君の前では隠せない。

 今は生首公園……じゃなく、あまりの恥ずかしさに美術準備室に逃げ込んだ俺。鍵をかけて一人になろうとしたのに、ぴったりくっついてきた渡がなぜか一緒に閉じこもってる。

 「古川くん。おーい、ふっるかーわくん!」

 壁に額をつけて、両手で顔を覆う俺の後ろから、渡の陽気な呼びかけが聞こえる。

 なんで楽しそうなんだよ、お前……。こっちの気も知らないで。

 「古川くん、こっち向いて。お願い」

 あぁ、俺は渡のお願いに弱い。好きを自覚した今はなおさらだ。

 手は離さないまま、おずおずと向きを変える。今度はつむじが壁についた。

 「なんで顔隠すの?」

 渡が俺の手首を掴んで、いともあっさり引き剥がす。
 そんなに強い力じゃなかったのに。だって、抵抗なんてできるわけないだろ。

 「ハズすぎる……だってあれじゃ……」

 ほとんど告白みたいなもんじゃん!

 渡はにっこり笑って、俺のゆでダコみたいになっているであろう顔を覗き込んだ。

 「俺、嬉しかったよ。すっごく」

 「……そうかよ」

 こんなときですら、ぶっきらぼうな言い方しかできないなんて。

 「古川くん……可愛い」

 「可愛くないだろ、こんなやつ。素直じゃないし、やっぱり逃げるし」

 顔を背ける。渡はぷくっと頬を膨らませて、俺の背中に両腕を回した。

 渡のにおいに包まれる。安心する……けど、息が苦しい。

 俺の頭はすっぽりと渡の胸に収まっていた。

 「いくら古川くんでも、俺の好きな子の悪口言うのは許さないから」

 「……は?」

 渡が少し体を離す。息ができるようになった俺は、ぷはっと頭を持ち上げた。

 渡と目が合う。その目はとろとろにとろけそうなほど甘かった。

 「ねぇ、俺のこと好きでしょ?」

 もう逃げられない……。逃げたくない。俺の気持ちの器は、とっくに零れ出しているんだ。

 「……好き」

 どうしようもなく恥ずかしくて、また渡の胸に隠れようとする。でも、渡の手がそれを許さなかった。俺の頬を宝物みたいに持ち上げると、サラサラの前髪が俺の額に落ちた。

 「俺のほうがもっと好き」

 顔も耳も首も、全部赤く染まっている。きっと俺も同じだ。言葉よりもっと気持ちが伝わる。

 「古川くん、キスしていい?」

 俺は渡の手の上に、自分の手を重ねた。

 「言っただろ?許可制じゃないって」

 「でも、次はないって言ってたじゃん」

 拗ねたように言うのが可愛くて、思わず吹き出す。

 「そういえばそうだったな。その発言は撤回する」

 「やったぁ」

 なんだよ、それ。子どもみたいじゃん。

 ふいに真剣な目に見つめられる。

 額が触れる。

 鼻先がかすかに触れる。

 「逃げない?」

 「……逃げない」

 優しいキスが降ってくる。

 一回、二回、三回……
 数えるのが馬鹿らしくなるほど、たくさん。

 唇が触れるたび、心のどこかがほどけていく。



 渡が言った。

 「じゃあ、素顔同盟は解散?」

 「そうだな」

 「寂しいなぁ、楽しかったのになぁ」

 秘密を守るための同盟。顔をさらけだした今、もう必要なくなった。二人だけの特別な合図が、無性に嬉しかった。同盟があったから、俺たちは近づけた。でも――

 「同盟なんかなくたって、俺たちは助け合えるだろ?こ、恋人なんだから。それに、これからのほうがもっと楽しくなるはず。だろ?」

 「恋人……えへへ」

 「な、なんだよ」

 渡が俺の頭を顎置きみたいに使うのが、ちょっと悔しい。

 「ねぇ、『千歳』ってきれいな名前だよね」

 ふいに呼ばれた名前に肩が跳ねる。渡は小さく笑って、俺の体をまた抱き寄せた。

 「千歳って呼んでいい?」

 「いいけど……」

 「千歳」

 甘く囁く声が耳をくすぐる。渡に呼ばれるだけで、背中に電気が走ったみたいだ。

 「渡……」

 「純也だよ」

 「え?」

 「俺の名前、純也だよ」

 「……知ってる」

 長く骨張った指が、俺の顎を持ち上げた。

 アーモンド型の目の奥には、期待と熱が浮かんでいる。俺はこの目に逆らえない。まだキスの余韻が残る唇を、かすかに開く。

 「……純也」

 これから何度も口にする名前。
 俺の大好きな名前だ。