君の前では隠せない。

 12月24日。

 恋人たちにとって特別な一日。もちろん、俺にとっても。

 「千歳!ちーとせっ!」

 俺を呼ぶ、優しい声に顔を上げる。
 さっきまで自分の席で、遠藤となにやらコソコソ話していた純也が、いつの間にか目の前にいた。

 「ん?なんだよ」

 俺の机の隣にしゃがみこむ。ちょいちょい、と手招きされ、純也の口に耳を寄せた。

 「遠藤くんと彼女さん、今日はおうちデートなんだって」

 「そうか。……って、そんな小声で言うことか?」 

 「あのね……」

 純也が口の横に手をつけて、さらに近づく。

 「もしかしたら、キスより先に進むかもしれないって」

 「はぁぁ?!」

 俺の馬鹿デカい声に、教室中の注目が集まった。

 「ちょ、ちょっと!千歳!」

 「わ、悪ぃ!」

 教室の真ん中に向けてヘラヘラと笑うと、女子たちが意味ありげに目配せした。生温い視線を向けられることにも、もう慣れた。

 すぐに純也に向き直る。

 「早くねーか?!」

 「そう?一ヶ月くらいだもん、普通じゃない?」

 あっけらかんと言う。

 キスより先って……つまりそういうことだよな。
 一ヶ月が普通って、ほんとかよ。俺と純也なんて、全部まだまだ……。

 「千歳、顔真っ赤。可愛いー」

 耳元で囁かれて、「ひぇっ!」なんて変な声が出る。

 「純也もじゃん!」

 こいつ、言葉や表情は余裕そうなのに、すぐ耳が赤くなる。それが無性に可愛くて、愛おしくてたまらないんだけど。

 「俺たちはイルミネーションだろ?」

 「そうだね。……俺は今から変えてもいいよ?」

 「だーめ。お前と見るの、めちゃくちゃ楽しみにしてるんだからな」

 唇をとがらせると、純也が大きく目を見開いた。と思ったら、片手で目元を覆い、なにやらブツブツと呟いている。

 「もぉー。千歳、そういうとこだからね。可愛すぎるって自覚して」

 「な、なんだよ」

 なんか知らんけど、恥ずかしい。ていうか、お前のほうが可愛いし。

 椅子の上で身をよじると、ポンと肩をたたかれた。

 「千歳」

 「ん?」

 低い声に振り向く。

 「イルミネーションって、駅前の?」

 吊り上がった奥二重の目は、今は柔らかく細められている。あの日から雅人は、昔みたいに俺に話しかけてくるようになった。

 「そうそう」

 「あそこ、すごい混むけど、大丈夫なのか?」

 「え?何が?」

 もう顔を隠さなくなってだいぶ経つし、人混みも平気だ。

 「千歳、迷子になりそー」

 そっち?!俺、子どもかよ。そんでもって、雅人は保護者か何かか?

 ムッとする俺の頭に、雅人の手が伸びてくる。

 そのとき、ズシッと肩に重みが乗った。がっちりと抱きしめるこの腕は、純也だ。

 「千歳はちゃんと俺が捕まえとくから」

 この声は……拗ねてるな。

 「おい、純也!」

 女子たちが色めき立つ。聞き慣れたはずの「きゃあ!」に一瞬で顔が熱くなった。

 こいつ、ぜんっぜん隠す気ないよな。

 「あ、そう?じゃあ、千歳のこと、よろしく」

 雅人はさも面白そうに口角を上げて、自分の席に戻っていった。

 「川村って……ムカつく」

 耳元で聞こえる声に、ははっと苦笑いする。山崎さんと目が合うと、大真面目な顔でサムズアップされた。



 終業式が終わり、一旦家に帰った。
 成績表の確認もそこそこに、出掛ける準備をする。

 顔……は、もうどうにもならないから諦めて。
 手のひらにヘアオイルを出す。純也と同じ甘い香りに、鼻の奥がムズムズした。適当に髪になでつけるけど……。
 うーん、これで合ってるのか?いいや、あとで直してもらおう。

 純也が選んでくれたハイネックセーターの上に、ベージュのチェスターコートを羽織る。鏡に映る俺は、いつもよりずいぶん大人っぽく見えて、なんだか落ち着かない。
 どうしよう……。でも、このセーターは絶対に着ていきたいし。

 十分近く悩んで、そのまま家を出た。
 あいつの隣に並ぶんだから、これくらいがちょうどいいだろう。

 告白ラッシュは少し落ち着いたけど、純也はどんどんかっこよくなる。
 あいつ、本当に俺のこと捕まえて離さない気だ。まぁ、俺も離れる気なんてないんだけど。

 「千歳!お待たせ」

 学校の最寄り駅で待ち合わせ。その瞬間、勝手に目が引き寄せられた。

 俺と同じようなハイネックセーターに、膝下まであるトレンチコート。足が長いから抜群に似合ってる。髪も、適当な俺とは違って、無造作にセットされている。そう、適当と無造作は全然違うってことがよく分かった。

 「純也。お前、かっこよすぎ……」

 照れ隠しにポスッと胸をパンチする。純也はわざとよろめいて、俺の腕を掴んだ。

 「そう?だって俺、頑張ってるし」

 そのまま手が降りていって、俺の指と絡んだ。

 「俺といるときは頑張んなくていーよ」

 「千歳にかっこいいって思われたいもん」

 もんって……。こいつは相変わらずだな。

 「俺の心臓がもたねーんだよ」

 もう一度、反対の手でパンチする。ふっと笑った純也は、俺の前髪に手を伸ばした。俺の適当ヘアを無造作ヘアにするべく、指先でチョンチョンと引っ張る。

 「千歳もかっこいいよ。それにこのセーター……」

 「あぁ、純也と被っちゃったな」

 「絶対着てくると思った」

 薄い唇の端が、ムニッと持ち上がる。

 「お前……まさか!」

 「えへへ、お揃いみたいだね」

 「まったく……」

 高校生にもなって……なんて思うけど、こいつが嬉しそうに笑うから、俺の頬も自然と緩む。

 「ほら、行こうぜ」



 電車を降りると、あふれんばかりの人波だった。
 さすが、有名なイルミネーションスポット。どこもかしこも恋人たちでいっぱい。
 前の俺だったら人の視線に逃げだしたくなったけど、今は純也の手の温もりに守られているから怖くなかった。

 「うわぁ!きれーい!」

 中央広場に差し掛かった瞬間、視界が全部、光の海になる。
 見上げるほど大きなツリー。幾重にも張り巡らされた青と白のLEDは、宇宙に放り出された星たちみたいだ。

 光に照らされて、キラキラ輝く純也の横顔から、しばらく目が離せずにいた。

 「あ、千歳、手が真っ赤だよ」

 ふと、純也が俺の手元を見る。繋いでいないほうの手はかじかんで、氷のように冷たい。

 純也がコートのポケットから、ガサガサと何かを取り出した。

 「はい、クリスマスプレゼント」

 きれいなリボンがかけられた、小さな包み。

 「開けてみて」

 促されてリボンを解くと、中から出てきたのは上質なニットの手袋だった。深みのあるネイビーで、俺の好きなシンプルなデザイン。

 「気に入る手袋がないって言ってたでしょ?千歳に似合いそうなの、探してたんだ」

 前に言ったこと、覚えててくれたんだ。
 胸の奥が、じんわり温かくなる。

 「ありがとう、純也。すごく気に入った」

 早速つけてみる。俺の手にピッタリ馴染んで、指先まで温かさに包まれる。

 「でもね……」

 純也がいたずらっぽく笑って、つけたばかりの右手の手袋を外した。

 「俺と手を繋ぐときは外してね」

 俺の右手は純也のコートのポケットに引き入れられ、ぎゅっと指を絡められる。ポケットの中の熱と、純也の体温。俺の心臓が跳ね上がった。

 「俺からもあるんだ」

 「え、千歳も用意してくれたの?」

 「当たり前だろ」

 手渡したのは、少し重みのある小箱。
 純也が嬉しそうに箱を開ける。中から現れたのは、淡いグレージュのコンパクトな充電式カイロだった。

 「これ、カイロ……?」

 「……あのさ」

 急に恥ずかしくなって、マフラーに鼻まで埋める。

 「いつもくれるカイロ、夜には冷たくなっちゃうだろ?あれが……なんか寂しくて」

 モゴモゴ呟く俺の言葉を、純也は真剣に聞いてくれる。

 「これなら充電して何回も使えるから、いいかなって」

 「………」

 「……純也?」

 返事がない。

 もしかして、気に入らなかった?

 少し不安になって隣を見上げると、俺を見つめたまま、ハラハラと涙を流す純也がいた。

 「え!嘘だろ?なんで泣いてんだよ」

 慌てて純也の頬に親指を滑らす。なんの混じり気もない、きれいな涙が俺の手を濡らした。

 「あっ、おい!」

 純也は周りにたくさんの人がいるのも構わず、ぎゅーっと力いっぱい抱きしめてきた。

 「千歳、ありがとう。絶対大事にする。冷たくなっても何度も充電して、ずっと千歳のこと温めるから」

 「純也が使うんだぞ」

 「分かってる。俺が温かくなれば、千歳のこと温められるでしょ?」

 なぜか、また一つ、心臓の鼓動が早くなった。

 ずっと、誰よりも一番近くにいたい。
 俺の内側まで、全部さらけだしたい。
 俺だけを、その目に映してほしい。
 弱いところも、恥ずかしいところも、全部受け止めてほしい。

 こんなわがままで身勝手な気持ち、純也に恋をするまで知らなかった。でもきっと、純也は受け止めてくれる。笑って『いいよ』って言ってくれるだろう。

 「なぁ、純也。やっぱり、おうちデートにする?」

 純也は一瞬だけ目を見開いて、それから真っ赤な顔をして小さく笑った。



 fin.