一人称




その日から、電車に乗るのが苦痛で仕方なくなった。


改札を抜けるとき、ホームの端を歩くとき、いつも視界の端で彼を探してしまう自分がいる。そして、実際に彼はそこにいる。




 また、あの車両だ。





 彼はいつもと同じ場所に立ち、窓の外を眺めている。でも、車窓に映る瞳は、間違いなく私を射抜いている。





 「ねえ、見て」
 隣にいた友人が、小声で私の腕を突いた。視線の先には、例の彼がいる。

 私は心臓が跳ね上がるのを感じた。ついに友人も気づいたんだ。あの異常な視線に。


 「あれって隣の高校の吹奏楽部の人じゃない? 楽譜持ってるし、定期演奏会で見たことある」
 友人は何の気なしにそう言って、すぐにスマホの画面に戻った。






 ……え?
 隣の高校の、吹奏楽部。






 友人の言葉に、私は言葉を失った。
 友人の反応を見る限り、彼はただの乗客にしか見えていないらしい。あの粘りつくような視線も、店まで追いかけてきた執着も、友人の目には一切映っていない。



 彼は、私だけを見ている。
 私という個体にだけ、異常なまでの意味を見出している。







 「……そっか、そうだね」
 私は努めて冷静を装い、短く答えた。





 心の中では、悲鳴を上げたい衝動に駆られていた。彼を怖いと感じているのは、私だけ。彼が私を狙っているのも、私だけ。






 気にしすぎかもしれない。
 単なる偶然が重なっているだけで、彼はただ、私と同じ路線を、同じ時間帯に通学しているだけの、普通の人なのかもしれない。

それに、何もされていないのにここまで考えるのは失礼だ。


 そう自分に言い聞かせることにした。
 そう思わないと、この電車の中で正気を保っていられそうになかったから。




 窓ガラスに映る彼は、今日も満足そうに微笑んでいた。



 私だけが知っている、その微笑みの裏側に潜む狂気に気づかないふりをして、私はまた、彼の視線の檻の中に閉じ込められる。