芸大を卒業し、染め物の勉強をしてきたA。彼女の価値観は、私と随分ぴたりと合うような気がしていた。決して迎合するのではない。より自然な形として、彼女と私との芸術作品に向けるセンスのようなものは付合していたのだ。彼女は大学生時代に手がけた着物の柄や、染め織物についてよく語ってくれた。どんな作品を作り、制作に際しどんな苦労を経てきたのかを克明に語って聞かせた。私もまた、自身が芸大を出ていないながらにも抽象画や人物画、風景画について知っている限りのこと、そして気に入っている絵などについてを話したことがある。二人は芸術作品という部分で結びついていた。あの日のことだ、Bと、そしてもう一人の男を連れ、Aを誘って飲みに行った夜のこと。私とAとは互いの芸術の価値観について随分語り合った。そしてそれは決して相容れないものを理解しようと試みるのではなく、互いの心理について好奇心をもちより、円滑に理解を深めていくと言うごく健全な語り合いだった。私と彼女とは、センスが合う。さらに付け加えるなら、彼女は読書を好んだ。私はある時、帚木蓬生の『閉鎖病棟』を彼女に勧めた。彼女は苦手なジャンルだと評しながら読了し、感想みたいなものをいくつか私に話してくれた。最後には自分の気に入った本の名をあげ勧めてきた。もしよければ貸しても良い、そんな一言もあった。私と彼女とには、中々悪くない共通点があったはずなのだ。とても弱々しい一本の糸のようなものではなく、蜘蛛が営巣する際に用いるような、頑丈で簡単にはちぎれない、そんな糸で結びついていたはずだ。だがCは、我々の糸を掻い潜った。あるいは断ち切って、私の目の前からAを奪い去っていったのだ。私に残されるのは、ズタズタになった糸の他に何もない。あっという間の出来事で、私にはAのために何かを用意をする時間的余裕もなかった。
失恋をしたのだ、私は。劇的で、そうして惨めな失恋だ。
「今度、夜までやってるカフェに行きましょうよ。仕事終わりにでも、一緒に行きましょう」
全てを知ってか知らずか、Aはそのように私と出かけようと話をしてくることがあった。私は思った。「お前の大好きな恋人と行け」と。
一つ目の手記を書いた。書き終えて、ようやく日が暮れていると言う事実に思い当たった。私はどれだけの時間、この一つ目の手記に没頭していたのだろうか。車内から見える景色は暗黒の闇に閉ざされそうになっている。付近には街灯の類もないから、ここは間もなく黒一色に塗りつぶされることだろう。当てになるのは星と月の明かりだけになる。
失恋をしたのだ、私は。劇的で、そうして惨めな失恋だ。
「今度、夜までやってるカフェに行きましょうよ。仕事終わりにでも、一緒に行きましょう」
全てを知ってか知らずか、Aはそのように私と出かけようと話をしてくることがあった。私は思った。「お前の大好きな恋人と行け」と。
一つ目の手記を書いた。書き終えて、ようやく日が暮れていると言う事実に思い当たった。私はどれだけの時間、この一つ目の手記に没頭していたのだろうか。車内から見える景色は暗黒の闇に閉ざされそうになっている。付近には街灯の類もないから、ここは間もなく黒一色に塗りつぶされることだろう。当てになるのは星と月の明かりだけになる。

