昨日の豪雨の名残りなのか、辺りは深い水色の雲に覆われていた。吐く息が白く、とても寒い。
伊月は、私の首に自分のマフラーを巻いてくれた。今から彼が何を言うのか、なぜ、再会したあのランニングルートを、走りもせず歩いているのか。彼の考えていることが、憎いくらい伝わってくる。
決して口にはしなかったけれど、あの忘年会の日から彼は、やはり明らかに態度が変わっていて、私よりもより明確に、離れて過ごす未来を考えていた。
いつ彼の口から告げられるだろうと、ビクビクしながら生活するのはもう終わり。
私は最後まで、自分のことしか考えられなかった。
自分から離れて過ごすことを告げられなかったのは、結局は、壊れている彼を捨てた彼女になりたくなかったからで。
本当は、自分の人生を、自分を優先して歩みたかった。
目を背けていたけれど、伊月に振り回される毎日に、確実に疲れてしまっていた。
「離れようか、俺たち」
歩みを止めて、私の手を握りながら伊月は言った。すると、小さな雪がパラパラと降り始めた。それでも、私たちは互いから目が離せない。
「……離れたくない」
考えるよりも先に私の口から出たのは、否定だった。
ほんのさっきまで、伊月の考えに賛同し、私たちはこれで最後で、やっと自分の人生を生きていけるんだと思っていたのに、どうしても口から出るのは、一緒にいたいという強い想い。
「蘭のこと、これ以上縛りたくない。自由に、生きてほしい」
「伊月の隣で、自由に生きたい」
「うん、そうなる予定だったんだよな。俺たち」
「一緒に、いたい」
目の前の彼への想い。
声が思考を追い抜いた。
心臓が、離れたくないと締め付けてくる。
「俺も、一緒にいたいよ。でもさ……」
伊月は、少しだけ目を伏せた。
「このままだと、蘭のこと、ちゃんと見れなくなる気がする」
「……見て、くれてるよ」
「ううん。自分の馬鹿さ加減は、自分が一番分かってる。好きな子にそんな顔させてる時点で、俺もう駄目だ」
「……っ」
「あの日から、蘭がどんな顔してるかも、何考えてるかも、分かってるつもりで、分かってなかった。もう、変わってないふりは、できない」
握られた手に、少しだけ力が入る。
「だから、離れよう」
伊月は私に訴えかけるように話す。
分かってほしいと願っているみたい。
「それは、私のため……?」
「うん。って言いたいところだけど、本音は自分のため。自分が、楽になりたいだけ」
「……っ、私がいない方が、伊月は前に進めるの?」
「……俺はきっと、まだ前には進めない。でも、蘭を縛っていない自分に、男としての自信は取り戻せそうだよ」
雪がさっきよりも強くなってきた。握っていた手を、どちらからともなく、ゆっくりと離す。
「一緒に、いたい」
つい出てしまった癖のような言葉を、私は吐き捨てる。
一緒にいるのが当たり前だった。
支えるのが自然だった。
好きだから、この先もずっと隣にいると信じていた。
面白いことがあると、一番に彼に伝えたかった。
おいしいパン屋を見つけたら、次は一緒に行こうと考えた。
おいしいご飯を食べてほしい。
温かいお風呂に入ってほしい。
伊月が嘘をつかなくても生きていけるような、そんなあたたかい世界になってほしい。
あの事故が起こってしまった日よりも、うんと前から、私はそう願っていた。確かにあの日から、変わってしまった事が沢山ある。
でも、変わらなかった想いも沢山ある。私の愛のカタチは、その変わらなかった想いに詰まっている。
伊月は、私に背中を向けて歩いていった。雪が彼を連れて行くように、足音が遠ざかる。消えかけた後ろ姿に向かって、私は手を伸ばした。
これが、あなたの幸せだとしても、私は貴方と、どうしようもなく一緒にいたい。
たとえこれが、私の不幸だとしても、それでも、変わらなかった想いを、信じていたい。
【終】
伊月は、私の首に自分のマフラーを巻いてくれた。今から彼が何を言うのか、なぜ、再会したあのランニングルートを、走りもせず歩いているのか。彼の考えていることが、憎いくらい伝わってくる。
決して口にはしなかったけれど、あの忘年会の日から彼は、やはり明らかに態度が変わっていて、私よりもより明確に、離れて過ごす未来を考えていた。
いつ彼の口から告げられるだろうと、ビクビクしながら生活するのはもう終わり。
私は最後まで、自分のことしか考えられなかった。
自分から離れて過ごすことを告げられなかったのは、結局は、壊れている彼を捨てた彼女になりたくなかったからで。
本当は、自分の人生を、自分を優先して歩みたかった。
目を背けていたけれど、伊月に振り回される毎日に、確実に疲れてしまっていた。
「離れようか、俺たち」
歩みを止めて、私の手を握りながら伊月は言った。すると、小さな雪がパラパラと降り始めた。それでも、私たちは互いから目が離せない。
「……離れたくない」
考えるよりも先に私の口から出たのは、否定だった。
ほんのさっきまで、伊月の考えに賛同し、私たちはこれで最後で、やっと自分の人生を生きていけるんだと思っていたのに、どうしても口から出るのは、一緒にいたいという強い想い。
「蘭のこと、これ以上縛りたくない。自由に、生きてほしい」
「伊月の隣で、自由に生きたい」
「うん、そうなる予定だったんだよな。俺たち」
「一緒に、いたい」
目の前の彼への想い。
声が思考を追い抜いた。
心臓が、離れたくないと締め付けてくる。
「俺も、一緒にいたいよ。でもさ……」
伊月は、少しだけ目を伏せた。
「このままだと、蘭のこと、ちゃんと見れなくなる気がする」
「……見て、くれてるよ」
「ううん。自分の馬鹿さ加減は、自分が一番分かってる。好きな子にそんな顔させてる時点で、俺もう駄目だ」
「……っ」
「あの日から、蘭がどんな顔してるかも、何考えてるかも、分かってるつもりで、分かってなかった。もう、変わってないふりは、できない」
握られた手に、少しだけ力が入る。
「だから、離れよう」
伊月は私に訴えかけるように話す。
分かってほしいと願っているみたい。
「それは、私のため……?」
「うん。って言いたいところだけど、本音は自分のため。自分が、楽になりたいだけ」
「……っ、私がいない方が、伊月は前に進めるの?」
「……俺はきっと、まだ前には進めない。でも、蘭を縛っていない自分に、男としての自信は取り戻せそうだよ」
雪がさっきよりも強くなってきた。握っていた手を、どちらからともなく、ゆっくりと離す。
「一緒に、いたい」
つい出てしまった癖のような言葉を、私は吐き捨てる。
一緒にいるのが当たり前だった。
支えるのが自然だった。
好きだから、この先もずっと隣にいると信じていた。
面白いことがあると、一番に彼に伝えたかった。
おいしいパン屋を見つけたら、次は一緒に行こうと考えた。
おいしいご飯を食べてほしい。
温かいお風呂に入ってほしい。
伊月が嘘をつかなくても生きていけるような、そんなあたたかい世界になってほしい。
あの事故が起こってしまった日よりも、うんと前から、私はそう願っていた。確かにあの日から、変わってしまった事が沢山ある。
でも、変わらなかった想いも沢山ある。私の愛のカタチは、その変わらなかった想いに詰まっている。
伊月は、私に背中を向けて歩いていった。雪が彼を連れて行くように、足音が遠ざかる。消えかけた後ろ姿に向かって、私は手を伸ばした。
これが、あなたの幸せだとしても、私は貴方と、どうしようもなく一緒にいたい。
たとえこれが、私の不幸だとしても、それでも、変わらなかった想いを、信じていたい。
【終】



