― ― ― ― ― ― ― ― ―
《神奈川県公立高校(県南学区) 偏差値一覧表》
※合格可能性80%の偏差値目安
県立 横浜栄ケ丘高校 偏差値70
市立 横浜向野高校 偏差値65
県立 横浜淵部高校 偏差値61
県立 横浜南部高校 偏差値57
県立 本郷台高校 偏差値53
県立 根岸工業高校 偏差値51
県立 山手商業高校 偏差値49
©進学塾アース 磯子校
― ― ― ― ― ― ― ― ―
(うわあ……何これヤバ。なっつ……)
少しヨレたファイルの束。本棚の上段から不規則に飛び出ていた黄色い紙。
掃除の途中だったわたしは、思わず手を止めて、その場に座り込んだ。
(偏差値表……これ、いつのだっけ)
(中3? だった気がするなあ)
当時通っていた、進学塾アース。『磯子校』って名前が付いていたけど、磯子にしかない小さい個人塾だった。
(そういえば、「他にも校舎を出すから磯子校なんだ」とか言ってたな、先生)
ママに無理いって、1年間だけ通わせてもらった塾。
(まあ、頑張ったね。わたしなりに)
春休み中の3月28日は、「なんでこんなに気持ち良いんだ」と思うくらい、毎日風が優しく部屋に吹き込んでくる。
アパートの2階からは、早くも淡く色付きはじめた桜の木を、いとも簡単に見下ろすことができた。
「夏穂? あんた何やってんのよ。終わったの?」
2年前のできごとに想いを馳せているわたしに、ふすまの向こうからママの声が刺さる。
「え? あ、ああ……やってるって」
「はあ? これのどこがやってんのよ」ふすまを開けて、ママはわたしの部屋をぐるりと見渡すと、大きなため息をつきながら呟いた。
「ね! これ……懐かしくない? 塾のやつだよ! 見てよ」
「え? もう、何よ……。こんなもん見て油売って」
ママはわたしが差し出した黄色い紙を見て、吐き捨てるように言う。目線を落としたのは一瞬だけだった。
「もう……あんたの高校受験終わったの、何年前なのよ」
「……去年だけど」
「はあ……」分かりやすく、ママは再びため息をついた。
「そんなの良いから。冬華の受験だってようやく終わったんだから。早く部屋の整理終わらせちゃってよ」
「……分かったよ。なによ。感動が少ないなあ。ママは」
「あんたが夢見る夢子ちゃんなんでしょ」
「……」
表情を変えることなく、ママはそのまま部屋から出ていく。こっそり部屋から首を伸ばすと、台所にあるタンスの前に立って、引き出しを開けた。
(あ、あのノート)
わたしは知ってる。
ママがあのノートを取り出して、こっそり家計簿をつけてるってこと。
ママにも冬華にも言ったことはないけど。
妹の冬華が高校に合格した。わたしと違って昔から勉強ができる。県内で最難関である県立栄ケ丘高校に合格したのは、今月3月12日のことだった。
「これで2人とも高校受験が終わったんだから。あんた達、いい加減に部屋の整理しなさいよ」とお母さんに言われて、ようやく重い腰を上げたところだった。
(栄ケ丘高校ねえ……偏差値70……)
冬華が受かった時のお母さんの顔。生まれて初めて見た顔。あそこまで喜んでいる顔。
目の横にできてるシワは、驚きで何本増えたんだろう。口だって、アゴが外れるんじゃないかなって思ったくらいだった。
「塾にも行かないで……冬華、凄いねえ!」
あの時のママの一言は、思い出すたびに今でもわたしの心の中を、わたしの心臓をぎゅうと握り潰そうとしているよ。
きっとママは知らないに決まってる。
(悪かったですね……できの悪い姉で)
(すいませんね、塾にも行かしてもらって工業高校で)
「あーあ。テンション下がるわあ~……」
あの日のママの顔を思い出して、小さくわたしはため息をついた。
ヨレた黄色い紙を握りしめたまま、再び窓から外を眺める。
(……入学式って、今やれば良いと思うんだよな)
わたしの入学式の時は、桜が舞い散ってしまい、ピンク色の絨毯が敷き詰められているかのようだった。
(絶対、今が一番綺麗だと思うんだよなあ、わたしは)
ひらりと風に乗って、桜の花びらがわたしの部屋に入ってくる。「そうだよね」とでも言いたげに。
(あ、花びら……綺麗)
不規則に落下してくる花びらを必死に目で追って、両手で包み込むように花びらをすくい上げた――。
《神奈川県公立高校(県南学区) 偏差値一覧表》
※合格可能性80%の偏差値目安
県立 横浜栄ケ丘高校 偏差値70
市立 横浜向野高校 偏差値65
県立 横浜淵部高校 偏差値61
県立 横浜南部高校 偏差値57
県立 本郷台高校 偏差値53
県立 根岸工業高校 偏差値51
県立 山手商業高校 偏差値49
©進学塾アース 磯子校
― ― ― ― ― ― ― ― ―
(うわあ……何これヤバ。なっつ……)
少しヨレたファイルの束。本棚の上段から不規則に飛び出ていた黄色い紙。
掃除の途中だったわたしは、思わず手を止めて、その場に座り込んだ。
(偏差値表……これ、いつのだっけ)
(中3? だった気がするなあ)
当時通っていた、進学塾アース。『磯子校』って名前が付いていたけど、磯子にしかない小さい個人塾だった。
(そういえば、「他にも校舎を出すから磯子校なんだ」とか言ってたな、先生)
ママに無理いって、1年間だけ通わせてもらった塾。
(まあ、頑張ったね。わたしなりに)
春休み中の3月28日は、「なんでこんなに気持ち良いんだ」と思うくらい、毎日風が優しく部屋に吹き込んでくる。
アパートの2階からは、早くも淡く色付きはじめた桜の木を、いとも簡単に見下ろすことができた。
「夏穂? あんた何やってんのよ。終わったの?」
2年前のできごとに想いを馳せているわたしに、ふすまの向こうからママの声が刺さる。
「え? あ、ああ……やってるって」
「はあ? これのどこがやってんのよ」ふすまを開けて、ママはわたしの部屋をぐるりと見渡すと、大きなため息をつきながら呟いた。
「ね! これ……懐かしくない? 塾のやつだよ! 見てよ」
「え? もう、何よ……。こんなもん見て油売って」
ママはわたしが差し出した黄色い紙を見て、吐き捨てるように言う。目線を落としたのは一瞬だけだった。
「もう……あんたの高校受験終わったの、何年前なのよ」
「……去年だけど」
「はあ……」分かりやすく、ママは再びため息をついた。
「そんなの良いから。冬華の受験だってようやく終わったんだから。早く部屋の整理終わらせちゃってよ」
「……分かったよ。なによ。感動が少ないなあ。ママは」
「あんたが夢見る夢子ちゃんなんでしょ」
「……」
表情を変えることなく、ママはそのまま部屋から出ていく。こっそり部屋から首を伸ばすと、台所にあるタンスの前に立って、引き出しを開けた。
(あ、あのノート)
わたしは知ってる。
ママがあのノートを取り出して、こっそり家計簿をつけてるってこと。
ママにも冬華にも言ったことはないけど。
妹の冬華が高校に合格した。わたしと違って昔から勉強ができる。県内で最難関である県立栄ケ丘高校に合格したのは、今月3月12日のことだった。
「これで2人とも高校受験が終わったんだから。あんた達、いい加減に部屋の整理しなさいよ」とお母さんに言われて、ようやく重い腰を上げたところだった。
(栄ケ丘高校ねえ……偏差値70……)
冬華が受かった時のお母さんの顔。生まれて初めて見た顔。あそこまで喜んでいる顔。
目の横にできてるシワは、驚きで何本増えたんだろう。口だって、アゴが外れるんじゃないかなって思ったくらいだった。
「塾にも行かないで……冬華、凄いねえ!」
あの時のママの一言は、思い出すたびに今でもわたしの心の中を、わたしの心臓をぎゅうと握り潰そうとしているよ。
きっとママは知らないに決まってる。
(悪かったですね……できの悪い姉で)
(すいませんね、塾にも行かしてもらって工業高校で)
「あーあ。テンション下がるわあ~……」
あの日のママの顔を思い出して、小さくわたしはため息をついた。
ヨレた黄色い紙を握りしめたまま、再び窓から外を眺める。
(……入学式って、今やれば良いと思うんだよな)
わたしの入学式の時は、桜が舞い散ってしまい、ピンク色の絨毯が敷き詰められているかのようだった。
(絶対、今が一番綺麗だと思うんだよなあ、わたしは)
ひらりと風に乗って、桜の花びらがわたしの部屋に入ってくる。「そうだよね」とでも言いたげに。
(あ、花びら……綺麗)
不規則に落下してくる花びらを必死に目で追って、両手で包み込むように花びらをすくい上げた――。



