まさか拾ってきたわけではあるまい、と母親は眼光鋭く訊いた。私は一瞬たじろいだ。あの保育園の時、初めて窃盗を犯した時に父親に加わって私を殴った相手だった。昔からおもちゃをねだると叱られた。すでに持っているのだからそれで我慢しなさいと告げられた。子供の目から見ても古臭い、遊んで飽き飽きしているものばかりが部屋の押し入れにしまってあるのだ。他の子供達は毎年おもちゃや、時としてゲーム機を与えられてきた。私だけそれがない。周囲が最新のおもちゃを手にして高揚している時、私は同じものがテレビで映し出されているのを眺めているしかできなかったのである。無い知恵を絞って、たとい一時的にとは言え新しいおもちゃを入手しようとした。それができた。Dにはもちろん、了解を得ている。ここまでやった私が、何を怖気付いているのか。
 私は答えた。Dと一週間だけおもちゃを交換したのだ、これはその証なのだと。母親は私のところまで歩いてくると、えらく冷めた顔でこう言ったのだ。
「すぐに返してきなさい。物の貸し借りは、しちゃいけません」
 これだけだ。すぐに玄関の方まで戻され、嫌々靴を履く私の背後に母は立っていた。使命が終わるまで決して家には入れないという強固な意思表示をした。私は半分泣きたくなりながら夕刻の町を走り、日没が迫っている時特有の薄暗闇を恐れながら早足になって移動した。一五分ほどでDの家までたどり着くと、決死の思いでドアを叩いた。古くなったアパートのドアを開けたのは彼の父親だった。大柄で、まだ若いのに白髪が混じっている。私は縮こまりながら要件を伝えてDから借りていたおもちゃを押し付けるように渡すと、その場を急いで後にした。自分のおもちゃを返してもらうという考えはなかった。それよりはずっと、日没後の暗闇の方が怖かった。
 家まで帰り着くと母親はまだ玄関にいた。私が手に何も持っていないを認めて、そこでようやく顔を綻ばせた。この時の母親の豹変ぶりは実に恐ろしいものだったと記憶している。父親に続いて、母親もまた苦手な人間に加えられたのだった。
 そんな、ちょっとした事件が起こってから数ヶ月も経過していなかったと思われるが、私はDのおもちゃを自宅にひっそりと運び込むことに成功した。今度は交換したのではなく、窃盗をして手に入れた。小学校の授業が終わって放課後になり、私はDの家に立ち寄った。そこで盗んだのだ。