僕が君を愛した証

「僕と文通してくれませんか?」
それは、生まれて初めて見る言葉だった。

 高校二年の春、桜井もも子はいつも通り午後7時5分に星陵駅に着く電車で帰宅していた。桜の木も緑で生い茂り、心地よい風が吹いていた。
 もも子が電車を降り改札を出て、ふと暗くなった空を見上げた時だった。
 トントン、と肩を叩かれた。
 振り向くと、少し茶髪で前髪は目が隠れるくらい長く、黒縁眼鏡をかけた男の子が立ったいた。紺野ブレザーに赤いネクタイ、グレーのチェックのズボンの制服だった。振り向いたもも子に、手紙をすっと渡してきた。
「あとで、読んで」
 目の前に渡された手紙を、もも子は驚きながらも手に取った。そして、男の子は慌てて去っていった。
 もも子は、不思議に手紙を見つめた。それは黄色の封筒だった。もう一度男の子の姿を見ようと顔を上げた時には、もう姿が見えなかった。
 
 帰宅し二階の自分の部屋に入ると、椅子に座りカバンから手紙を取り出した。
 開けてみると、黄色の便箋が一枚出てきた。
 二つに折られた便箋を広げ、読んでみる。

『はじめまして。
 僕は、桃瀬 風弥といいます。
 君にお願いがあって手紙を書きました。
 僕と文通してくれませんか?
 もし、してくれるなら
 駅のコインロッカーの一番左の上から三番目に手紙を入れて下さい。』

 綺麗な文字で書かれている手紙は、とてもシンプルだった。
 桃瀬風弥。聞いたことのない名前だった。顔も見覚えがない。見たことないデザインの制服だった。
 手紙を机の上に置き、少し考えることにした。

 夕飯はいつも家族そろって食べる。一つ上の姉、春菜は優秀だ。父は会社員。真面目で母のことが大好きで、時々喧嘩もあるけれど仲はとても良い。
 「ごちそうさまでした」
 もも子はあまりお腹が空いていなかった。
 席を立とうとした時、一瞬ふらついて右腰をテーブルにガン!とぶつけてしまった。
「いたっ…」
 もも子は両手で右腰を抑えた。
「大丈夫?」
 母がもも子の体を支えた。
「ありがとう。痣になったかな?」
「ニャー」
 足元に猫のイチゴが心配そうに寄ってきて、もも子の足首あたりをスリスリし始めた。
「イチゴありがとう。心配してくれるの?よしよし」
 もも子はしゃがんでイチゴの背中を撫でた。イチゴは、雨の中独りぼっちで駅にいた猫で、もも子が連れて帰ってきた。真っ白の毛並みの良い背中に、黒縁の模様が一か所だけあり、その模様がイチゴに似ていたので『イチゴ』という名前になった。 
「最近、痣が多いんだよね。ぶつけてないし痛くもないんだけど」
「もも子は少しぼーっとしてるから、お母さん心配だわ」
 母がしゃがんでいるもも子の頭を優しく撫でる。
「気を付けるんだぞ。傷が残ったら心配だ」
 父も心配になってもも子を見る。
「はーい」
 もも子は軽い返事をして、イチゴを抱っこして二階の自分の部屋に向かった。
 部屋に戻ると椅子に座わり、もう一度手紙を見た。イチゴはもも子の太ももの上に座ってリラックスしていた。
 文通なんて今時珍しい。携帯電話はないのだろうか。
「イチゴ、返事書いた方がいいかな?」
 イチゴを両手で持ち上げ、顔を近づけて話した。
「ニャー」
 イチゴは笑っているようだった。
「書いてみるか」
 もも子はイチゴをそっと床の上に置き、机の引き出しを開けて便箋を探してみた。黄色のひまわりの柄が散りばめられている白い便箋を見つけた。少し考えた後ゆっくりと書き始めた。
『はじめまして。
 私は桜井もも子です。
 どうして私と文通したいのですか?あなたは誰ですか?』
 三行書いたところで、他に書くことが思いつかなかった。でも、これで返信が来たら面白いかも、と少し前向きだった。

 次の日の帰り道、もも子は改札を出るとロッカーを探した。毎日通っているのに、ロッカーなんて気にしたことがなかった。
 右側の切符売り場の奥に、目立たなく存在していたロッカーがあった。見てみると、何か所かは壊れているようだった。
 一番左の上から三番目。ゆっくりと目を向けると、『使用禁止』の張り紙が張られていた。
 そっと開けてみると、鍵は壊れていてドアが開いた。
 カバンから封筒を取り出しロッカーに入れた。本当に合っているのか分からなかったが、届かなくてもいいやと気軽な感じで思っていた。