僕が君を愛した証

 ハッシュはライブ期間に入り、多忙な日々だった。東京は五千人が入る会場だった。
 ライブの日、佐々木が風弥に耳打ちをした。
「ユウタ、後ろの席のファンまで、しっかり見るんだぞ」
「はい」
 いつもそんなこと言わない佐々木の言葉に、少しだけ不思議に思った。
 ライブが始まり、歓声で会場が揺れているようだった。五色のペンライトが輝き、ステージからは本当に綺麗な眺めで、毎回五人は感動していた。
 終盤に差し掛かり、バラードの曲を五人で静かに歌い上げる。ファンの一人一人を見渡し、心を込めて歌った。
 風弥は一番遠くの席を見た。その時、車椅子に座った女の子が目に入った。なんとなく、もも子に似ている気がした。まさかもも子が来るはずがない。見間違えだろうと思った。会場全体を見て、やっぱり気になってもう一度さっきの所に目をやった。そこには車椅子の子はいなかった。やっぱり気のせいか…。風弥はもう一度集中して歌った。
 ライブが終わり、五人はスタッフにハイタッチをして歩く。みんなテンションが高くなっていた。風弥も気持ちが良かった。
「ユウタ!」
 佐々木が慌てた様子で風弥に走って近づいてきた。
 風弥の腕をつかみ、「早く来て!」と引っ張った。
 風弥は訳も分からずに、佐々木が運転する車の助手席に座った。
「佐々木さん、何かあったんですか?」
 佐々木は必死な顔で運転していた。今まで見たことない表情だった。
「ユウタ、もも子ちゃんが危篤だ。さっき、病院に運ばれた」
「え?どういうことですか?」
 風弥はパニックになった。
「春菜さんから連絡がきた。もしかしたら、もう会えないかもって」
「えっ?意味が分からないです!どういうことですか?」
「もも子ちゃん、病気だったらしい。実は昨日、事務所に春菜さんから電話がきて、ユウタのライブをもも子ちゃんが見たいって言ってるってお願いされて」
「なんで?僕がハッシュだって知らないはず」
「薄々分かってたみたい。でも、ユウタだってことを風弥は知られたくないだろうから、最後に内緒で見に来たいって」
「最後?それどういう意味?!」
 風弥は体が震えてきた。
「もも子ちゃんの容態が悪くなって、自分が長くないことを知ったらしい。風弥がユウタでいる姿を見たいって。それがもも子ちゃんの最後の願いだった」
「そんな…」
 風弥の目には、涙が溢れていた。ギュっとにぎった両手は、ブルブルと震えていた。
「僕は…なにも…知らなかった…」
 風弥は自分が許せなかった。もも子に時々痣ができていたこと、痩せたと感じたこと、気づく要素は何個もあったのに、もも子に会えるだけで幸せで、もも子の体調まで気がまわっていなかった。どうしてもっと気を遣ってやれなかったのか、どうしてもっともも子について聞かなかったのか、後悔が押し寄せてきた。
「ユウタ、自分を責めるな。仕方のないことだ…」
「そんな…僕は…彼女の気持ちも知らずに…」
 何度も何度ももも子の笑顔が蘇る。風弥の顔はぐしゃぐしゃになっていた。
 病院に着くと車から飛び出し、もも子がいる部屋に走っていった。
 止まっているエスカレーターを駆け上がり、もも子がいる部屋のドアを急いで開けた。

 もも子が目を瞑って横になっていた。
 家族がもも子を囲み、泣き崩れていた。風弥は悟った。間に合わなかったと…。
 一歩一歩、ゆっくりもも子に近づく。
「風弥くん…」
 春菜が風弥に気づく。父と母も風弥を見る。風弥の顔は涙でいっぱいになっていた。風弥は、もも子の横で立ち止まった。
「風弥くん、もも子の顔、…見てあげて」
 母が泣きながら風弥に場所を譲った。
 風弥は膝を床につき、もも子の顔に近づく。痣もない綺麗な顔で、まるでただ眠っているかのようだった。風弥は震える手で、もも子の頬を優しく触る。まだぬくもりがあった。まだ生きているようだった。
「もも子…ちゃん。会いに…きたよ」
 風弥は声を振り絞った。
「ね、もも子…ちゃん。起きて…まだ…水族館…行ってないよ」
 風弥の涙がボタボタと布団に落ちる。みんながよりいっそう泣いていた。
「もも子ちゃん…もも子ちゃん…ね、起きて」
 風弥は優しくもも子を呼んだ。もも子は笑っているような表情だった。もも子の手を見ると、風弥と2人で撮ったプリクラが張ってある携帯を握りしめていた。風弥はもも子を両手で抱きしめ、今までにない大声で泣き崩れた。自分の大切な人を守れなかった。悲しくて辛くて、風弥は壊れていった。
 病院は悲しい声が響いていた。