靴箱までの最短コースをめがけ、直線の廊下を駆け抜けた。
通りすがる他の生徒たちのことは、目にも止まらぬ速さと瞬発力で、障害物のように躱していく。
「よっ!」
パルクールのような大ジャンプ。
そして、ダンボールで野原の坂道を滑るような感覚で、スクールバッグを間に敷き、階段の手すりを一気に滑り降りていく。
急なカーブも抜群の体幹と、本人以外には分からないであろうテクニックで、苦もなく曲がっていく。
過去最速記録も狙える順調なスピード。
このまま降りれば目の前は靴箱だ。
(3……2……1…!)
順調にゴールへ向かっていることに、志雫は勝利の笑みを浮かべた。
目の前はあっという間に1階の景色に変わり、志雫は勢いのまま空中へと飛び出した。
「先輩ッッ!!」
「…え゛ッ!?!」
あと少しで着地というところで、横から1人の生徒が志雫に飛びついてきた。
___
「ちょッ、うおぉあ゛ぁッ!!?」
バランスを崩してしまい、志雫は飛びついてきた生徒と共に、廊下に倒れ込んだ。
しかし、飛びついてきた生徒が瞬時にクッションとなり、廊下に激突することは辛うじて間逃れた。
「先輩、大丈夫ですか?」
「………翼ぁ…お前、危ねぇだろッ!」
見上げた先には、何事も無かったかのような涼しい表情をする、黄色の髪が印象的な生徒の姿があった。
詠瀬翼、高校1年生。
今年入学してから、志雫に猛アプローチを続けている。
なぜここまで志雫に固執するのか、その理由は志雫も分からない。
昼や放課後の空き時間はもちろん、授業の合間や廊下のすれ違いざまでも、志雫を見つければ所構わず飛びついてくる。
志雫より小柄だが、いつどこから飛びついてくるか分からない習性から、志雫は詠瀬のことを“神出鬼没のデカワンコ”と呼んでいる。
「先輩に怪我がないなら平気です」
「お前じゃねぇよ!俺が怪我しそうだったから言ってんの!!なに死角から飛びついてんだ!」
「先輩が逃げるのが悪いんです」
「逃げるわ!!お前に関しては1日何回来るんだ!?」
「この目に先輩が映るなら、何度でも」
「んぐぅぅッ……」
詠瀬の悪気のない真っ直ぐな瞳が、志雫は苦手だ。
詠瀬の健気さと、志雫の『後輩は可愛がりたい』という性格が、2人の関わりを複雑にしていることを、志雫はよく理解している。
前述の行動が絶対に噛み合わない、キリッとクールに整った顔は、煌めいて見える。
今も、廊下に尻もちをついている志雫の背中に腕を回し、労わるように手を取る姿は、プリンスそのものだ。
「おいおい詠瀬、志雫を困らすなよ〜。お前だけの志雫じゃないんだからな?」
自身の頭上から声が聞こえ、志雫は真上を見上げた。
先程教室の外で志雫を呼んでいた生徒の1人が、志雫の顔を覗き込んでいる。
「朱崎先輩……」
「大事な試合が控えてんだ。怪我でもされてベンチ入りなんて、シャレになんねーぞ?」
“先輩”と呼ばれるその生徒は、志雫の鬱々とした気持ちとは真逆で、爽やかな男らしい笑顔を見せた。
朱崎清彦、高校3年生。
志雫が所属している野球部の部長。
誰にでも分け隔てなく接する、まるで兄のような存在の男だ。
そして、志雫もその包容力に懐柔されている1人。
だが、自分にだけよく構ってくるな…と志雫は密かに違和感を持っていた。
「なんすかそれ……。ベンチにすら入れてねぇ俺に対する嫌味っスか?」
「えー?そう聞こえたか?」
「そうにしか聞こえねーっス」
「ははっ、心配すんなって。お前の潜在能力は、俺が1番理解してるんだぞ?」
志雫の頭を撫でながら、朱崎はいたずらっぽく笑った。
冗談混じりのようにたまに出る発言は、若干の悪意を感じる。
「良くないなぁ、朱崎くん。そういうこと言うの、先輩としてどうなの?」
朱崎の背後からゆっくりと現れたのは、これまた志雫を教室の外で待っていた生徒の最後の1人。
「お前には関係ないだろ?深都」
「僕は志雫くんのことを気にしているだけだよ。派手に転んだみたいだね、大丈夫?」
そう言うと、その生徒は志雫に手を差し伸べた。
深都雪那岐、高校3年生。
この学校の顔とも言える、生徒会長の名を持つ。
常にクールな表情で、誰も寄せ付けないようなオーラを放っている。
志雫にとっては関わることはない雲上人、そう思っていた。
「まぁ……おかげさまで」
「俺が受け止めたんで無傷です」
「……詠瀬くん。君、志雫くんを困らせすぎなんじゃない?今だって君が飛びつかなければ、志雫くんが怪我をするかもしれないことはなかったでしょ?」
「俺が先輩を傷つけるわけがないです」
「分からない子だね……」
志雫のことを言い合う詠瀬と深都の間には、バチバチと見えない火花が散っているようだった。
「ま、志雫を困らせてんのは詠瀬だけじゃなく、お前もだけどな」
「は……?今、なんて言ったのかな?」
冷静沈着が似合う深都が、少し言葉を強めながら朱崎に聞き返した。
「志雫を困らせてんのは深都もだっつったんだよ。お前みたいなやつが、俺ら一般生徒にガツガツ来られると、気ぃ使うだろ?」
「僕だって普通の生徒だよ。お高くとまってるつもりはないけど」
「ふーん、どうだかな」
「なに…?文句があるのかな?」
「俺は先輩のこと困らせてません」
「意識がねぇのは大問題だなぁ。もうちょい、現実見た方がいいぞ、クソガキ」
深都と詠瀬に、煽り混じりの笑みを向ける朱崎。
いつの間にか3人だけ険悪な雰囲気が漂っており、志雫は面倒くさそうに遠くを見つめた。
通りすがる他の生徒たちのことは、目にも止まらぬ速さと瞬発力で、障害物のように躱していく。
「よっ!」
パルクールのような大ジャンプ。
そして、ダンボールで野原の坂道を滑るような感覚で、スクールバッグを間に敷き、階段の手すりを一気に滑り降りていく。
急なカーブも抜群の体幹と、本人以外には分からないであろうテクニックで、苦もなく曲がっていく。
過去最速記録も狙える順調なスピード。
このまま降りれば目の前は靴箱だ。
(3……2……1…!)
順調にゴールへ向かっていることに、志雫は勝利の笑みを浮かべた。
目の前はあっという間に1階の景色に変わり、志雫は勢いのまま空中へと飛び出した。
「先輩ッッ!!」
「…え゛ッ!?!」
あと少しで着地というところで、横から1人の生徒が志雫に飛びついてきた。
___
「ちょッ、うおぉあ゛ぁッ!!?」
バランスを崩してしまい、志雫は飛びついてきた生徒と共に、廊下に倒れ込んだ。
しかし、飛びついてきた生徒が瞬時にクッションとなり、廊下に激突することは辛うじて間逃れた。
「先輩、大丈夫ですか?」
「………翼ぁ…お前、危ねぇだろッ!」
見上げた先には、何事も無かったかのような涼しい表情をする、黄色の髪が印象的な生徒の姿があった。
詠瀬翼、高校1年生。
今年入学してから、志雫に猛アプローチを続けている。
なぜここまで志雫に固執するのか、その理由は志雫も分からない。
昼や放課後の空き時間はもちろん、授業の合間や廊下のすれ違いざまでも、志雫を見つければ所構わず飛びついてくる。
志雫より小柄だが、いつどこから飛びついてくるか分からない習性から、志雫は詠瀬のことを“神出鬼没のデカワンコ”と呼んでいる。
「先輩に怪我がないなら平気です」
「お前じゃねぇよ!俺が怪我しそうだったから言ってんの!!なに死角から飛びついてんだ!」
「先輩が逃げるのが悪いんです」
「逃げるわ!!お前に関しては1日何回来るんだ!?」
「この目に先輩が映るなら、何度でも」
「んぐぅぅッ……」
詠瀬の悪気のない真っ直ぐな瞳が、志雫は苦手だ。
詠瀬の健気さと、志雫の『後輩は可愛がりたい』という性格が、2人の関わりを複雑にしていることを、志雫はよく理解している。
前述の行動が絶対に噛み合わない、キリッとクールに整った顔は、煌めいて見える。
今も、廊下に尻もちをついている志雫の背中に腕を回し、労わるように手を取る姿は、プリンスそのものだ。
「おいおい詠瀬、志雫を困らすなよ〜。お前だけの志雫じゃないんだからな?」
自身の頭上から声が聞こえ、志雫は真上を見上げた。
先程教室の外で志雫を呼んでいた生徒の1人が、志雫の顔を覗き込んでいる。
「朱崎先輩……」
「大事な試合が控えてんだ。怪我でもされてベンチ入りなんて、シャレになんねーぞ?」
“先輩”と呼ばれるその生徒は、志雫の鬱々とした気持ちとは真逆で、爽やかな男らしい笑顔を見せた。
朱崎清彦、高校3年生。
志雫が所属している野球部の部長。
誰にでも分け隔てなく接する、まるで兄のような存在の男だ。
そして、志雫もその包容力に懐柔されている1人。
だが、自分にだけよく構ってくるな…と志雫は密かに違和感を持っていた。
「なんすかそれ……。ベンチにすら入れてねぇ俺に対する嫌味っスか?」
「えー?そう聞こえたか?」
「そうにしか聞こえねーっス」
「ははっ、心配すんなって。お前の潜在能力は、俺が1番理解してるんだぞ?」
志雫の頭を撫でながら、朱崎はいたずらっぽく笑った。
冗談混じりのようにたまに出る発言は、若干の悪意を感じる。
「良くないなぁ、朱崎くん。そういうこと言うの、先輩としてどうなの?」
朱崎の背後からゆっくりと現れたのは、これまた志雫を教室の外で待っていた生徒の最後の1人。
「お前には関係ないだろ?深都」
「僕は志雫くんのことを気にしているだけだよ。派手に転んだみたいだね、大丈夫?」
そう言うと、その生徒は志雫に手を差し伸べた。
深都雪那岐、高校3年生。
この学校の顔とも言える、生徒会長の名を持つ。
常にクールな表情で、誰も寄せ付けないようなオーラを放っている。
志雫にとっては関わることはない雲上人、そう思っていた。
「まぁ……おかげさまで」
「俺が受け止めたんで無傷です」
「……詠瀬くん。君、志雫くんを困らせすぎなんじゃない?今だって君が飛びつかなければ、志雫くんが怪我をするかもしれないことはなかったでしょ?」
「俺が先輩を傷つけるわけがないです」
「分からない子だね……」
志雫のことを言い合う詠瀬と深都の間には、バチバチと見えない火花が散っているようだった。
「ま、志雫を困らせてんのは詠瀬だけじゃなく、お前もだけどな」
「は……?今、なんて言ったのかな?」
冷静沈着が似合う深都が、少し言葉を強めながら朱崎に聞き返した。
「志雫を困らせてんのは深都もだっつったんだよ。お前みたいなやつが、俺ら一般生徒にガツガツ来られると、気ぃ使うだろ?」
「僕だって普通の生徒だよ。お高くとまってるつもりはないけど」
「ふーん、どうだかな」
「なに…?文句があるのかな?」
「俺は先輩のこと困らせてません」
「意識がねぇのは大問題だなぁ。もうちょい、現実見た方がいいぞ、クソガキ」
深都と詠瀬に、煽り混じりの笑みを向ける朱崎。
いつの間にか3人だけ険悪な雰囲気が漂っており、志雫は面倒くさそうに遠くを見つめた。
