翌朝。窓から差し込む眩しい秋の光で、僕は目を覚ました。
いつの間にかベッドの脇で眠ってしまっていたらしい。慌ててベッドの上を確認すると、そこに純花の姿はなかった。
キッチンのほうから、かすかに包丁がまな板を叩くトントンという小気味よい音が聞こえてくる。
僕は急いでリビングへと向かった。
そこには、昨日とは打って変わって、少し熱が下がってすっきりとした顔をした純花が、エプロン姿でキッチンに立っていた。
「あ、暁、おはよー! よく眠れた?」
彼女はいつも通りの、ひだまりのような眩しい笑顔で僕を振り返った。
僕はホッと胸を撫で下ろしながらも、心配になって彼女に近づき、声をかけた。
「おはよう。体調は大丈夫? 昨日、結構熱あったし、かなりしんどそうだったよね……」
僕が昨日の出来事を口にすると、純花は一瞬だけピタリと動きを止め、それから調理器具を片付けるようにして、スッと横を向いた。
「え? 昨日? あー……なんか頭がぼんやりしてて……全然覚えてないや。ごめんね、私、熱が出ると記憶が飛んじゃうみたいで。……変なこと、言っちゃった?」
彼女は横を向いたまま、少し早口でそう言った。
その横顔を、僕は静かに見つめた。
彼女が本気で照れているとき、あるいは、どうしても恥ずかしい本音を隠したいときに見せる、お決まりの「グラデーション」が、そこにははっきりと現れていた。わずかに赤くなった耳たぶが、朝の光に透けている。
本当に覚えていないのか、それとも、僕の前で泣きじゃくって本音を晒してしまったことが恥ずかしくて、記憶の霧の向こうに隠してしまおうとしているのか。
それは彼女にしか分からないことだったけれど、僕はどちらでも良かった。
「……そうか。大丈夫ならいいんだけど。無理はしないでね」
僕はそれ以上何も聞かず、ただ優しく微笑み返した。
彼女が覚えていると言おうと、覚えていないと言おうと、昨日、僕の胸の中で流した彼女の涙の温もりと、あの小さな泣き声は、間違いなく本物だった。そして、彼女の「弱さ」に触れたことで、僕たちの絆は、これまでとは比べものにならないほど深く、確かにこの部屋の中に根を張ったのだと、確信していたから。
キッチンから漂ってくる温かいスープの匂いを感じながら、僕は新しく始まった秋の朝の光の中で、彼女の背中をただ愛おしそうに見つめ続けていた。
