才能、才能、才能。世の中みんな、“才能”だ。
俺の幼馴染、仲田陸は、よく勉強を頑張る方だった。だけど毎回あいつの上には必ず人がいて、そういうやつに限っていつも余裕綽々という風をしていた。
嫌なもんだ。どんなに努力をしても、当たり前のように“才能”でそれを越していくやつが必ずいる。が、しかし一番嫌なのは、俺みたいな何もしない傍観者のくせして才能をひがむやつだ。
運動、勉強、芸術。このいずれかでもいいから、頭一つ飛び出したやつは周りにいないか?
進学校に入学したからには、少なからずいるもんだとわかっていた。学校のパンフレットなんかで、賞状を両手にしてにかっと笑う誰かの写真もよく見ていたし。そんなところに行くのなら、自分もそれなりにすごいやつだとも思った。
でも実際に目の当たりにすると、その大きな才能に嫉妬した。全く興味のない分野の大会で優勝して壇上で賞状を受け取る誰かに拍手をしながら、「俺もああなりたい。活躍して、注目されて、憧れられるようになりたい。」と心の中で叫んだ。
馬鹿みたいな話だけど、俺は才能とか、頑張りたいものとかがなかったから、見境なく他人を羨んだ。俺にも才能があったらいいのにって考えるけれど、実際、才能というのは望んで出てくるものじゃないし、そのうえ努力もしないとなれば、誰に勝ることもできない。わかっちゃいる。けれども、どうも卑屈になって小さく縮こまっていってしまう自分がある。
きっと陸ならこうならない。努力できる賢明な人ほど、才能のあるやつとの差に打ちひしがれて嫉妬する気も失せるのではないか。或いは反対に、俺なんかよりもずっともっと、深く根強く嫉妬して、その感情を糧に伸びるかもしれない。
俺には無理だ、何もかも。やっぱり、陸はすごいな。
「見ろよあれ、万年二位の仲田クンじゃ〜ん。」
くす、くす、くす。隠す気もなく嘲り笑う、不良どもの声。もちろん、そいつらの嘲笑の向かう先は、俺と並んで学食を食っている陸だ。戸惑った「えっ、えっ」という声もあったが、頭に血の上った俺には聞こえなかった。
俺は音を立てて椅子から立ち上がり、そいつらの前へつかつかと歩いていった。
「あ? 何? オトモダチ馬鹿にされて腹が立ったから来ました、ってか。」
ぎゃはははは。醜い顔にさらにシワを寄せ、到底目の当てられない。声は、比べれば、豚の鳴き声ですら小鳥の囀りかと錯覚してしまいそうなほどに下品なものだ。ああ、これ以上に憎たらしいものが果たしてあるだろうか。俺の中でぷつんと音がし、と同時かそれよりも早く、俺の拳が一人の不良のみぞおちへとび込んだ。そいつはゔっと鈍く唸り、二、三歩後ずさるとその場にへたり込んだ。
「与巳!」
陸の声に、俺は正気を取り戻した。そして、現状に目をやる。……なんてことだ、またやってしまった。小学生以来、抑えられていたのに。
俺、風間与巳は短気だ。特に、友達を嗤うやつなんかには、はらわたが煮えくり返るどころか溶け出てしまいそうなくらいに怒りを覚える。と、言うとまるで友達想いのいいやつかのように聞こえるかもしれないが、決してそんなことはない。むしろ、自分が理由で暴力を振るうやつが周りにいたら、迷惑の極みだろう。
でも、一度表に出た怒りは簡単には消えなかった。俺はぎろりとそいつらを睨め付ける。
あれ、あいつは……。ふと、不思議な人物を見つける。不良どもの何歩か後ろに、学食のトレーを両手で持った灰谷和馬がいる。陸がずっと勝てずにいる、天才サマ。
もしかしたら、あいつもかもしれない。あいつも、陸を嗤ったかもしれない。ここにいたからには、たとえ俺がそう思っても何もおかしなことなんてない。だが、俺はそう思わなかった。
「与巳、やめろ、先生が来たら面倒だろ。」
陸の声に、俺は半分正気を取り戻した。しかし、一度あふれた怒りをそう簡単に消すことはできなかった。最後にぎろんと睨めつけ、それから回れ右して席に着いた。
陸に宥められつつ、俺は特製肉うどんをかきこんだ。ああ、一番の被害者は陸であるはずなのに、その陸に宥められるとは、なんということだろう。情けない、情けない。
口を薄く開き、噛み合わせた上下の前歯の背中に舌を押し付ける。
「……チッ」
ところで、俺は最近、厄介なのに絡まれている。あのときの不良どもじゃない、まさかの灰谷和馬だ。
「あ、いたいた。探したよ。」
そう爽やかに言いながら、灰谷和馬は今日も俺のオアシスへずかずかと入り込んでくる。これで何度目か、そろそろ俺の穴場のレパートリーが尽きてしまいそうだ。そしてわざわざ探し回ったうえ、人気のない場所でひっそりと昼食中の俺への用事は、
「あれ以来、大丈夫? あのときの人たちに絡まれていない?」
たったこれを訊くことだけだ。
お前です! 思いっきり言ってやりたい。「あのときの人たち」ならお前もあのときいたから、一番厄介で面倒に絡んでくるのは灰谷和馬、お前だ。
「お生憎、何もされてなんていない。上級生に怖気付いてんだろ、所詮はボウヤだから。」
はんっと笑う、灰谷和馬への嫌味も込みで。だが、気付かない。これが灰谷和馬だ。大人しそうに両の指をきゅっと絡ませ、「何もないならよかった」とはにかんで見せた。文頭に「?」が入っていたように思う。
「じゃあ」
短くそれだけ言い、灰谷和馬は俺に背を向けた。毎日こうやって来て、それだけ訊くと自分の昼食へと帰って行く。もはやルーティーンみたいになりつつある。
だが不意に、言ってみてやりたいと思った。
「ここで食わねえ?」
ただなんとなく、俺を気にかけてやって来て、確認が終わればすぐに戻って飯を食うなんて、味気ない気がしてしまっただけだ。あいつが勝手に始めたことだから、俺がこんなことを言うのは妙かもしれないが。
言ってから恥ずかしくなってくる。これじゃまるで俺が、灰谷和馬は俺と一緒に食べたいと思っているみたいな言い方だ。自意識過剰だと思われてしまわないか。或いは、俺があいつと一緒に食べたいと思っているように受け取られてしまわないか。
だがそんなのは全部杞憂で、あいつはなんだか嬉しそうに頬を赤らめて、まっすぐに頷いた。
「うんっ!」
その声が幼っぽくて、愛らしく思ってしまった。俺はそんな自分の正気を疑った。ずっと意味もなく嫉妬していた相手をそんな風に思うだなんて、きっと疲れている。
その日はもう往復して昼食を取れるだけの時間なかったので、明日からにすることにした。灰谷和馬の方が俺を教室まで呼びに来てくれるそうだ。
毎日やって来て鬱陶しく思っていた。けれど、案外そうでもないかもしれない。……まだわからないが!
「にしても、屋上の鍵なんてよく手に入ったな。」
俺の言葉に、灰谷和馬は得意げに笑った。
「俺の親戚が、この学校の教員なんだ。ほら、風間の担任の。」
「三ノ輪先生?」
灰谷和馬はこくんと頷いた。ならこの鍵は三ノ輪先生のおかげであってお前が誇ることではないだろ、という野暮なことは言わず、笑い返す。確かに三ノ輪先生は自己紹介で親戚がいると言っていた気がする。それと、恋バナが好きだと言っていたことが印象的だ。
見上げると、空が青い。ところどころで塊になった雲が、青に模様を付けているみたいだ。通り過ぎて行く風が心地良くて、目を閉じて吸い込む。鼻を通り、胸を通り、腹にすとんと落ちて行く感じ。
「気に入ってくれた?」
「うん」
灰谷和馬が微笑みながら尋ねてくるので、俺は大きく首を縦に振った。すると、あいつは俺を見て下瞼をきゅっと上げ、覗き込んできた。俺と目が合うとくすっと小さく笑った。
「素直にそう言ってもらえて嬉しい。」
灰谷和馬はそう言うと、姿勢を戻して弁当に向き合った。俺も黙って弁当へ箸を伸ばす。……間を置いて、俺はあいつの言葉にはっとした。
今まで俺が抱いていたあいつへの反抗意識が気付かれていたのか。のほほんとした顔をして、案外鋭いものだ。いや、もしかしたら俺が逃げ回っていたから、単純に嫌われていると思っていたのかもしれない。あいつは、そっちの方がしっくりくる。
そして何より、素直な反応を見せてしまった自分が恥ずかしい。とてもはしゃいでいたから、幼稚に思われていないだろうか。
俺はそっと横目で灰谷和馬を見やった。するとなぜか目が合ってしまった。慌てて、あからさまにそっぽを向く。
「風間?」
もちろん、あいつには気付かれている。気まずいことこの上ない。俺はどう反応するか迷った後、ぶっきらぼうに返した。
「……何」
返事がない。恐る恐る、あいつの方をもう一度見る。するとどうだろう、あいつは笑っていた。口元に手を当て、肩を振るわせ、押し殺すようにして。定期的に漏れる色っぽい吐息と、ハの字に歪んだ柳形の眉が、俺には酷く美しく思えた。
「やっぱ……」
思わず、声が漏れる。
「ん?」
「やっぱ、変なのな。」
「え。」
灰谷和馬はそりゃないってくらいに情けない顔をして驚いていた。口に運んでいた米を落っことしそうになってもいた。堪えきれず、俺は吹き出した。当然だが、何が何だかわからないあいつは、唖然と俺を見て、箸を止めた。
「やっぱさ、お前、抜けてるよな。」
未開封のペットボトルに手を伸ばし、キャップを捻る。パキッという心地良い音と、同時にする詰まるような感覚。コマでも回すみたいにキャップを回し、左手に小さなそのパーツを預けて、俺は水を煽った。今までにないくらい、青空が近い。登山は頂上まで行ったことがなかったから。
爽快、と言うのはあまりに端的だが、それでも言い知れない快感が俺を支配した。
「風間?」
全部が全部“はてな”な灰谷和馬は、おろおろしつつも俺に尋ねた。
「何、どういうこと? 一人で完結しないで。」
小動物が縋るみたいに、あいつはさみしそうに俺を見た。
ははっ。どうしようもなく、笑いが溢れて出てしまう。
「お前、いいやつだなって。」
灰谷和馬はやっぱりぽかんとした。それでも、むず痒そうに身をよじって、真似するみたいにははっと笑った。
俺の幼馴染、仲田陸は、よく勉強を頑張る方だった。だけど毎回あいつの上には必ず人がいて、そういうやつに限っていつも余裕綽々という風をしていた。
嫌なもんだ。どんなに努力をしても、当たり前のように“才能”でそれを越していくやつが必ずいる。が、しかし一番嫌なのは、俺みたいな何もしない傍観者のくせして才能をひがむやつだ。
運動、勉強、芸術。このいずれかでもいいから、頭一つ飛び出したやつは周りにいないか?
進学校に入学したからには、少なからずいるもんだとわかっていた。学校のパンフレットなんかで、賞状を両手にしてにかっと笑う誰かの写真もよく見ていたし。そんなところに行くのなら、自分もそれなりにすごいやつだとも思った。
でも実際に目の当たりにすると、その大きな才能に嫉妬した。全く興味のない分野の大会で優勝して壇上で賞状を受け取る誰かに拍手をしながら、「俺もああなりたい。活躍して、注目されて、憧れられるようになりたい。」と心の中で叫んだ。
馬鹿みたいな話だけど、俺は才能とか、頑張りたいものとかがなかったから、見境なく他人を羨んだ。俺にも才能があったらいいのにって考えるけれど、実際、才能というのは望んで出てくるものじゃないし、そのうえ努力もしないとなれば、誰に勝ることもできない。わかっちゃいる。けれども、どうも卑屈になって小さく縮こまっていってしまう自分がある。
きっと陸ならこうならない。努力できる賢明な人ほど、才能のあるやつとの差に打ちひしがれて嫉妬する気も失せるのではないか。或いは反対に、俺なんかよりもずっともっと、深く根強く嫉妬して、その感情を糧に伸びるかもしれない。
俺には無理だ、何もかも。やっぱり、陸はすごいな。
「見ろよあれ、万年二位の仲田クンじゃ〜ん。」
くす、くす、くす。隠す気もなく嘲り笑う、不良どもの声。もちろん、そいつらの嘲笑の向かう先は、俺と並んで学食を食っている陸だ。戸惑った「えっ、えっ」という声もあったが、頭に血の上った俺には聞こえなかった。
俺は音を立てて椅子から立ち上がり、そいつらの前へつかつかと歩いていった。
「あ? 何? オトモダチ馬鹿にされて腹が立ったから来ました、ってか。」
ぎゃはははは。醜い顔にさらにシワを寄せ、到底目の当てられない。声は、比べれば、豚の鳴き声ですら小鳥の囀りかと錯覚してしまいそうなほどに下品なものだ。ああ、これ以上に憎たらしいものが果たしてあるだろうか。俺の中でぷつんと音がし、と同時かそれよりも早く、俺の拳が一人の不良のみぞおちへとび込んだ。そいつはゔっと鈍く唸り、二、三歩後ずさるとその場にへたり込んだ。
「与巳!」
陸の声に、俺は正気を取り戻した。そして、現状に目をやる。……なんてことだ、またやってしまった。小学生以来、抑えられていたのに。
俺、風間与巳は短気だ。特に、友達を嗤うやつなんかには、はらわたが煮えくり返るどころか溶け出てしまいそうなくらいに怒りを覚える。と、言うとまるで友達想いのいいやつかのように聞こえるかもしれないが、決してそんなことはない。むしろ、自分が理由で暴力を振るうやつが周りにいたら、迷惑の極みだろう。
でも、一度表に出た怒りは簡単には消えなかった。俺はぎろりとそいつらを睨め付ける。
あれ、あいつは……。ふと、不思議な人物を見つける。不良どもの何歩か後ろに、学食のトレーを両手で持った灰谷和馬がいる。陸がずっと勝てずにいる、天才サマ。
もしかしたら、あいつもかもしれない。あいつも、陸を嗤ったかもしれない。ここにいたからには、たとえ俺がそう思っても何もおかしなことなんてない。だが、俺はそう思わなかった。
「与巳、やめろ、先生が来たら面倒だろ。」
陸の声に、俺は半分正気を取り戻した。しかし、一度あふれた怒りをそう簡単に消すことはできなかった。最後にぎろんと睨めつけ、それから回れ右して席に着いた。
陸に宥められつつ、俺は特製肉うどんをかきこんだ。ああ、一番の被害者は陸であるはずなのに、その陸に宥められるとは、なんということだろう。情けない、情けない。
口を薄く開き、噛み合わせた上下の前歯の背中に舌を押し付ける。
「……チッ」
ところで、俺は最近、厄介なのに絡まれている。あのときの不良どもじゃない、まさかの灰谷和馬だ。
「あ、いたいた。探したよ。」
そう爽やかに言いながら、灰谷和馬は今日も俺のオアシスへずかずかと入り込んでくる。これで何度目か、そろそろ俺の穴場のレパートリーが尽きてしまいそうだ。そしてわざわざ探し回ったうえ、人気のない場所でひっそりと昼食中の俺への用事は、
「あれ以来、大丈夫? あのときの人たちに絡まれていない?」
たったこれを訊くことだけだ。
お前です! 思いっきり言ってやりたい。「あのときの人たち」ならお前もあのときいたから、一番厄介で面倒に絡んでくるのは灰谷和馬、お前だ。
「お生憎、何もされてなんていない。上級生に怖気付いてんだろ、所詮はボウヤだから。」
はんっと笑う、灰谷和馬への嫌味も込みで。だが、気付かない。これが灰谷和馬だ。大人しそうに両の指をきゅっと絡ませ、「何もないならよかった」とはにかんで見せた。文頭に「?」が入っていたように思う。
「じゃあ」
短くそれだけ言い、灰谷和馬は俺に背を向けた。毎日こうやって来て、それだけ訊くと自分の昼食へと帰って行く。もはやルーティーンみたいになりつつある。
だが不意に、言ってみてやりたいと思った。
「ここで食わねえ?」
ただなんとなく、俺を気にかけてやって来て、確認が終わればすぐに戻って飯を食うなんて、味気ない気がしてしまっただけだ。あいつが勝手に始めたことだから、俺がこんなことを言うのは妙かもしれないが。
言ってから恥ずかしくなってくる。これじゃまるで俺が、灰谷和馬は俺と一緒に食べたいと思っているみたいな言い方だ。自意識過剰だと思われてしまわないか。或いは、俺があいつと一緒に食べたいと思っているように受け取られてしまわないか。
だがそんなのは全部杞憂で、あいつはなんだか嬉しそうに頬を赤らめて、まっすぐに頷いた。
「うんっ!」
その声が幼っぽくて、愛らしく思ってしまった。俺はそんな自分の正気を疑った。ずっと意味もなく嫉妬していた相手をそんな風に思うだなんて、きっと疲れている。
その日はもう往復して昼食を取れるだけの時間なかったので、明日からにすることにした。灰谷和馬の方が俺を教室まで呼びに来てくれるそうだ。
毎日やって来て鬱陶しく思っていた。けれど、案外そうでもないかもしれない。……まだわからないが!
「にしても、屋上の鍵なんてよく手に入ったな。」
俺の言葉に、灰谷和馬は得意げに笑った。
「俺の親戚が、この学校の教員なんだ。ほら、風間の担任の。」
「三ノ輪先生?」
灰谷和馬はこくんと頷いた。ならこの鍵は三ノ輪先生のおかげであってお前が誇ることではないだろ、という野暮なことは言わず、笑い返す。確かに三ノ輪先生は自己紹介で親戚がいると言っていた気がする。それと、恋バナが好きだと言っていたことが印象的だ。
見上げると、空が青い。ところどころで塊になった雲が、青に模様を付けているみたいだ。通り過ぎて行く風が心地良くて、目を閉じて吸い込む。鼻を通り、胸を通り、腹にすとんと落ちて行く感じ。
「気に入ってくれた?」
「うん」
灰谷和馬が微笑みながら尋ねてくるので、俺は大きく首を縦に振った。すると、あいつは俺を見て下瞼をきゅっと上げ、覗き込んできた。俺と目が合うとくすっと小さく笑った。
「素直にそう言ってもらえて嬉しい。」
灰谷和馬はそう言うと、姿勢を戻して弁当に向き合った。俺も黙って弁当へ箸を伸ばす。……間を置いて、俺はあいつの言葉にはっとした。
今まで俺が抱いていたあいつへの反抗意識が気付かれていたのか。のほほんとした顔をして、案外鋭いものだ。いや、もしかしたら俺が逃げ回っていたから、単純に嫌われていると思っていたのかもしれない。あいつは、そっちの方がしっくりくる。
そして何より、素直な反応を見せてしまった自分が恥ずかしい。とてもはしゃいでいたから、幼稚に思われていないだろうか。
俺はそっと横目で灰谷和馬を見やった。するとなぜか目が合ってしまった。慌てて、あからさまにそっぽを向く。
「風間?」
もちろん、あいつには気付かれている。気まずいことこの上ない。俺はどう反応するか迷った後、ぶっきらぼうに返した。
「……何」
返事がない。恐る恐る、あいつの方をもう一度見る。するとどうだろう、あいつは笑っていた。口元に手を当て、肩を振るわせ、押し殺すようにして。定期的に漏れる色っぽい吐息と、ハの字に歪んだ柳形の眉が、俺には酷く美しく思えた。
「やっぱ……」
思わず、声が漏れる。
「ん?」
「やっぱ、変なのな。」
「え。」
灰谷和馬はそりゃないってくらいに情けない顔をして驚いていた。口に運んでいた米を落っことしそうになってもいた。堪えきれず、俺は吹き出した。当然だが、何が何だかわからないあいつは、唖然と俺を見て、箸を止めた。
「やっぱさ、お前、抜けてるよな。」
未開封のペットボトルに手を伸ばし、キャップを捻る。パキッという心地良い音と、同時にする詰まるような感覚。コマでも回すみたいにキャップを回し、左手に小さなそのパーツを預けて、俺は水を煽った。今までにないくらい、青空が近い。登山は頂上まで行ったことがなかったから。
爽快、と言うのはあまりに端的だが、それでも言い知れない快感が俺を支配した。
「風間?」
全部が全部“はてな”な灰谷和馬は、おろおろしつつも俺に尋ねた。
「何、どういうこと? 一人で完結しないで。」
小動物が縋るみたいに、あいつはさみしそうに俺を見た。
ははっ。どうしようもなく、笑いが溢れて出てしまう。
「お前、いいやつだなって。」
灰谷和馬はやっぱりぽかんとした。それでも、むず痒そうに身をよじって、真似するみたいにははっと笑った。

