「バイトで知り合った子だよ。バイトの配達で行った居酒屋にその子がいてさ。色々話しているうちに、今度ご飯に行きませんかって言われたんだ。それで、ご飯に行き、水族館に行った。その人は俺がバイクを好きで乗り回しているのを知っていたから、バイクに乗りたいとも言っていた。だから二人で乗ってあちこち行った。夜になって、向こうがまだ帰りたくないというから仕方なくバーに行って呑んで、最後は彼女の家まで送り届けたんだ」
「その人の年齢は? 年下か、年上か、どっち」
「二つしただよ」
 私は懐疑をより一層強めた。いや、ある種の確信を得たと言って良いかもしれない。彼は私の年齢についての質問には澱みなく答えが、その前のデートの詳細については随分不自然な喋り方をしていた。奥歯にものが挟まった様子をここまでまじまじと観察できる機会もそう多くはないだろうと思えるくらいに。だから私は思った。ああ、この人はAと出かけたのだ、と。この職場ではあることがきっかけで職場恋愛を禁じているという節があった。『あること』については特に書かないが、ともかくタブーのような認識をされていたのだ。彼が口篭ったのには、おそらくこのタブーが絡んでいる。そして彼は、Aに隙あれば声をかけ、自分の長所を見せ、相手を知りたがっていた。私は目眩がして、なんとかもっと情報を引き出せないものかと質問を繰り返そうとした。だができなかった。必要なものは全て受け取っていると確信があったからだ。
 その後の一週間は、どうにも落ち着かない気持ちで過ごした。まず私は本を読まなくなった。音楽を聴かなくなった。飼育している亀の水槽を掃除しなくなった。継続していたトレーニングを放棄するようになった。食事の量が減った。代わりに散歩をする頻度が多くなった。さながら仕事をリタイアした老人のように生活を送った。動きのない、澱んだ一週間が経過し、自分でも良くない兆候であると悟っていたから行動を起こすべきだと覚悟のようなものを決めて携帯電話を手にとった。