このカクテルを、君と。


「ここ。俺一人より来やすい気がしたから」
という到着した店は、“パンケーキ専門店”
看板のパンケーキは3cmほどあり、クリームやフルーツがごろごろと転がっている。

「…はぁ、」

この人相当甘党なんだな…
メニューを開いた瞬間に
「俺このブルーベリーのやつ」
と指を乗せた。

「決めるの早くないですか…、」
私が遅いだけ?まだメニュー全て見れていないというのに。
「調べて決めてきたから」
「じゃあ…、このいちごのやつ…」
黒江さんが二人分注文し、店員さんが去って言ったところで黒江さんが私の顔を覗き込む。

「…俺さ、どうしても8年前のリサが忘れらんねーんだよね」
「…あの日は本当に…ありがとうございました…」と今更縮こまってお礼を言う。

「…あの日はさ。店長に怒鳴られて、もう絶対戻んねぇってむしゃくしゃしながら夜道歩いてたら、リサがぶつかってきて。」
“君、かわいいね?”
その情景が何度も繰り返される。

派手な髪型。
街頭の逆光で見えない顔。
光り輝く指輪。ネックレス。

「なんか目を惹かれたから。かわいいね、とかチャラいこと言って。そしたら、どうやら中学生で。一人で。」

「今でもたまに思い出すんだよ」
そう言えば、今の黒江さんは、指輪も、ネックレスも、ほとんどつけていない。
ピアスだって、あるのは穴だけ。

「…あ、来た」
と目を向けた先に、絵に書いたようなパンケーキがある。
目の前に置かれると、
「…やべぇ…いただきます、」
ふわふわなパンケーキを一口大に切り、ブルーベリーを乗せ、ほおばる。
「うまっ…!」
と横で黒江さんが目を輝かせている。

「…」
私も同じように切り取り、口に入れる。
素朴な甘さに交差するいちごの酸味。

「な、うまいだろ?前ねーちゃんに連れてきてもらった以来だから超久々」
とぱくぱくと口に放り込んでいる。
「仲良いんですね」
「まぁな。昔っから喧嘩ばっかだけど」

私は兄妹らしいことをしたことがない。
そもそも兄妹とはなんなのだろうか。

「リサは?兄弟とかいんの?」
「…一応」
「へぇー、割と一人っ子のイメージあるけど」
「兄です…、」
「いいじゃん、俺もにーちゃん欲しかったわ」
とパンケーキを口に運ぶ。
「…あんまり良いものじゃないですけどね、」
と詰め込むようにパンケーキを食べ進める。
「…どういう意味?」
「…」
無理に飲み込んでから、諦めた感情を吐いた。
「…いないほうが、よかった」
私も、誠も。
「まぁそのうちいてよかったって思えるよ」
「…そうですかね」
殴られてよかった、なんて思えるのだろうか。

現に8年経った今でも痣が残っているところはあるし、トラウマとして思い出す日もある。

15年も好き放題された身体は、きっと8年じゃ上書きできないのだろう。

「チッなんだよこの店くそまずい」

聞き慣れた声。
8年間私の脳裏から剥がれなかった声。
なんでこの店に誠が…

思わず振り返り、途端に後悔する。
目が合ってしまい、すばやくパンケーキに視線を戻したのだが、
「あれ、誰かと思えば、薫じゃ~ん。」
と背後から声をかけられ、背筋が震え上がる。

私の隣に座り、顎を鷲掴みされ、無理やり顔を向けられる。
その掴み方、その表情。
「生きてたんだ、じゃあまた俺と遊べるね」
身体に焼き付いているその刺激は、今までの暗闇を遡るには充分だった。

息がうまくできなくて。
誠が二重になって、霞んで、段々と暗くなる。
「ごめんなさ…っ、」
そんな私を弄ぶように掴む力を強くする。
「やめろよ、」
黒江さんの声が聞こえ、
「誰?お前。薫の知り合い?」
私を挟みながら言い合いを始める。

「薫は俺の恩人だ、離せ」
と私の背後から誠の手を掴んだ。
「何綺麗事ぶってんの。どうせこの怪我もお前のせいだろ」
「そうだ。なにか?」

「薫こんなやつやめといて俺のとこに返ってこいよ。他の女じゃ遊び足らないんだよ」
私を好き勝手して遊んだくせに。
私を捨てたくせに。
私の顎を離し生え際の髪を掴むと、自身の額を近づけて、
「お前は俺がいないと駄目なんだよ」
と囁いた。

「お前にまたあの日々を送らせてやる。」
「ごめ…っなさ…、」
「な。こんなホストみたいなやつやめろよ」
「あ、俺ホストに見えるんだ。へぇ」
となぜか黒江さんは感心している。
「なんだよ、」
「いや、意外って言われるから」

「そっちは、なんだ?ヒモでもやってんの?」
「はぁなんだよお前喧嘩売ってんのかよ」
と私の髪から手を離し、黒江さんの方へ歩いていった。
激しい咳に見舞われ、視界がぐらりと揺れる。
「ぉあっぶね」
椅子から落ちそうになったところを支えられる。
「喧嘩するつもりはない。もう帰れよ。お前がいるとパンケーキが不味くなる」
「そこのねーちゃん、そう、貴方、パンケーキ持ち帰ってもいい?」
とキッチンの店員さんに声をかけている。
「ほら、リサ、帰ろう、」
と肩を叩かれる。

「…」
「リサ?」

…

「ねーちゃん、どうしたらいい?」

「なんか、ぶっ倒れて、」

「なんかトラウマとかもってんのかな?」

「うん、今から送るけど」



「…くろぇ…、さん…っ、」
「あ、起きた」

ぼんやりと目を開けると、車の助手席に乗せられていた。

「大丈夫そう?」
「…すみません、でした…」
「いやいいけど…病院行く?」
「大丈夫です…、気絶なんて…何百回しても、生きてるので…」
と額に手を当て、体を落ち着かせる。

「何百回…って、」
「とにかく大丈夫です、慣れてるので」
「あの人になにかされてんの?てか誰」
「兄で…、昔いろいろ…」

「兄…意味わかんねぇ」
と呆れたようにハンドルを叩く。
「…私には良さなんてわからないです」
「無責任な発言して悪かったよ」

ー

Caramelのドアをくぐると、
「ん、いい感じだね。」
と黒江さんにスーツを褒められる。

「じゃあ説明をするよ」
とついてこいと言わんばかりに歩いていってしまう。

「うわまだあいついたんだ、」
「黒江さんもあんなやつの相手して大変そ」
と客席に座るキャストに言われる。

「…リサ?」
「…あっ、はい」
「気にすることねぇよ。ああでもしないと自分の価値保てねぇ病気なんだ、知らんけど」

裏についていくと、一つ一つやりながら説明をしてくれる。
「グラスを洗うのはここ、布巾で拭いて、ここにかけて。」
「氷はこっち。足らなくなったら補充。冷蔵庫は勝手に開けていいけど、食材の位置決まってるから変えないで」

一通り仕事を教わったところで
「わかんなかったらいつでも聞いて。俺でも、凛でも」
と言われる。
「ありがとうございます、」

黒江さんが裏から出ていったところで
「ねぇなんで裏方なのー?」
「昨日まで接客してたじゃん、」
と名前もわからないキャストさん2人に声をかけられる。
「今日は、裏方やれって言われて…」
「なにそれかわいそーう」
と甲高い声で馬鹿にされる。

「あっ愛しの黒江様が呼んでる~行かなきゃ♡」
と屈託のない笑顔を向けられ、行ってしまう。

愛しの黒江様…?



「ねぇそこの怪我人、これ五番席運んで」
と押し付けられるようにトレーを渡される。

「これ七番席じゃ…」
「いいから早く五番席に運んで!」
「わかりました、」
裏から客席に向かうと今日は混んでいるのだろうと何となく感じる。
「ごゆっくりどうぞ、」
とグラスを五番席のテーブルに乗せる。

「あの、これ違うと思うんですけど」
とお客様の隣に座っているキャストさんに言われる。

「…確認してきます」
とトレーに再び乗せ、裏に戻ったところで。

「なぁ今リサが持ってったのって七番席のじゃん、」
と黒江さんが伝票を眺めながらつぶやいていた。

「…ですよね、」
「あぁ。」

間違ってなかった、よかった、と安堵したところで再び客席に戻る。
七番席に届けてから、五番席のお客様に会釈をした。
裏で洗い物をしながら、一人の時間に浸る。

さっきのお酒ジンだったなぁ。
雫さんと初めて飲んだ日が懐かしい。

ジンとりんごって合うのかな?
よくわかんないけど、帰ったら作ろうかな。
ポケットのメモに書いておこうと、手を拭き突っ込むも、なにかが入っている気配はない。

あぁ、さっきここに置い…

「あれ、」

忘れたのか…
まぁいいや、後で探そう。
ジンとりんごってなんか合う気がするんだよね、なんか、カブトムシがりんごに寄ってくるみたいな感じで…。
それ美味しいのかな、心配になってきた。

ー

「これ運んで、」
「はいこれ、終わったら次これね」
次々と仕事を渡され。間違えたら笑われ。
他のキャストさんが乗っている台を避けられずにコケて馬鹿にされたり。
琥珀とは比にならないほど働いて、気づけば閉店時間になっていた。

一人で黒江さんに教わったように床を拭いていると、
「は?リサしかいないの?」
と裏に入ってきた黒江さんが名札を落とす。
「あと凛さんがゴミ集めてます、」
と目線を向けると凛さんが客席でゴミ袋を担いでせわしなく動いている。

「え?他の人は?」
「帰りました。」
「俺も手伝うよ、一人で床拭くのキツイだろ、」
と雑巾を持ってくる。
「すみません、Caramelってすごい忙しいんですね、びっくりしました」
「そんな忙しくねぇよ、今日だって休憩室に5人はいたぜ、相当暇だっただろ」

「疲れたら休憩室行っていいんですか」
「当たり前だろ、死んじまうぜ」
「そうなんだ…」
知らなかった。

「まさか休憩してないのかよ、」
「いつも雫さんに強制送還されるので、中々自分で疲れたタイミングがわからなくて、」

「んなのキリついたら行けよ」
「キリついたのお店閉まってからなんですけどどうしたら…」
「なんでそんな忙しいんだよ、」
なにを思ったのか、
「おい凛!」
客席の方の凛さんを呼ぶ。
「はい」
と駆け足で裏に入ってくる。
「今日忙しかったか」
「いつも通りです」
「そのいつも通りってのは」
「指名されたら接客して、終わったら裏方して、指名入ったら接客して、の繰り返しです」

「休憩は?」
「ほとんどいかないです」
「お前なぁ、」
「忙しそうなんですもん、それに…」
「それになんだ」
と自身の腰に手を当て、仁王立ちする。

「…いえ」
と息を吐いて目を逸らした。

「なんだよ言ってみろよ」
「本当になんでもないです」
「そうかよ。明日からは休憩いけよ、てかねーちゃんみたいに強制送還するわ」

「じゃあ今日はおわり。」
と黒江さんが手を叩くと、誰もいない空間によく響いた。

「じゃ、帰ろうぜ」
と黒江さんが出て行ったあと凛さんは不自然に台を運び、戸棚の一番高いところを開けた。

背が低めの凛さんじゃ、台がないと届かないところ。
たしかその台って他のキャストさんが常に乗ってたような…


「これ、貴方のですよね」
と渡されたのはたしかに私がなくしたメモだった。

「えっ、なんでここに…」

凛さんはいくつか棚から取り出すと台を降りた。
スマホ、財布、ハンカチ、名刺入れ。
「荷物置き場なんですか?」
「…いや、」

「おい凛リサ帰るぞ」
と一度出て行った黒江さんが戻ってきた。
「あっはい…っ、」

ー

凛さんは黒江さんの車の後部座席で、こっそり教えてくれた。黒江さんに聞こえないように、声を潜めて。


「いつもあそこに置かれるんです。決まって、お金は抜かれるので、この通り入れてません」
と見せてもらった財布は見事に空っぽ。

「なのでスマホ決済をメインに使ってるんです。それと、名刺はだいたい落書きされるので、たくさん予備を持ち歩いてます」
と言う通り名刺入れに入っていた3枚は落書きされていて、逆に鞄から出てきた輪ゴムで束ねられた名刺は無傷だった。


「それ、黒江さんに言ったほうが…」
「ん?」
と運転している黒江さんがバックミラー越しにこちらを見る。

「なんでもないです、!」
と慌てて財布と名刺入れを鞄にしまった。

ー

それからCaramelでの日々は一週間のわりに長かった。

「おいーリサと凛きゅうけーい」
と黒江さんが裏に入ってきたかと思えば強制連行される。
休憩室でも私たちを両隣に座らせ、他のホストと雑談していた。
「はい、終わり。」
と連れ出され、持ち場に戻される。


「へぇートップは黒江にあんな扱いしてもらえるんだ」
と私たちに聞こえるようにキャストさん達が喋っている。

「凛に魅力なんて感じてないくせに。」

「あの怪我人に構うのも意味わからないし噂だと毎日送迎してるらしいよ」
「なにそれ、気持ち悪」

「…」
なんか、凛さんが黒江さんに言えないのわかるなぁ…

「凛さん指名入りました」
と若いホストさんが呼びに来る。
「はい」
と笑顔を向け客席に向かっていった。
「あれ、怪我人いいとこにいんじゃん。」
と目をつけられる。

「これとこれとこれとこれ、よろしくね」
とだけ言い残し、どこかへ行く。
周りを見たら、裏方にいるのは私だけだった。
注文を取って、グラスを洗って、注文通りお酒を作り、運び、溜まった洗い物を消費して、バッシングして、また注文を取って…まってなにこれ、どうやって作るの…

凛さん…接客中。
黒江さん…も接客中。

どうしよう…

「みて笑 困ってるらしいよ笑」
「うちら優しいし助けてあげる?笑」

一応彼女らに言われた通りにしたのだが。

絶対違うよね、と私でも確信できるような見た目のものが出来上がった。

「あはっ下手くそ笑」
「なにこれ食べ物じゃないし笑」

これ頼んでるの黒江さんが対応してる席なのに…

「…」

「あっれフリーズしちゃった?笑」

どうすればいいんだろう…

頼れる人が頼れない時、どうすればいい…?
こんなこともできない自分が悔しい。
どうしたらいいかもわからない頭の回転が遅い自分が憎い。醜い。

「あっれ、泣いちゃった笑」
「おい注文したやつ遅い」
と黒江さんが乗り込んで来る。

私の前に置いてあるお皿を見ると
「え、なにこれ」
と気持ち悪いものを見たような声を出す。
「誰が作った?」
「ん」
と彼女らが自分を指している。
「どっちが指示だした」
「2人で教えました、ちゃんと教えたんですけど、なんか言う事聞かなくて…」

「…リサ、」
と肩に手を置かれた。
「それは本当か?」
首を振ろうとすると、近づいてきた一人に足を強く踏まれる。
「頷けよ」
思わず見下ろすと、雫さんにもらった革靴が凹み、ハイヒールでぐりぐりとえぐられていく。

私は、こんな状況を見ることしかできないのか…

「リサ?」
「…ちが、います…」
と言うとさらに強く踏まれ、思わず顔をしかめる。

「なーそれわざと?」
と黒江さんが自身の腰に手を当てる。

「なんですか?」
「その、足踏んでるやつ。」
と私の足元を指す。
「あぁ、これは偶然…」
と笑いながら気まずそうに足をどかす。
「ふぅん。その革靴、8万するんだけど。どーしてくれんの」
「そんな高い訳ないっしょ笑 何言ってんすか笑」
「その靴は、俺の姉がリサにあげた物で、今から5年前に俺も一緒に選びに行ったからわかる。たしかに8万した。」

「…俺、そういうことするやつ嫌い。」

「…すみません、」
と思わず私の口から溢れる。
「なんでリサが謝んだよ、お前もう休憩行け」
と強引に送り届けられる。

休憩室に行くと、誰もいない中、凛さんと目が合う。
隣に座ると、
「なにかされたんですか」
と聞かれる。

「…いえ」
思わず足元を見ると、革靴にひどい傷がついている。
今まで、傷なんてほとんどなかったのに…ちゃんと手入れして、いつでも新品みたいに…。
悔しさから溜まってた涙がぽろぽろと落ちていく。


「…私、もうこの店やめようと思ってるんです。」
と凛さんが口を開く。

「…そう、なんですか…?」
「もう、疲れたっていうか。競い合う気力もないし。…だから、もしお店を開くなら、私を雇ってくださいね、なんて」
とはっちゃけた笑顔を向けられる。
「…いいですよ」
「本当ですか、」
「…はい、キャスト同士の争いが嫌なら…、いっそのこと2人で開きましょう…?」
と涙を必死に拭いながら話す。

凛さんとなら、楽しくやれる気がするから。

ー

「…って感じで、Ortusはできたんですよ、」
と冬眞さんに寄りかかる。

「キャバクラって結構ドロドロしてるんだね…」
と顔をしかめた。

ヨーグルトリキュールを飲むと、その酸味が口に広がる。

「…ちなみに、さ?途中大活躍の黒江、って人はイケメンなの…?」
「はい。」
と言ってから後悔する。
「あっ、いや…違っ…くはないんですけど、」
私の中では冬眞さんが一番に決まってるのに…

「わかってますよ、笑」
「いつか会わせてくださいね。お礼が言いたいので」
「冬眞さん会ったことありますよ笑」
「…え?」

ー

それから数日。
冬眞さんにCaramel時代の話をしたことで、凛さんと当時のことを話すことが多くて。

「いっそのことあの2人に会いに行っちゃう!?」
と凛さんのポジティブが発動したことで。
私と、冬眞さんと、凛さんで、黒江さんの家に来ていた。
「なつかし…」
変わらず、黒江さんの愛車が置いてある。

玄関のドアを開けると、大理石が顔を出す。
全く変わっていない、白と黒が基調の家。

「おいおめーら来んのはぇえんだよ、」
と歯磨きしている黒江さんが出迎える。
「ねぇ陸これどこ置いておけば…」
と見知らぬ女性が黒江さんの後ろから出てくる。

「…だれ?」
と私たちを見て首を傾ける。
「いいからお前もう帰れ」
「もうー、」
と荷物を雑にまとめ、
「うちの“彼氏”がお世話になってますぅ」
と会釈しながら出て行った。

「彼氏…」
と私の横で凛さんがつぶやく。
その発言を
「ちげーよ、勝手に勘違いすんな」
と黒江さんが否定する。
「いいから入れ」
と招かれると、数年前に来た時より女物が増えたような気がする。

黒江さんが洗面所から戻ると、突然
「あ、お前、薫の彼氏」
と私の隣に座る冬眞さんを指して言う。

「この前テレビで見た」
「ありがとうございます…!」
とおやつをもらった犬のように喜びを表情にする。
「この前正式に付き合いました」
と私を抱き寄せる。

「おぉ。で?凛は?」
と私たちの右斜め前に座る凛さんに弄ぶように聞く。
「…いないですよ、」
と息を吐きながら言う。
「やっぱ夜職モテねーよなー」
「黒江に言われたくないです」
と頬を赤らめて言う。

「そうだお菓子買ってきました」
と凛さんがビニール袋をテーブルに置く。

「ん、」
と黒江さんは中を覗く。

ポテチに、クッキー、つまみなど、みんなで食べられるようなものが多い。
「まって、お前わかってんじゃん♡」
と黒江さんがシュークリームを3つ取り出す。
「流石俺の愛弟子」
と凛さんの頭を撫でる。
「…やめてください」
と手をどかしながら笑みを浮かべる。

「弟子だったんですか、」
と聞くと、
「そう。Caramelのどん底からトップに押し上げてやったの。つっても、5位くらいから俺はなにも口だししてないけど」
とシュークリームを開けたところでインターホンが鳴る。

「よっしゃ来た、薫出てやれよ」
と言われるがまま、玄関のドアを開けると、

「…え?」
何年経っても変わらない雫さんは、部屋間違えた?と周りを見渡している。
「雫、さん…」
と呼ぶと、私を見て目を丸くする。
「うっそ、リサ?」
「お久しぶりです」
「元気してた!?」
と抱きしめられ、雫さんが持っているビニール袋の音が鳴る。

やがてリビングに歩き、
「陸ー、買ってきたよ」
とそのビニール袋を渡し、
「えっ凛ちゃんも久しぶり~」
と握手している。
「えっ、と…」
冬眞さんを見て固まると、
「薫さんとお付き合いさせていただいてる、桐生冬眞です、」
と立ち上がって礼をする。

「彼氏…?」
と眉をひそめ、冬眞さんに近づくと、

「はじめまして、伊吹雫です、こいつの姉です」
と握手を求める。
冬眞さんは手を握り返した。
「薫さんから、雫さんのことは聞いてます、」

「黒江じゃないんですか、」
その違和感が、思わず口から出る。

「たしかに、」
と凛さんも不思議がる。

「なんと結婚したんです…!」
と薬指の指輪が見えるように手を掲げる。

「5歳のかわいい子がいてね、晩婚だけど結構幸せにやってるの」
と微笑む。
「ねぇ陸。甥っ子になんて呼ばれてるんだっけ?」
とニヤニヤとする。

黒江さんが
「…陸おじちゃん」
とうつむきがちに言ったところで、
「ぷっ笑 あっはは笑」
凛さんが大爆笑する。

「うるせぇよ、」
「せっかくだから連れて来ようか?」
「えっ会いたいです!」
と凛さんが身を乗り出す。

「じゃあ連れてくるね」
とリビングを出て行った。
私がソファに座ると
「な、ねーちゃん変わんねぇだろ」
と嬉しそうにシュークリームを食べる。
「黒江はいないんですか」
と凛さんが聞くと
「いねぇよ、彼女つくんのはめんどい」
と言い切る。

「だからお前すげぇよ、」
と冬眞さんを見て言う。
「…いえ、ありがとうございます…」 
と照れたように笑う。
「薫のどこが好きなんだよ」
とニヤリと聞くと
「えっ、髪の艶と、料理上手なところと、」
と指を追って数え始める。
「それに…かわいいですよね、たまに天然で、服のセンスもいい。」
と私の目を見て余裕そうに言ってのける。

「ふぅん。結婚の予定は?」
と黒江はぶっ飛んだことを聞く。

「個人的にはしたいと思ってます、はい」
と真面目に答える。
「面接じゃないんですから笑」
と凛さんが言うと、

「あぁ、すまない」
とシュークリームのゴミを捨てる。

「今薫の隣にいるやつがどんな奴か気になんだよ、あの、ゴミみたいなやついたから、」
「なんだっけ、名前…」
「誠です」
「そう、そいつ。俺らのパンケーキタイムを潰しやがって、な?」
今でも恨んでるとでも言いそうな表情をする。

「もう絶縁しました」
「あぁ、そりゃよかった。」
「…凛は嫌がらせとか大丈夫か?」
と虚しそうな顔で尋ねる。
「今は大丈夫ですよ。当時は本当に…もうCaramelの空気自体が嫌で」
と俯きがちに答える。
「凛がやめたあと、凛のこといじめてましたって奴がなぜか自首してきて。話を聞いたら、どうやら俺といたのが気に食わなかったらしいな。」
「それと、トップに立ち続けていたのが嫌だった、とか、いじめられて平然としてるのが逆に苛ついて、とか。」
「あいつら中身何歳なんだろうな。」
「…本当ですよね。」
と呆れた。

「気づいてやれなくて申し訳なかった」

「…いえ、そんな…。当時全然休憩してなかったのもそのせいで。」
とため息をつく。

「つまり?」
「休憩室に行こうとすると、トップなのに休もうとしてる、とか、休憩室でわかりやすく悪口言われたり、意味もなく“トップなのに”ってレッテルを貼られて」

突然、
「本当に薫さんには感謝してて…」
と凛さんに言われ、
「えっ」
驚きで胸が跳ねる。
すると玄関のドアが開いた音がして、
「りくおじぃちゃーん」
とたとたと小さい子が走って黒江さんに抱きつく。

「おじいちゃんじゃないよ、おにいちゃん、な」
「今更刷り込みしても無駄だぞー」
と雫さんがリビングに入ってくる。

「げ。」
「えっかわいぃ~♡」
と凛さんが口元に手を当て、
「お名前なんていうの?」
と息子さんに聞くと、
「そら、」
ともじもじしながらも教えてくれる。

「かわい、」
と横に座る冬眞さんが呟く。
その目には、ハートが浮かんでいる。

空くんは黒江さんの腕にしがみつくと、器用に登り始めた。

「…」

この子は、ちゃんと愛を知ってるんだ。
流石、雫さんの子供。
空くんは順調に上り詰め、黒江さんの髪を掴み肩車していた。
「いてっ、いてぇよ、」
と黒江さんが言っても、空くんは無頓着で、えへへ、と笑っている。

冬眞さんはその光景を見て、ぎゅっと、私の手を握りしめていた。

それから、空くんと雫さんは帰ってしまい、四人で、思い出話や、私たちの馴れ初めについて話していた。

もちろん、お酒を飲みながら。
「へー、出会いはOrtusなんだ」
「そうなんです、」
と雫さん特製の梅酒ロックを一口。
「どっちから好きになったんですか?笑」
と凛さんが聞いてくる。
「えー、たぶん僕。かなぁ、」
と冬眞さんの頬が少し赤い。
「わかる、薫かわいいもんな、」
と言われ、ドキリとする。

「もう13年も前ですよ、」
黒江さんに初めて会った時も、かわいいね、と言われ。今でもそう言われるなんて。

「なんか、美人になった」
と私の顔をまじまじと見て言う。
「お前ちゃんと薫に食わせてんのかよ」
と缶からグラスにビールを注ぐ。
「もちろんです、料理はめちゃめちゃ胃袋掴まれてますけど」
「あぁそれねーちゃんも言ってた」
「そんなに私の料理美味しいですか…?」
十数年前は料理を作るたびに誠にひっくり返されてたのに。
「美味しいですよ、どこのレストランよりも。」
と酔いかけの冬眞さんに言われる。


結局私はその後、お酒の弱さが出て寝てしまい、一晩を黒江さんの家で過ごした。

あの二人が、あんなことになっていた、とも知らずに。



「じゃあ、元気でな。薫。」
「凛も。ごめんな。」
と私たちの肩に手を置いた。

「冬眞、だっけ?」
と冬眞さんの元へ歩くと、
「薫のこと大事にしろよ。」
と眼を覗き込んだ。
「はい。」

「お邪魔しました」
と黒江さんの家をあとにした。

外に出ると、秋の風が冬を連れてきているのがわかる。
歩き出すと、
「寒くなりましたね」
と冬眞さんが私の手を握る。
その手を見る凛さんの視線が、どこか虚しさを感じさせて。

「どうかした?」
「…いえ、なんでもないですよ!」
とニコリと笑った。

その笑顔は一瞬にして砕け、凛さんは足元を見つめた。

その時凛さんがなにを考えていたのか、私はまだ知らなかった。


END