僕が君を愛した証

 次の日、もも子は高熱を出した。痣も顔から足まで出ていた。
 熱が下がりようやく落ち着いたのは、デートから五日後だった。
 もも子は静かに目を開け、天井をぼーっと眺めた。ものすごく長い夢を見ていたかのようだった。
「もも子、起きた?」
 隣に春菜がいた。 
 目が覚めて初めにしたいと思ったことは、風弥に手紙を書くことだった。
「春菜、お願いがあるんだけど…」
 小さな声で、もも子は春菜に便箋を持って来てもらうように頼んだ。

 数時間後、春菜から便箋をもらい、もも子は力の出ない手で手紙を書き始めた。ペンを持つ右手の甲には新たな痣が出来ていた。
 手紙を書き終えると、春菜にその手紙を渡した。
「お願いがあるの。これ風弥君に渡してほしくて」
「分かった。どう渡せばいい?携帯で連絡取れる?」
「ううん、それがね、風弥君とは手紙でしか繋がってないんだ」
「え?どういうこと?」
 春菜は驚いて目を見開いた。
「手紙をね、駅の壊れたロッカーに入れてるの。なんか、とっても忙しい仕事をしてるみたいで、時間が出来た時にロッカーに取りに来てくれてるんだ。私もそこに入れて返事してるの」
「すごいね!携帯のやり取りじゃないんだね、びっくりした!」
「私も自分でびっくりしてる。初めはね、風弥君が手紙くれたの。すごく紳士的で、かっこいいんだよ」
「お母さんに聞いた。デート、すごく楽しかったんだね。もも子の初彼だもん、きっといい子に決まってるね」
 もも子は楽しそうに話した。春菜もその姿を見てとても嬉しかった。
「私に任せて!ちゃんと入れてくるね」
 もも子は笑顔で頷いた。

 風弥は、デートの次の日朝五時から仕事だった。少し時間が空くと、目をつむり休んだ。ユウタとしてしっかり仕事はして、目を閉じた時にはデートを思い出した。今までで一番やる気が溢れていた。
 一週間経って、やっと手紙が出せる時間が出来た。
 風弥は期待してロッカーを開けたが、手紙は入っていなかった。残念だった。書いた手紙をロッカーに入れ、帰ろうとした。
「すみません、風弥さんですか?」
 女の子の声が聞こえた。風弥は振り向いた。
 一人の女の子が立っていた。
「あの…風弥さん…ですか?」
 女の子は恐る恐る聞いている感じだった。
「どちら様ですか?」
「私、桜井もも子の姉の、春菜です」
 そういうと、春菜は深々とお辞儀した。風弥は驚いた。
「え?もも子さんの?」
「はい、姉です」
 なんとなくもも子に似ているような気がした。
「初めまして。桃瀬風弥です」
 風弥もお辞儀をした。
「あの、どうして僕が分かったんですか?」
「あ、すみません。実はもも子に聞いています。それで、もも子…ちょっと事情があって手紙を出せなくて、私が代わりに来たんです。そしたらちょうどロッカーに手紙を入れているあなたを見て、もしかしたらと思って…」
 風弥は表情が和らぎ、ニコッと笑った。春菜は少し驚いているように見えた。
「あ、これ」
 春菜は風弥に手紙を渡した。風弥はロッカーに入れた自分の手紙を取り出し、春菜に渡した。
「もも子さんに渡してもらえますか?」
「はい、分かりました」
 春菜は手紙を受け取った。そして、少し緊張しながら風弥の顔を見て口を開いた。
「あの、ユウタさん…ですよね?」
 風弥はヤバい!というような顔をした。
「もも子さんには言わないで」
「え?」
 風弥は静かに話した。
「もも子さんは、多分僕がハッシュのユウタだって知らないんだ。お願いします、もも子さんには言わないでください」
 風弥は真剣な表情でお願いした。その様子を見て、春菜は気持ちを落ち着かせて頷いた。
「分かりました!言いません!もも子、全然アイドルとか見ないから、絶対気づいてないと思います。でも、びっくりした!まさか風弥君がユウタだなんて」
 春菜は少し興奮した様子だった。
「あの…もも子さん、忙しいんですか?」
 春菜は風弥から視線を外し、少し言いづらそうな雰囲気を出した。
「あー、うん、テスト期間中で」
「そっか。じゃ、手紙をお願いします」
 風弥はもう一度深くお辞儀をして、外で待っている車の方へ向かった。
 風弥は佐々木が運転する車の後ろ座席に乗ると、待ちきれず手紙をすぐに開けた。もも子の可愛い字が書いてあった。

『風弥君へ

 元気にしてるかな?
 私は元気です。
 遊園地、楽しかったね。あれからずっと思い出してるよ。
 風弥君との大切な一日が、私の中で大きく膨らんで、今は思い出して幸せな気分になってるよ。
 とっても素敵な一日だった。生きてて良かったって思った。本当にありがとう。
 なんか、現実に戻ると少し寂しいな。
 また風弥君に会いたいな。デートしたいな。手つなぎたいな。いっぱいおしゃべりしたいな。一緒に歩きたいな。
 一緒に美味しいもの食べたいな。一緒にいろんなことを体験したいな。
 わがまま言ったら罰が当たっちゃうね。
 風弥君、体に気を付けてね。無理はしないでね。私はずっと、風弥君を応援してるよ。
 また、手紙書くね。

 P.S しばらく駅に行けなさそうなので、お姉ちゃんに手紙をお願いしました。
 風弥君の彼女、桜井もも子より』

 風弥は思わず笑顔がこぼれた。その様子をバックミラーで見た佐々木が、微笑んで話しかけた。
「なにかいいことでもあった?」
 自分が笑っていたことに、少し恥ずかしくなって慌てた。
「いや、別に…」
 風弥は顔が熱くなってるのを感じて、窓を少し開けて風を感じた。

「もも子、具合はどう?」
 春菜がもも子の部屋に笑顔で入ってきた。
「うん、大丈夫だよ」
 春菜はベッドの横の椅子に座り、カバンの中に手を伸ばした。
「じゃーん!」
 風弥からの手紙をもも子に見せた。
「え?」
 もも子は驚いた。
「風弥君から預かったよ。はい」
 もも子は嬉しそうに手紙を受け取った。
 黄色の封筒にの真ん中に、『もも子ちゃんへ』と書いてあった。とても嬉しくて胸がドキドキした。
「私ジュース買ってくるから、ゆっくり読んでて」
 春菜が気を遣い、部屋を出て行った。
 もも子は手紙をゆっくりと開いた。風弥は黄色が似合うな、とニコッと笑った。

『もも子ちゃんへ

 元気かな?体調は大丈夫?
 空を見て、授業さぼってるかな?
 手紙、久しぶりになってしまってごめんね。
 デート、すごく楽しかった。本当にありがとう。
 僕にとっては本当に最高の一日で、一生の宝物にするよ。
 毎日プリクラを見て思い出してるよ。
 もも子ちゃん、僕の彼女になってくれてありがとう。
 本当に嬉しくて、僕はもも子ちゃんに会う為に、いろんな事を頑張れそうだよ。
 早くもも子ちゃんに会いたいな。
 もし可能なら、木曜の夜九時に駅で待ってるね。もし、会えたら嬉しい。

 もも子ちゃんの彼氏、風弥より』

 もも子は何度も読み返した。
 初めてのデートで、初めての遊園地。初めて手を繋ぎ、初めての観覧車。初めてのキス。
 全てが最高の思い出だった。
「もも子、読み終わったかな?」
 春菜がオレンジジュースのペットボトルを二本持って、部屋に入ってきた。
「うん、読んだよ」
 春菜はもも子にジュースを渡して、椅子に座った。
「ありがとう」
 もも子はジュースを両手で持った。いつもより重く感じた。
「あ」
 もも子は手紙の内容を思い出した。もも子はもう一度手紙を確認した。
「春菜、今日は何曜日?」
 もも子は少し慌てて聞いた。
「今日は水曜日だよ。なんで?」
 春菜が不思議そうに尋ねる。
「どうしよう。風弥君、明日会おうって!駅で待ってるって!」
 もも子はまんまるの目になっていた。
「明日?うーん、どうしようかな…まだ退院できないし」
「そうだよね…無理だよね」
 もも子は肩を落としてがっかりした。泣きそうな顔で手紙を見つめた。
 そんな様子を見た春菜が、何か思いついたように頷いて提案した。
「もも子、病院を抜け出そう!」
「えっ?」
「こっそり抜け出して行こう!」
「え?そんなこと出来るかな?」
「風弥君に会いたいんでしょ?」
「うん!」
 もも子はニコニコして返事した。
「大丈夫、きっと会える。うまくいくよ」
 春菜がもも子の手をぎゅっと握って頷いた。
 もも子は明日が楽しみになった。