住んでいるアパートに無事到着したが、母親の車が駐車場に無かった。まだ帰ってきていないらしい。おそらく保育園に通っている弟と妹を迎えに行っているのかもしれなかった。私はポケットにしまっていた鍵でドアを開け、何食わぬ顔で部屋に入った。いつもなら外で遊んでいる時間なので、やけに早く帰った気がした。まだ母親は帰っていない。恐ろしい説教を聞くまで中途半端に猶予が与えられ、恐怖と油断とが同時に膨れ上がってきていた。処刑を突如先延ばしにされたことによる、恐怖と油断だ。それらは私の行動を制限し、また逆に大胆にしていった。これから罰を受ける身として静かに過ごしておこうと言う考えに支配されながらも、実のところ戸棚から菓子を取り出してそれを食べ、夕方のテレビを眺めて時間を潰したのだった。いつしか自分自身が盗みを働いたと言う事実さえ忘れかけ、もしかすると母親は「人様に迷惑をかけたわけではないのだから」と言うことで案外あっさり許してもらえるのかもしれない。言うまでもなく増長以外の何者でもなかった。
 そうして運命の時というものはやってくる。外で聞き馴染みのある古い車のエンジン音が鳴り、部屋のすぐ近くで停止した。すぐにはしゃぐ弟たちの声が聞こえ、続いて扉が開錠される音がした。入ってきたのはもちろん母親と、弟と妹だ。母は居間にやってきて私の姿を見るなり、「なんでここにいる」と声を低くして短く尋ねてきた。やはり許されてはいなかった、と私は思った。これから説教が始まる。場合によっては今日の夕食にはありつけないかもしれない。そう悟った。
 しかし、母親は私を追い出すでもなく、淡々と夕食の支度を進めていった。殴られることもなければ盛大に罵声を浴びせるわけでもなく、ちょっと拍子抜けしてしまった。ひょっとしたら、もう親子の縁は切れてしまったのではないかという不安が頭をもたげた。私は何も答えなかったが、あの「なんでここにいる」という短い質問が私たち親子の間に交わされる最後の会話なのかもしれない。可能性を想像してみて、にわかに恐ろしくなった。母は私をどう思っているのだろうか。無性に知りたくなった。長男の私を、一度のみならず二度(本当はもっと多くの数をこなしていたが)犯罪に手を染めた私と親子らしく仲良くやっていこうという気持ちがあるのだろうか。無いと言われても、私には反対意見を述べる資格はなかった。当時の私でも、それくらいの見当はついた。出て行けと言われたらそうするほかはない。頼れる人間はいなかったが、母親の命令には逆らえない。