僕が君を愛した証

 もも子は三日間入院して、一旦帰ることになった。
 部屋に入ると、風弥からの手紙が机の上に置きっぱなしになっていた。
 三日も入院していたので、手紙がどうなったか気になった。見に行ってみようと思い立ち、急いで駅へ向かった。もう夕焼けになっていた。
 駅まで着くと、もも子は人を避けながらロッカーに向かった。一息ついて、心を落ち着かせた。手紙があったら嬉しなと思いながら、ロッカーを開けた。
 すると、黄色い封筒が入っていた。
 もも子は嬉しくなり、ロッカーの前のベンチに座って読むことにした。

『もも子さんへ
 
 お手紙ありがとう。
 イチゴが元気で良かったです。
 君に助けられて、イチゴは幸せだと思います。
 僕は移動中に外の景色を見ることが好きです。
 もも子さんは、楽しい学生生活を過ごしていますか?
 僕はあまり学校に行けていないので、学生生活が羨ましいです。
 僕はしばらく日本を離れなければいけなくなりました。
 なので、しばらく手紙は書けません。
 また帰国したら手紙を入れに来ます。
 いつか、君と話したいな。
 元気で過ごしてください。

 桃瀬風弥』

 手紙を読み終わると、心が温かくなった。一度しか会ったことがなく、顔もはっきり見ていないけど、こんなトキメキは初めてだった。
 海外に行くなんて、どんな生活を送っているんだろう。もも子はさらに興味を持った。

 検査から一週間後、母は結果を聞きに病院に行った。
「どうぞ、おかけください」
 赤木先生の表情で、母は嫌な予感がした。
「もも子さんの検査結果ですが…」
「はい…」
「今までに前例がない症状です。痣も気になりますが、もも子さんの貧血は深刻です」
 母は何を言われているか分からなかった。
「どういうことですか?」
「前回お出しした薬は飲んでいると思いますが、これから点滴も必要になります。治るかもしれないし、治らないかもしれない。いつひどくなるのか、良くなるのかも分からない。それが今私たちが出した結論です」
 母は言葉が出なかった。気が動転していた。もも子に信じられないことが起こっている事実をまだ受け入れられなかった。

退院してからのもも子はとても元気な様子だった。しかし、痣は全身に毎日出来ては消えていた。
 風弥からの手紙は一週間経ったが、来なかった。普通なら携帯電話でやり取りできて、すぐに連絡出来るのに、手紙は少しもどかしかった。
 高校生で海外に行くなんて、何をしているんだろう。手紙で聞けばいいけれど、なんとなく聞いてほしくないのかなとも思っていた。風弥のことを考える時間も楽しかった。高校生活でやっと楽しい時間が過ごせている気がした。
 もも子は手紙を何枚か書いていた。自分の高校生活がつまらないこと、みんなが好きなアイドル話についていけていないこと、自分の将来に悩んでいること。こんな風に人に自分を知ってもらいたいと思えたのは人生で初めてのことだった。そして、人を知りたいと思ったのも初めてだった。
 手紙が一週間で三枚書き終わり、駅のロッカーに入れに行った。
「会ってみたいな…」
 駅前のベンチに座り、暗くなる空を見上げていた。
 駅の時計が夜七時を指していた。そろそろ帰ろうかなと、重い腰を上げた時だった。

 バタンッ!

 ロッカーが閉じる音がした。もも子はハッとして、急いで駅のロッカーに向かった。もしかしたらと期待が高まった。
 ロッカーに近づくと、一人の黒い帽子を被ったジャージ姿の男性が立っていた。手を見ると、もも子の手紙を持っていた。もも子は驚いて声をかけた。
「風弥くん?」
 男性は驚いたようにもも子を見た。
 二人は目が合い、男性も驚いているようだった。もも子は男性が風弥だと確信した。
「こんばんは」
 もも子は、ニコっと笑った。
 風弥は驚いていたが、ふと優しい顔になり微笑んだ。
「こんばんは、もも子さん」
 風弥の声は少し低音で、とても優しかった。透明感のある王子様のような感じだった。やっと会えた喜びもあり、今までにないくらい心が弾んでいた。風弥の顔を、緊張しながら見つめた。目が合っている時間が、まるで止まっているかのように感じた。世界には二人しかいないような感覚になった。
「もも子さん、手紙ありがとう。こんなに書いてくれたんだね」
 風弥の手には、もも子が入れた手紙が三枚握られていた。もも子は少し恥ずかしくなった。
「いろいろ書いていたら、いっぱいになってしまって」
 もも子は少し恥ずかしかった。
「僕も書いたんです。読んでもらえますか?」
 風弥はロッカーに閉まった手紙を取り出し、もも子の前にそっと差し出した。そして、ニコっともも子を優しく見つめた。もも子は爽やかな風弥の顔に、見惚れてしまった。
「そろそろ行くよー」
 風弥の後ろから、男性が呼んでいる声がした。
「はい、今行きます!」
 風弥は声のする方に振り向き返事した。
 もう一度風弥はもも子に手紙を近づけた。もも子が手紙を受け取った時、少しだけ指先が触れた。もも子はドキッとした。
 風弥はもも子の顔をじっと見て、優しい声で言った。
「会えて良かった。また会おうね、もも子さん」
「うん。また会いたい。風弥くん」
 風弥はクシャッとした顔で笑い、後ろを向いて去っていった。もも子は風弥の背中をじっと見つめていた。
 風弥に会えたことが嬉しかった。話したことが嬉しかった。顔を見れたことが嬉しかった。また会おうと言われたことが嬉しかった。手紙をもらったことが嬉しかった。指が触れ合ったことが嬉しかった。
 一瞬の出来事だった。
 もも子は、風弥に恋をしていた。