こうして二人は共に駐車場まで出て、そうして一緒の車に乗り込んで街を目指したのである。彼女の家は新都心から少し離れた場所にあるらしく、その近くまで送迎ということになった。夕刻の四〇分間は、まさに至福の時と言えたかもしれない。二人は互いのこと、仕事のこと、目に飛び込んでくる都会のこと、実に様々話題を展開して喋った。会話は弾んだと言って何ら差し支えない。流れ、というか勢いに任せて私はもう一つの提案をしてみることにした。
「明後日に、県立博物館で文化講座があるんです。僕は行くつもりなんですが、よければ一緒にどうですか」
 てんで、おかしな提案だ。女性をデートに誘うつもりでそんな提案をする男がいるものか。しかし彼女は博物館や美術館に行くことが多い人物であるから、こうした話に食いついてくれるかもしれない。その明後日の講座では我々の地元の、一六世紀ごろに活躍した偉人についてを学芸員が話す内容になっていた。よせば良いのに、何でこんな話を持ちかけたのだろう。彼女の専門としているのは、恐竜に関することと、染め織物に関すること。一六世紀の英雄の話などまるで結びつかない。あわよくばそこでもっと仲良くなろうという目論見が透けて見えるようである。彼女の得意分野、好きな分野ではなく自分の領域に引っ張り出し、しかも講座は三時間もあるという長丁場だ。言うまでもなく、Aは戸惑うようなそぶりを見せた。明らかに返答をしたくないような気配があった。
 流石にまずいか、とその時の私も悟ったのだが、悪いことに勘違いは重なってしまうものらしい。A曰く、「明後日には同期たちと食事にでかける」ということらしい。時間には余裕があるものの、博物館から食事会場まで移動手段に困っているということだ。私は大いに安堵し、「それなら僕が送って行きますよ、それでどうですか」など、意気揚々、声を弾ませた。僕に呼応するようにAも声を高らかに、それなら行きましょうと言ってくれた。
 つくづく思うのだが、女性は怖いものである。自分が世界でいちばん可愛い存在だと思い込んで、自惚れている。男性諸君、いやそれどころか同性の人間からですら寵愛を受けてしかるべきだと言う思想のようなものが見て取れる。私は短い人生の中で、そのように感じずにはいられないのだ。これを読んでいる者がもしいたとしたら、何らかの手段を用いて私に回答を寄越して欲しい。この私の女性についての考え、間違っているだろうか、それとも的を射るような価値観だろうか。私が好意を持って近づいた相手というのは二人いた。二人とも恋人がいた。その事実をひた隠しに、私という男と二人で食事に出かけたり、デートすることを許容した。私に向けて優しい言葉をかけ、甘言とも取れる発言を一度と言わず何度も繰り返した。
「あなたといるとすごく安心する」
「今あなたが、男の人の中でいちばん仲が良い」