夕食の時間になり、母親は三人分のそばを用意してくれた。三枚肉だけがトッピングされた沖縄そばだ。今でも変わらないことだが、私の母親に沖縄そばを作らせるとどうしても味が薄い。お店に出てくるようなあの味にはならない。そのそばが、しっかりと子供達三人分用意されているのだ。呆けてテーブルの前に立っていた私の前には、一番量の多いそばが置かれた。何事か、と思ったものの母親の顔は見られなかった。
「どうして一番量が多いの」
 私の分量について、当時五歳だった弟が質問した。母親はにっこりと笑ってこう答えた。
「だって、警察に行く前の最後のご飯だからね。最後くらいたくさん食べないと」
 戦慄した。私は、母親の顔を思わず見上げた。彼女は笑っていなかった。そこにあるのは静かな、けれど実在している怒りの炎だった。氷のように冷たい冷気を含んでいる、特殊な輝きだった。見る者に対し、言葉にできないような、不可思議な感情を呼び起こす冷たい炎だった。それは学校から帰る直前にDが私に向けたものと同質であるかのようだった。激しい音は立てないし、近づいただけで火傷をするような危険性はない。ただし一旦その存在に気がつけば、高温でもないはずなのに火傷の危険性を肌に感じることになる。氷で作られた炎だ。
 食事は普段通り開始された。テレビを眺めて和気藹々とし、弟は先の質問で帰ってきた警察に行くことの意味を理解していないようだった。私だけだ、私だけは察知している。これから罰が下るのだと。警察に連れて行かれ、もはやこのアパートに帰ることは二度とできないのかもしれない。食事を終え、私たちは食器を台所に運んで行った。母親は食器をシンクの上に持ち上げられない私の手助けをした。皿を渡すと、受け取る母親の手に力がこもっているのを感じた。もうまともに目を見ることはできなかった。
「玄関に行っていなさい」
 短く低い声でそう言いつけた。ここで反論したり、ごめんなさいを連呼して喚くと逆効果になると分かっていた私は母親を刺激しないために黙って玄関まで向かった。食器を洗う音ががちゃがちゃと聞こえ、何も知らない弟たちは寝室で遊んでいた。母を待っている間、父親が帰宅したらどうなるだろうと私は想像した。またあの時のように殴られるだろうか。それとも今度こそ家を追い出されて、行く当てもないまま夜の町を彷徨い、疲れによって野垂れ死ぬのだろうか。いや、やはり警察に連れて行かれ、懲役刑を課されてしまうかもしれない。問答無用で、着のみ着のまま、牢屋に入れられてしまうかもしれない。小学一年生、六歳という年頃は無駄に想像力が豊かな時期でもある。取り留めもない数々の未来のイメージが眼前にありありと浮かんでは消えた。そうしているうちに母親が台所から姿を見せた。