Bは言った。私の背中に回された彼女の手は異常なほどに熱っていた。服越しにも熱が伝わってくる。首元には酒臭い息を吹きかけられ、と同時に彼女自身が発散させている女性らしい甘い香りが鼻先まで突きつけられてくる。頬と頬とが触れ、その柔らかさには目を見張るものがある。他方、同僚の一つ年上の男は地面の上でのたうち回って、うつ伏せの姿勢から尻だけを突き上げたなんとも間抜けな格好をしていた。彼は目だけを上げて私とBとを見ていたが「何も見えない」と、幸せそうな顔で呟くだけである。
 二人して駄々を捏ねた。私たち三人は、自分が今どこにいて何をしようとしているのか不明確なままカラオケから出て歩いていた。泥酔の二人は言わずもがな、私は私で、よくわけのわからない胸中だった。自分が行なっていることの正しさを、誰かに証明してほしかった。まっすぐ引かれた、正しい線の上を歩いているのだよと何者か、誰でも良い、言ってほしい。もし道を間違えているのならそれでも構わない、伝えてほしかった。そうすれば、私はまた新たな恋を、より現実的で手の届きやすい恋に身を投じることができる。間違えたまま進軍を続けて、そうして何になるという。時間も体力もすり減らし、我が身の矮小さを痛いほどに痛感させられるだけだ。今度の恋の破滅が、私という存在をこの世から消し去ることになるかもしれない。だから言ってほしかった。誰かに、「この恋は破滅に向かう道だよ。引き返すべきだよ」と。そうでなければ、私はなんのために生きているというのだろう。
「人は誰かに必要とされなければいけない。必要とされることが人であることの条件だ」と言ったのは、誰だったか。あるいはそんな言葉は誰も口にしていないかもしれない。
 五月の夜は慎重に、そして大胆に時間を朝へと押しやっていった。私たちが見ていない間に時計は足早に数字を進め、時計を見やった時には息を殺した。我々三人は三時間ほどカラオケボックスに引きこもり、もうこんな時間かと悪態のようなものを呟きながら勘定を済ませて外へと出た。時刻は午前三時になる。会計は三人で三八五〇円で、これが高い金額なのか、それともリーズナブルな金額なのか見当がつかなかった。こういうものには疎いのだ。
 私の運転する車で二人を帰宅させ(その頃にはなんだかんだあって朝の五時になっていた)、私自身もうるま市にある自宅まで車を走らせた。運転をしている間中、私の脳内には絶えずAのあの顔が浮かんでは消えていった。嬉しそうに笑う顔、誘ってくれて嬉しいと言った時に私を見つめていたあの目。今夜の出来事は私にとっても僥倖だったかもしれないと、知らぬ間に口角の上がる思いだった。彼女に電話をし、店まで呼んだのは私だ。拒絶されていないという事実、呼べば喜んで会いにきてくれたという事実が、いよいよ私を自惚れさせた。