私は悔しいやら悲しいやら、寂しいやらでまた泣いた。私はただ、お金が欲しかった。付記していなかったのだが、この頃の私はお小遣いなるものを親から一度も受け取った試しがない。当たり前だが、欲しいものがあるとねだって交渉し、彼らの許諾を得なくては買ってもらえなかった。自由に買い物をする権利。一度で良いから、誰の目も気にせずにレジへ運んで精算し、これは自分のものだとはっきり感じ取る機会を私は希求していた。親の機嫌、家庭の規則、そんな呪縛から解き放たれ、同年代の子供たちがそうしているように菓子やおもちゃを購買したかった(当時の私の家には、きょうだいのうち誰かが誕生日を迎えた日にのみ、欲しいおもちゃを買ってもらえるというルールがあった。そこでは誕生日を迎える当人以外の者には、明確に買ってもらえる金額の上限というものが設定されていた。お世辞にも上限値は高く設定されていなかったために、実質的に親に欲しいおもちゃを買ってもらえるのは自らの誕生日に限られていたのだった)。これまでも要求ははねつけられ、こともなげに「誕生日には買ってあげるから」など気前の良さみたいなものは十全にアピールすされた。しかしそれも子供をひとまず落ち着けるための方便であると私は見抜いていた。親の嘘は、私にはいともたやすく看破できたのだ。二人は決して、宣言の通りにしない。いつだって、「子供は忘れっぽいものだから」というふうに無意識の領域で私たちを侮っている。フラストレーションは溜まる一方なのだった。
ここまで書いたが、この手記における私の最も主張したいのは次の文にある。私の、たった一つの後悔と言ってしまって良いかもしれない。つまり私は、この夜中の罰則中に人生の活路を見出したのである。見出して、そして、手を伸ばすことをしなかった。
「頑張れよ、坊主」
あの配達員が、帰り際私にそう言ったのだ。彼の顔は、もう記憶の海のどこかに沈んで思い出せないが、大まかな輪郭みたいなものは確かに残っている。日焼けをしたような、ちょっと黒くなった顔。やけに目立つ白い歯を見せて笑う中年男性の顔。目を閉じればまたあの日の男の姿が浮かんでくる。私はあと少しのところで立ち上がってしまうところだった。
「あなたと一緒に行かせてください」
ここまで書いたが、この手記における私の最も主張したいのは次の文にある。私の、たった一つの後悔と言ってしまって良いかもしれない。つまり私は、この夜中の罰則中に人生の活路を見出したのである。見出して、そして、手を伸ばすことをしなかった。
「頑張れよ、坊主」
あの配達員が、帰り際私にそう言ったのだ。彼の顔は、もう記憶の海のどこかに沈んで思い出せないが、大まかな輪郭みたいなものは確かに残っている。日焼けをしたような、ちょっと黒くなった顔。やけに目立つ白い歯を見せて笑う中年男性の顔。目を閉じればまたあの日の男の姿が浮かんでくる。私はあと少しのところで立ち上がってしまうところだった。
「あなたと一緒に行かせてください」

