ふたつの八月

空。どこまでも広がっていた。空と地面が近い。
伸ばしても届くはずないのに、手を伸ばす。
空の代わりに風だけは冷たく手を刺す。
元気な子供が野原を笑って駆け回る。
笑顔が溢れるという言葉が似合う。
あはは。また、いつか遊ぼうね。



ああ、いいな。
ありきたりなハッピーエンドで終わった本を閉じて一息つく。演出に凝った本は勿論だけど、普通の展開の物語が一番好きだ。

顔を上げると、そこは青空と野原なんかじゃないただの教室だった。急なギャップにげんなりとする。
同じ制服を纏った17歳の男と女が複数いるだけの、狭い2-Bの教室。薄暗い蛍光灯が寂しい。

「あ……聞いて下さい!えっと、皆さん。始業式お疲れ様でした。……新しく2-Bの担任になりました____」

初担任とかなんだろうな。段取りが下手くそだ。笑顔で話す義務的な自己紹介やこれからの予定等々……。つまらないのでここは聞き流す。まあBGMにはいいかな。

「えーと、それでは、初めて会うひとも多い、と、思いますので……簡単に自己紹介していきましょう。本当に簡単なものでいいですから……あ、別に項目が多くても大丈夫です」

出た。4月__始業式・入学式シーズン恒例の自己紹介タイム。大体は出席番号が早い人から言い始める。今回も末端の生徒が最初に立ったのを横目で見た。





盛大な拍手に包まれ、まだ教室にいたことを思い出す。いつの間にか目を閉じていた。

「ありがとうございます。では次の人……」あ、早い。もう僕だ。

椅子を下げながらいざ立つと、視線が一気に集まる。

羽田野 夏芽(はたの なつめ)です。よろしく」

端的に終わらせる。もう少し続くと思っていたのか、拍手が一拍遅れてまばらに来た。椅子に戻ろうと、ガタガタ音を立て引いた。
担任が困惑しながら、でも微笑みを続けて優しそうに話しかけてくる。

「……えっと、もう終わり?好きなこととか__」
「『好きなこと』って、なんですか?」

皆が黙り、1、2人まだ馬鹿みたいに拍手をしていた人も居なくなる。去年までなら、名前と一言さえ言えばよかったんだけど?

「え……いや……それじゃあ、次の人_」

引き途中だった椅子を出して座ると、風の音がびゅーびゅーとはっきり聞こえた。夏は嫌いだけど、夏風は別に嫌いじゃない。目を閉じて思った。