼さに呆れている。

ミュートにして、
「食べたくなったら言ってくださいね、なんでも作ります」
と耳元に添え、髪を手で嗜む。

『冬眞音も映像も切れてないぞ』

「うっそ」
慌てて画面に目を戻すと、今にもやれやれと言いそうなスタッフ達。

『次の会議は5分後。冬眞きっちり5分で帰って来いよ』
とだけ言われ、強制退室をされる。

「よし、」

パソコンを閉じ、さっきは人目があったため我慢していた分、薫さんを抱きしめる。

「なんのお仕事、なんれすか…?」
「んー、今はまだ内緒、です。ごめんね」
と言うと、薫さんは控えめに首を振った。

いつか。いつか素直に話すよ。


◇ ◇ ◇


『_で、これはどうする?』

薫さんは完全に僕の横で眠ってしまい、不思議なほどにその寝顔が糧になる。

「こうしたら面白そう、だとは思う」

『具体的には?』

「例えば_とか?」
『ぇそれめっちゃおもろい!やろうやろう』

「…んぅ、ぅ…」
薫さんが身じろぎしたところで肩を軽く撫でる。

辛いこと、思い出してないといいけど…

首筋に手を当て、その熱が少し引いたような気がして安堵する。

冷えないように布団を深くかけ、

「_っていう案もありかなって」

あれこれ発言していた。


◇ ◇ ◇


ミーティングが終わり、今日の仕事は終わり。

テレビを、眠っている薫さんの横で見て、バレるのはいつだろうとぼんやり考えていた。

16時を回った頃、薫さんが起き上がり、ベットを出ようとした。

「僕が行きますよ、なんですか?」
テレビの音量を下げ、ベッドから立ち上がる。

「…え、お手洗い…です、」

「あっ、それは代われない…ごめん、」

「いえ…」

壁を伝いながら、器用に歩く。

そろそろ薬の時間か、と薫さんから目を離さずにリビングに行き、コップに水を汲む。


仕事を明かしたら、薫さんはどう思うのかな。

妙に想像ができなくて。
教えたら、この関係はなくなってしまうのではないかって。

怖くて仕方がない。


水と薬を持って、寝室に戻る。

薫さんはテレビを見ていて。
僕もその隣に座る。


「薬飲みましょう?」
と封筒ごと水と一緒に渡すと、あくびをして飲み込んだ。

「ご飯どうしますか?」

温かいもの?
スープ?麺?おじやとか?

「ぅんー、食べられますけど…、食べたいもの、ないです…」

ウーバーのアプリを開いて、なにがあるか見てみる。

「うどんはどうですか?それとも、そばでも、そうめんでも…」

「麺しかないんですか、」
とほんの少し笑みを浮かべている。

「え、あぁ他にもありますよ…?キムチとか…?」
と目についた麺以外を言うと、眉をひそめ、
「…じゃあうどんで…」
と息を吐いた。



2人分温かいうどんを頼んで、ベットで並んで食べる。

「…おいし、」
と頬を染めながら必死にすすっている。

その姿は愛しさ極まりなくて。
よかった、やっとご飯を食べられて。

「たべないんですか、?」
と僕の方を見て首を傾げる。

「たべますよ、笑」
一口麺をすすると、出汁の味と、もちもちの麺がよく絡む。

「ん!すっごい美味しい!」

「…ですよね、」
と、ふふ、と微笑んだ。

僕はつくづく、君を幸せにしたいと思ってしまう。

もっと笑ってほしい。
もっと、楽しんでほしい。

気づけばそんなことばかり願っている。

この不安定な関係性でさえ失いたくないと思ってしまう。

と同時に、僕でいいのか、という自問もある。

僕は良くも悪くも普通じゃなくて。

仕事上薫さんを寂しくさせるのは目に見えている。


「…」

時計の針の音が響き、薫さんはいつの間にか眠っていた。

うどんの汁を飲み干して、寝室を後にした。

シャワーを浴び、歯磨きをし、コンタクトを外す。

メガネで仕事部屋に行き、作曲。

気づけば深夜2時。

目の疲れに気が付き眉間に手を添えた。

大人しく寝室に戻り、薫さんの苦しそうな表情を気の毒に感じながら髪を撫でる。
首筋に手を添え、

その熱さに目を開く。

熱い。また熱が上がっている。
起こさないように脇に体温計を滑り込ませ、測ってみる。


“38.6℃”

高いな…

「薫さん」

肩の上でぽんぽんと手を弾ませ、起こしてみる。

「…ん、ぅ?」
うっすらを目を開け、様子を伺っている。

「熱上がってそうなので、お水でも飲みましょう?起き上がれますか?」
サイドテーブルにあった経口補水液を差し出す。

おぼつかないようにストローを咥え、ゴクリ、と飲み込んだ。

冷えピタを貼り、髪を撫で、
「おやすみなさい、」
とリビングに戻ろうとすると、

Tシャツの裾を掴まれる。

その表情は、少し俯きがちで、虚しくて。

「寂しいですか?」
と聞くと、小さく頷いたその姿に幼さを感じる。

「…じゃあ僕もここで寝るとするかな」
そっと抱きしめると、改めてその熱さに気が付く。

肩に顎を乗せて、髪を撫でる。

薫さんの反対側のベットに潜り、あくびをする。

「いつでも起こしてくださいね、どうせ深く眠れないので」


◇ 次の一杯 ◇
「…僕の仕事、なんですけど」