太宰治の書いた小説に「メリィ・クリスマス」というものがあるが、あれにはこんなフレーズがあった。二つ、書き出してみる。
「私はいよいよ自惚れた」
「恋愛に、阿呆間は禁物である」
いずれも恋の破滅を迎えた男の独白のようなものなのだが、私はこの考えに自らを支配されないようにと努め、やはり最終的にはこの考えに支配されてしまった感がある。毒をもって毒を制すつもりが、飲んだ毒で死んだという格好だ。そうなのだ、私は「自惚れまい」と心を決めて自惚れ、「恋愛に阿呆感は禁物である」と呪文のように唱えて阿呆を演じた。具体的な話を書こうとしたが、やはりやめた。あまり細かく書いたら、書いている途中で死にたくなって悶えるに違いない。少しカレンダーの日付を進めよう。
五月の夜の出来事を踏まえ、一日一日を過ごしていく中で私の増長は姿を隠さなくなっていった。彼女と一日に二度目が合えば運命を感じ、彼女が腕に止めた時計を褒めてくるとスカした顔をして時計の説明を始めた。彼女から博物館の企画展の話を持ち出されれば、誘うわけではなく適当な相槌を打つのにとどめておいた。全ては余裕のある男の演出のようなものだったのだが、全く破綻している。この男、女を知らないのである。
ここで、登場人物を一人増やそうと思う。この話に必要不可欠な、Aを私から奪ったあの男だ。ただ、勘違いしてほしくないのが、私は彼を恨んでいるわけではない。決してそんな、稚拙な感情を抱いているのではない。殺してやりたいとか、二人の仲を引き裂いてやりたいとか、Aを手籠にしてやろうとか、そんなつもりは毛ほどもない。私はその男を(仮にCと呼称する)嫌に思っているのではなく、一人の立派な大人として、男として尊敬している。これを書いている今でも彼とは仲良くやっている。親友交歓みたいなものも、時折している。CがAを奪い去ったと知って尚、私は彼を好いている。強いていうなら自分が嫌いになった。何もできず、中途半端にしか行動できなかった己の不甲斐なさに歯を食いしばっている。現在になってようやく、あの手この手、手段を選ばずAをデートに誘い、洒落ているカフェの一つでも案内してリードをし、ローマンチックなコンサートや夜景の見える場所に連れていけばよかったと悔いている。手前味噌を並べる? 蘊蓄を傾ける? なんでも良い、できることは全てやっておけばよかった。だが、これはただの後悔でしかない。悔恨以外の何物でもない。全ては終わった話なのだ。今更手にとってしげしげ眺めるのも時間の無駄というもの。話を前に進めなくては。この手記を一旦の完成に導かなくては。
「私はいよいよ自惚れた」
「恋愛に、阿呆間は禁物である」
いずれも恋の破滅を迎えた男の独白のようなものなのだが、私はこの考えに自らを支配されないようにと努め、やはり最終的にはこの考えに支配されてしまった感がある。毒をもって毒を制すつもりが、飲んだ毒で死んだという格好だ。そうなのだ、私は「自惚れまい」と心を決めて自惚れ、「恋愛に阿呆感は禁物である」と呪文のように唱えて阿呆を演じた。具体的な話を書こうとしたが、やはりやめた。あまり細かく書いたら、書いている途中で死にたくなって悶えるに違いない。少しカレンダーの日付を進めよう。
五月の夜の出来事を踏まえ、一日一日を過ごしていく中で私の増長は姿を隠さなくなっていった。彼女と一日に二度目が合えば運命を感じ、彼女が腕に止めた時計を褒めてくるとスカした顔をして時計の説明を始めた。彼女から博物館の企画展の話を持ち出されれば、誘うわけではなく適当な相槌を打つのにとどめておいた。全ては余裕のある男の演出のようなものだったのだが、全く破綻している。この男、女を知らないのである。
ここで、登場人物を一人増やそうと思う。この話に必要不可欠な、Aを私から奪ったあの男だ。ただ、勘違いしてほしくないのが、私は彼を恨んでいるわけではない。決してそんな、稚拙な感情を抱いているのではない。殺してやりたいとか、二人の仲を引き裂いてやりたいとか、Aを手籠にしてやろうとか、そんなつもりは毛ほどもない。私はその男を(仮にCと呼称する)嫌に思っているのではなく、一人の立派な大人として、男として尊敬している。これを書いている今でも彼とは仲良くやっている。親友交歓みたいなものも、時折している。CがAを奪い去ったと知って尚、私は彼を好いている。強いていうなら自分が嫌いになった。何もできず、中途半端にしか行動できなかった己の不甲斐なさに歯を食いしばっている。現在になってようやく、あの手この手、手段を選ばずAをデートに誘い、洒落ているカフェの一つでも案内してリードをし、ローマンチックなコンサートや夜景の見える場所に連れていけばよかったと悔いている。手前味噌を並べる? 蘊蓄を傾ける? なんでも良い、できることは全てやっておけばよかった。だが、これはただの後悔でしかない。悔恨以外の何物でもない。全ては終わった話なのだ。今更手にとってしげしげ眺めるのも時間の無駄というもの。話を前に進めなくては。この手記を一旦の完成に導かなくては。

