博物館のエントランスにあるベンチに、Aは一人腰掛けていた。近づいた私は何と声をかけたら良いものかわからなくなり、まごまごしながらその場に立っていた。やがて携帯電話に視線を落としていた彼女の方が私に気がつき、「いつからそこにいたのだ」と驚いて言った。「たった今やってきた」と私は言った。講座の始まるのは一四時からということになっていたので、私とAとはベンチに並んで座り、そこで幾らか雑談に興じる運びとなる。私はその時、彼女の胸元にあるものを見つけていた。それはCが金を使って購入したペンダントだった。ある有名なメーカーのいわゆる模造品ということだが、オリジナルの希少性の高さゆえに半ばオフィシャルの製品という扱いを受けているらしいというのを以前、Cから聞いたことがある。決定的に、否定のしようもなくAはCのものになっていたのだ。
いくらか言葉を交わした後、私たちは立ち上がって講座の行われる会場まで向かうことになった。立ち上がって五メートルも歩かないうちに、不意に背後から声がかけられる。Cの声が、私の名前を呼んだ。まさかと思い振り返ってみると、そこにはCがいた。彼は私とAとが座っていた一つ隣のベンチに座り、呑気にこちらへ手を振っている。彼の隣にはAが立っていた。私は置き去りにしそうになった二人に近づいて、Cを見て困惑した表情を浮かべた。別に驚くべきことでもなかったのだが。
「いつからそこにいたの」と、私はCに問うた。
「ずっと隣に座っていたよ」と、Cは私に答えた。
彼は私とAの会話をすぐ隣で聞いていたらしい。横に並んで座った時、私とAとは互いに体を向かい合わせるようになっていた。AからはCがずっと見えていても、私の視野に彼は収まらなかったわけである。
「それでも立ち上がって歩き出したら気がつくと思ったのに、どうしてかお前はまったく気がつかないまま行っちゃいそうになったから慌てたよ。ちょっと驚かせてやろうとしたのに」
それはもう十分だよ、と私は内心密かに思っていた。もう驚きは十分だ、これ以上はいらない。
その後、講座が始まるまでの時間を目一杯使い、私は地獄の痛苦を味わうことになった。CがAと付き合っているのだと公式に宣言がなされ、
「ほら見てみろ、お前は全く気づかなかっただろうけど、このAのペンダント、前に俺が話していたものだぞ」
などわかりきったことを得意満面語り始めた。私はペンダントの件でもう一度、驚いたふりをしなくてはならなかった。CはAと付き合っている、恋人という関係にある。聞けば、それは六月一三日からという話だった。私の予想は外れていた。予感は的中した。もうとっくに、二人はそういう関係になっていたのだ。
Cは私の腕を組んでAと距離を置いた。少し話そうという意思表示だ。私はすぐに戻るから、とAに言い含めてエントランスの隅まで移動した。
いくらか言葉を交わした後、私たちは立ち上がって講座の行われる会場まで向かうことになった。立ち上がって五メートルも歩かないうちに、不意に背後から声がかけられる。Cの声が、私の名前を呼んだ。まさかと思い振り返ってみると、そこにはCがいた。彼は私とAとが座っていた一つ隣のベンチに座り、呑気にこちらへ手を振っている。彼の隣にはAが立っていた。私は置き去りにしそうになった二人に近づいて、Cを見て困惑した表情を浮かべた。別に驚くべきことでもなかったのだが。
「いつからそこにいたの」と、私はCに問うた。
「ずっと隣に座っていたよ」と、Cは私に答えた。
彼は私とAの会話をすぐ隣で聞いていたらしい。横に並んで座った時、私とAとは互いに体を向かい合わせるようになっていた。AからはCがずっと見えていても、私の視野に彼は収まらなかったわけである。
「それでも立ち上がって歩き出したら気がつくと思ったのに、どうしてかお前はまったく気がつかないまま行っちゃいそうになったから慌てたよ。ちょっと驚かせてやろうとしたのに」
それはもう十分だよ、と私は内心密かに思っていた。もう驚きは十分だ、これ以上はいらない。
その後、講座が始まるまでの時間を目一杯使い、私は地獄の痛苦を味わうことになった。CがAと付き合っているのだと公式に宣言がなされ、
「ほら見てみろ、お前は全く気づかなかっただろうけど、このAのペンダント、前に俺が話していたものだぞ」
などわかりきったことを得意満面語り始めた。私はペンダントの件でもう一度、驚いたふりをしなくてはならなかった。CはAと付き合っている、恋人という関係にある。聞けば、それは六月一三日からという話だった。私の予想は外れていた。予感は的中した。もうとっくに、二人はそういう関係になっていたのだ。
Cは私の腕を組んでAと距離を置いた。少し話そうという意思表示だ。私はすぐに戻るから、とAに言い含めてエントランスの隅まで移動した。

