「幸せを求めた不幸たち」

──────「それで、いじめだけで終わりだと思ってた」
「どういうこと?」
彼こと翔之介は、頷いて、重い口を開けるように、ゆっくりと話し始めた。
「北山晴翔と渓口美都里が付き合ってる噂が流れてから、一年後のこと。つまり、花乃が高三の時の九月四日。いつも通り、ボクが放課後に北山晴翔の母親に電話をかけた。だけど、出なかった。ボクはもっと早くに異変に気づくべきだったんだろうね。けど、当時のボクは電話に出られないような用事があるんだろうと思って、特に気に留めなかった。
三十分後───一回目に電話をかけたのが十六時半くらいだったから、十七時くらいに電話をかけようと思った。けど、ちょうどその日は生徒Bの母親との面談が入ってた。まあ、予想できてたことではあるんだけど、その面談が思ったよりも長引いちゃったんだよね。その面談が終わったのが、十七時四十分くらい。だから、一時間十分も面談したんだ。
そして、面談が終わった後にすぐに電話をかけたんだけど、また繋がらなくて。その十分後に電話をかけても、また繋がらない。
ちなみに、知ってると思うけれど、北山晴翔の親は離婚してる。今は、北山晴翔の父親とは連絡が取れない状態で。しかも、北山晴翔の母親のご両親───北山晴翔からすれば、母方の祖父母も事故で亡くなってるらしい。だから、北山晴翔の母親に連絡がつかなかった場合に、他に連絡できる北山晴翔の緊急連絡先はないんだよね。本来なら、緊急連絡先に書かれた他の連絡先に連絡するんだけど、できなかった。それに、北山晴翔の母親は、いつもボクが電話をかけてから結構すぐに電話に出てくれるんだよね。
だから、こんなに電話に出ないのは流石におかしいと思って、そのことを学年主任にすぐに相談した。そして急遽、二人で北山晴翔の家に家庭訪問することになった。
家に着いて、まず最初にインターフォンを鳴らした。でも、誰も出ない。インターフォンを三回くらい鳴らしても、誰も出ない。ドアも何度も叩いた。けど、誰も出てこない。近所の人にも聞いて回ったけど、普段からあんまり姿を見ないって。聞いて回った中で、近所の人が最後に見たって言ってたのは、四日前。ボクが連絡したのは、土日を含んだ三日前のこと。だから、誰も先週の金曜日以降の消息を知らないってこと。
そして僕たちは、急いで百十番通報して、学校にも連絡した」
翔之介はそこまで話して、ふぅと一息ついた。私は前のめりになっていた姿勢を戻して、背筋を伸ばす。翔之介はどこか遠くを見つめて、再び私に視線を戻して話し始めた。
「知ってると思うけど、死んだんだ。北山晴翔も、北山晴翔の母親も。
警察が駆けつけて、ドアをこじ開けて家に入った時には、すでに二人とも亡くなってた。僕たちが見た時には、血はすでに固まってた。二人とも、背中にナイフが刺さってた。切り口からは大量の血が流れて、周りには血が飛び散ってて。確かに、ボクと学年主任が来た時に、ふと異臭はしたんだけど…まさか殺されてるとは思わなかった」
翔之介はまた一息だけ吐いた。
「ってことは、誰かに殺されたんだよ。北山晴翔とその母親は」
「うん」
私は静かに頷いた。私も、噂で聞いていた。北山晴翔は誰かに殺されたと。
「やっぱ知ってるんだね。その続きも、知ってる?」
「うん、私が知ってるのが全部かは知らないけど」
「どこまで知ってるのか、教えて」
私は深く息を吐いてから、話し出す。
「私が知ってる範囲なんだけど、その後、生徒B、聞いた話では河邉寛太って子だよね、中学で私とクラスが一緒だった子。
その子が犯人扱いされた。警察側も、アリバイとか能力とか証拠とかから、河邉寛太を犯人なんじゃないかって疑った。でも、その時は逮捕されたとかじゃなかった。みんなはあんまり言葉、知らないみたいだから私の憶測なんだけど、まだ任意の事情聴取とか、そういう段階だったんだよね、多分。でも、河邉寛太は色んな人に犯人だって言われて、クラス中、いや、学校中からいじめを受けた。
でも、北山晴翔が死んでから二ヶ月後、事態が変わったんだよね」
「うん」
翔之介は何かを頭の中で組み立てるように考えてから、言った。
「生徒Bこと、河邉寛太も死んだ」
私は俯いて、その言葉に頷いた。翔之介は続ける。
「ちなみに、河邉寛太が死んだのは、十一月二日。
僕たち、というか、学校が河邉寛太のいじめを正式に認識したのは、河邉寛太が死んでからのこと。それまでにいじめに気づいている人もいたのかもしれないけど、みんな、見て見ぬふりしてたのかもしれない。
僕たち教師たちも生徒たちと同じように、勝手に推理して、犯人扱いして、河邉寛太っていう人間を排除するのを、楽しんでた部分があったのかもしれない。まだ犯人だって分かったわけでもなかったのに」
「それはきっと、人間の本性でもあるし、弱さでもあるよね」
私は翔之介が自分のことを責めないようにと、こんな時にでも気を使ってしまう。翔之介は私の言葉に頷きながら、話を続けた。
「うん、そうかもしれない。僕たちはそうやって、河邉寛太っていう人間を排除した。でも、それだけでは済まなかった。河邉寛太が死んだってことは、河邉寛太を殺した人間がいるから。あれは、まだ警察が死因を発表してない段階から色々言われてたね。
警察によると、河邉寛太は首吊りとか飛び降りとかじゃなくて、北山晴翔とその母親と同じように、背中を刺されて殺された。そうして、また犯人探しが始まった。今度は、生徒Cっていう、河邉寛太の子分的存在だった人が犯人扱いされた」
「名前は?」
私がそう聞くと、翔之介は少し考えてから言った。
「もういいか。全員、名前を出そう。
その生徒Cこと、塩見鼓太郎は犯人扱いされた。警察側も、塩見鼓太郎を犯人として事件の調査を進めた。
塩見鼓太郎もいじめられた。今回は、このいじめに先生たち全員が気づいてた。もちろん、一応、いじめ対応はしてた。でも、どこか、塩見鼓太郎を犯人だって思ってるからか、いじめ対応に全然本気じゃなかった。文部科学省とか教育委員会とかに怒られない程度の、最低限の対応だった。
ボクは、それは不満だったんだけどね。ボク一人だけの意見では、学校も警察も動かない。だから、愚痴みたいに一回だけボソッと言ったきりで終わらせた。
これだけみんなが犯人探ししてる原因にもなるんだけど、証拠となるものがなさすぎたんだ。証拠は、ナイフと、血。他にも、家の中で歩いた痕跡とか、指紋とか、そういうのがあるはずなのに、なかったらしい。しかも、背中を刺されてるから、知り合いかどうかも分からない。だから、証拠は、アリバイと動機しかなかった。
誰も動こうとはしなかった上に、犯人の可能性を示す条件に当てはまる人が他に誰もいなかったらしい。学校側も、塩見鼓太郎に自主退学を促すように動き始めた。学校側がそういう対応を取り出したのは、つい一ヶ月前の話」
私は、一旦話すのを止めた翔之介を見つめる。口をつぐんで、何か考えていそうな顔をしている。翔之介はどこにも焦点を合わせていないように見える。しばらく見つめていると、翔之介がやっと言葉を発した。
「花乃、怒らないで」
翔之介がやっと言葉を発したのに、まだ前置きの言葉なことに少し驚きながらも、私は頷く。翔之介はそれを見て、安心したように言った。
「警察に、言ったんだ。ボクが殺したって」
そこで、私の思考は停止した。
──────翔之介が、殺した?
私はたった一つの疑問だけで頭がいっぱいになる。頭が真っ白になるわけじゃなかった。むしろ、文字で埋め尽くされたせいで、頭が真っ黒になる。
──────嘘だ、絶対に嘘だ。
私はそう、心に念じる。
「花乃、ごめん」
翔之介のその一言で、これは本当なんだと、私は信じてしまった。
「なんで?」
「ボクは、本当は塩見鼓太郎が殺したわけじゃないと思うんだよ」
思わぬ答えが翔之介から返ってきた。
「どういうこと?」
「北山晴翔でも、河邉寛太でも、塩見鼓太郎でもない人が、殺したんだと思うんだよ」
意味が分からない。今度は頭が真っ白になる。
「じゃあ、誰?」
「最初に考えたのは三人。
一人目は、北山晴翔と付き合ってるって噂された渓口美都里。
二人目は、花乃は覚えてないかもしれないけど、花乃が中三の時の途中で退職した、安藤拓己。
三人目は、佐藤雄太。
でも、ボクがどれだけ推理しても、犯人じゃないって思っても、警察や学校の見方を変えられるわけじゃない。だから、ボクは考えるのを一旦、やめようと思った」
翔之介の考えていることが、全く分からない。この言い方からすると、殺したのは自分ではないと、翔之介は主張している。そして、犯人ではないと翔之介が考えている塩見鼓太郎を、翔之介自身が犠牲になることで守ろうとした、ということなのか?でも翔之介は、なぜ自分が犠牲になろうとした?意味がわからない。さっぱり理解できない。私は翔之介の話に置いていかれる。それでも、翔之介は続けた。
「一度でも犯人扱いされると、その印象って簡単には拭えないものだから。特に、教師っていう職業は、犯罪に関わったってなると、周りの目も厳しくなるから。だから、もうこれ以上教師を続けることはできないって思った。例え、真犯人が出てきたとしても」
ということは、翔之介は教師ではなくなるということなのか?二度と教師に復帰できないということなのか?ますます私は置いていかれる。
「ボクが警察になんで犯人だと名乗ったのかっていうのが気になってるんだろ?」
私は静かに頷いた。自然と体が前のめりになる。
「もう、見たくなかったんだ。聞きたくなかったんだ。犯人探しみたいなことも、排除することを楽しんでることも、嫌だ。ましてや、まだ犯人だと確定してない人にそんなことをするのは」
私はポカンと口を開けることしかできない。
「ボクが犯人だって名乗れば、ボクが排除される。それでいいって思った。ボクのことを知ってる人と花乃以外が、苦しい思いをしなくて済む。
花乃なら分かってくれると思った。ボクがやろうとすることも、ボクが自分を犠牲にしてまで守りたいものも」
翔之介は私を見つめている。答えを待っているように。でも、私は何も言うことができなかった。翔之介は私が答えることができないと考えたのか、また話を始めた。
「教師っていう仕事を辞めるから、ボクは、もうこんな良い家には住めないって思った。だから、この家の片付けをしてた」
「え……?」
「この家を出ていくってこと」
私は翔之介が言う言葉に対して、もう何も言うことができなくなっていた。翔之介は、そんな私に構わない。なんとなく、翔之介はさっきよりも淡々とした口調になっている気がする。
「この家中を片付けようと思って、まずは、ボクの部屋から手をつけた。片付けたよ、花乃がいつもごちゃごちゃだって言ってたところも」
もう、そんなことはどうでもよくなっていた。それよりも、翔之介のことが心配で仕方がない。翔之介は俯いて、なかなか口を開けない。口元を見れば、唇を噛んでいる。手は拳を作って、膝の上にグッと置いている。その拳の上に、雫がポロポロと落ちて濡れている。肩が震えている。
───翔之介が、泣いている。
「翔之介?」
翔之介はますます肩を震わせて、一生懸命に言葉を絞り出して言った。
「ボクの部屋のっ、次に片付けようとっ、したのがっ」
翔之介は、そこで言葉を一旦止めた。自分を落ち着かせるように、何度も大きく深呼吸をしてから言った。
「花乃の、部屋」
翔之介はまた深呼吸をする。
「ボクは、まず、花乃の部屋の、棚を片付けようとして、戸を開けて、布団も、何もかも全部、リビングに一旦出した」
私は翔之介の言葉を真剣に聞く。
「次に、花乃の、本棚を、片付けた」
私は、ただただ頷く。
「本は、捨てないように、とりあえず、段ボールに詰めた」
私は、声を発してはいけない気がして、また頷く。
「次に手をつけようとしたのが、小物入れ」
翔之介は、また言葉を止める。一度深呼吸をして、なぜか頷いてから言った。
「花乃のものなんて、勝手に見なければよかった。でも、ボクは見つけちゃった。『殺してごめんなさい』って書いてる紙を、何枚も、何十枚も」
私はまた、頷いた。
「それで、ボクは、思っちゃったんだ。確信しちゃったんだ。この、今、目の前にいる花乃が、北山晴翔も、北山晴翔の母親も、河邉寛太も、みんな、殺したんだって」
翔之介にそう言われた今も、私は冷や汗が出るわけでもなければ、どこかが震えるわけでもなければ、涙が溢れ出てくるわけでもなかった。でも、目の前にいる顔を上げた翔之介は、顔を涙でぐしょぐしょにしていた。今まで見たこともないような、申し訳なさそうに、深く後悔しているような顔で、こちらを見つめていた。私を逃さないように、私の目の奥を覗いている。
「ボクが考えた推理、聞いてくれる?」
私はコクリと頷いた。
「始まりは、花乃が高二の時だった。花乃は、河邉寛太が北山晴翔に暴力を振るっているのを目撃した。そして、花乃は先生に言いに行こうとした。けれど、河邉寛太とその子分たちに止められた。
それからも、その場面を何度も見た。でも、その度に止められた。多分、それをクラスに広められて、避けられるようになった。正義を貫く花乃がうざかったのかもしれない。その事実はボクにはわからないけれど。それで、ずっと花乃は河邉寛太を恨んでたんだと思う。
花乃は、北山晴翔本人にも声をかけた。多分、北山晴翔にも一人で抱え込まなくていいって意味で声をかけた。でも、北山晴翔はお前みたいなやつはいらないって感じで断った。それで、花乃は北山晴翔も恨んだ。そんなことが何度かあった。
一年後に、北山晴翔は不登校になった。それで、ボクは花乃と一緒に過ごせる時間が短くなった。
それが散り積もってきた頃、ボクは北山晴翔の家に急遽、家庭訪問に行くことになった。それで、その日は帰るのが遅くなった。その日はボクの誕生日で、花乃はずっと待っててくれてたのに。
そこから、花乃は二人を殺す計画を立てていった。どうやって殺すのがいいのか。その過程で、花乃は北山晴翔の家庭がシングルマザーだってことを知った。花乃は、母親を一人にして悲しませてはいけないと思って、北山晴翔の母親も殺すことにしたんじゃないかと思う。
そして、実行日である九月一日。ボクが電話する時間を、花乃は知ってた。だから、ボクが電話した時間を見計らって、ボクが電話した後に二人を殺した。
そしてまた二ヶ月後の、十一月二日。これの詳細はボクも分からないんだけど、多分、同じように平日に殺した。放課後に。
ボクには、動機とか、アリバイとか、全然分からないけど、花乃が考えてることは大体分かる。花乃は優しくて、いつもボクのことを考えてくれてる。でも、たまに正義が間違った方向に行く時がある。
花乃は、今でも殺したこと、後悔してるだろ?」
私は、少し間を空けてから、言った。
「後悔、してるよ」
翔之介は私の言葉に頷く。
「ボクは、正直、あの紙を見つけた時、悲しいとか、ショックとか、そんな言葉では表せないくらい……嫌だった。自分が、嫌だった。今も、自分が嫌だ。
花乃は優しいから、自分のことを責めないでって言うかもしれない。だけど、ボクには、花乃を立派な大人にしなければならなかったのに、できなかった。
立派って、花乃はボクみたいになることって言うけど、そういうことじゃない。立派って、ちゃんとこの世界の常識をわきまえて、犯罪行為をしないこと。そんなことも教育できてなかったんだ、ボクは。教育者として恥だって思った。教師を辞めてでも警察に名乗ったのは、その理由もある。
花乃のこと、今も嫌いになったわけじゃない。好き。」
翔之介はまた、そこで言葉を止める。
「ところで、花乃、ボクの考えた推理、あってた?」
翔之介に唐突に質問を投げかけられて戸惑う。私は少し考えてから答えた。
「うん、一部あってた」
「一部だけ?」
「……うん」
翔之介は怪訝な顔をする。私の頭の上の方をボーッと見つめてから言った。
「花乃、教えてよ。本当のことを」
「……わかった」
私は、少し息を吸った。
「翔之介の推理、全部が間違ってるわけじゃないよ」
「どこが間違えてた?」
「最初から、違う」
翔之介は黙って私を見る。
「でも、当たってるところから言わせて」
翔之介は私の目を見て頷く。
「河邉寛太を恨んでること、これはあってる」
翔之介は頷く。
「北山晴翔を恨んでること、これもあってる」
翔之介はまた頷く。
「でも、理由が違う」
「理由?」
「河邉寛太は北山晴翔をいじめてるって言ってたよね?」
「え……うん」
「そこから、違う」
「え?……え?」
翔之介の表情が固まる。
「いじめられてたのは、北山晴翔なんかじゃない」
「……どういう、こと?」
翔之介の表情が、どんどん曇る。
「いじめられてたのは、私」
「え?」
「私が、いじめられてた」
「なんで?」
呼吸が浅くなっているのか、翔之介は少しだけ肩を上下させている。
「うざかったからだよ。翔之介の推理、当たってる」
「どこが?」
「全部だよ。私の存在も、全部」
「なんで?」
翔之介は矢継ぎ早に質問する。
「私が先生たちにすぐチクるのもそう。翔之介が言ってた通りだよ。」
私は少しだけ笑った。
「でも、一番の原因はそうじゃないと思う」
翔之介はポカンと口を開けている。私はそんな翔之介に構わず続ける。
「私と翔之介が親子関係だからだよ」
翔之介の顔が一気に青ざめて、口をぱくぱくさせている。私は、翔之介が落ち着くまで一旦待った。
「え?でも、なんで?」
「詳しくは私も知らない。羨ましかったのかもね、幸せそうだから」
翔之介は息を吸う。私はそれを横目に続ける。
「基本的に、人間って面倒くさいんだよね。みんな、幸せを望んでいるはずなのに、自分よりも幸せな奴がいれば恨むんだから。でも、表では他人の幸せを望むって言って」
翔之介は俯いて、耳を傾けている。
「誰であっても、自分が都合が良いようにしか、考えられないんだよ。私も、翔之介も。残念ながら、翔之介が想像してる以上に、そんな単純な話じゃなかった」
翔之介はどこかを見つめて必死に考えているように見える。
「全部、一気に話したほうがいい?」
翔之介は何も言わなかった。ただ、私の顔を見ている。私は、少しだけ息を吐いた。
「じゃあ、最初から話すね」
「……うん」
「私が何をされて、何を考えたのか。なんで、二人を恨んだのか」
翔之介は黙って頷いた。
「始まりは、私が高校生のときじゃない。私が中学生のとき。翔之介は気づいてなかったかもしれないけど、私は中学生の頃から明らかに避けられてた。でも、その時はまだ、避けるだけだった。
いじめが本格的になったのは、高校に入ってから。私が翔之介を迎えに行った時に、毎回。背負ってるカバンをひったくって盗られたり、制服を裁ちバサミで切られたり、カバンの中から筆箱とか問題集とか盗られたりした。
それだけなら、別にどうでもいいんだよ。私が傷ついてる分にはね。でも、あいつら、翔之介のことまで傷つけてるんだよ。それが許せなかった。私のことを傷つけたことはどうでもいい。でも、翔之介を傷つけるのは許せない。翔之介、私もいじめられてたんだけど、あいつらの一番の目的は、翔之介を傷つけることだったんだよ、きっと。私が傷つけば翔之介も傷つくと思って、私のことも傷つけたんだと思う。
でも、なんとなく、このことは翔之介には話せなかった。翔之介が傷ついちゃうかなって思って。実際は違ったんだよね。あの時───せめて、私が十七歳のときに言っておけばよかった。あの時の私の選択が、高三の私にも、今の私にも影響してる。
その、高一の間は翔之介の悪口を聞いたり、私が傷つけられたりするだけだった。高二になって、それがもっとエスカレートした。
あのね、高二になって、北山晴翔がいじめられたってやつ。あれ、演技なんだよ。翔之介のクラスのほとんどが、グルなんだよ。それの続きにはなるんだけど、あの、不登校の件。あれは完全なる仮病って言うか、サボり。こころの病ってやつも、北山晴翔が、優しくしてくれる自分の母親を騙してのこと。ちなみに、病院には行ってないみたいだよ。あと、北山晴翔の家に河邉寛太がいた件。あれは、いじめ会議ってやつなんだって。私と翔之介をどういじめるかっていう話し合いらしいよ。
で、私が殺したのは、北山晴翔と、北山晴翔の母親と、河邉寛太。翔之介の推理、当たってたよ。それで、私が殺した理由なんだけど、翔之介が傷ついてほしくなかったから。……私、バカだよね。私が殺したってなれば、翔之介も傷つくはずなのに。結局、私のエゴっていうか……自己満なんだろうね、うん。
私ね、翔之介の悪口とか言ってるのを何回も見たし、何回も聞いた。翔之介のことを上手く傷つけられたって言ってることも。だから、私は帰ってから、何度も何度も翔之介に聞いた。疲れてる?とか、しんどい?とか。でも、翔之介は“大丈夫”って言った。“大丈夫”って言うのはね、本当は“大丈夫”じゃないときに使うんだよ。だから、私はもっと翔之介のことを心配した。それでも間に合わないくらい、あいつらはどんどんエスカレートしていった。
ある日、聞こえちゃったんだ。スマホの画面の文字を見ちゃったんだ。あいつらがね、計画を立ててるのを」
私はそこで、一旦言葉を止める。少し遠くの方を見つめる。
「その、ある計画の内容なんだけど、それはね」
私は再び翔之介に視線を戻す。
「──────『翔之介を殺そう』って」
翔之介は慌てて口を押さえる。顔が青白い。肩で息をしていて、混乱しているのか、目が泳いでいる。狼狽えているとは、まさにこの状態のことか。
「えっ、でもっ……」
「残念ながら、本当のことだよ。これが、翔之介が知りたがっていた事実なんだよ」
「えっ、でも……なんで?」
「なんで翔之介を殺そうとしたかってこと?」
翔之介はガクガクと震えながら頷く。
「私は、知らない」
翔之介が、私の顔を舐め回すように見る。
「私は、知らないよ」
翔之介が視線を落とす。
「推測ならいくらでもできるけど、そうじゃないでしょ?」
翔之介は答えない。
「あ、あとね、私が最初に殺そうと思った奴をまだ殺せてないの」
「だ、れ?」
翔之介は私を下から見上げて聞く。
「中村碧だよ」
「えっ、なんで?」
「あいつがこの事件の元凶だから」
「えっ、でもっ、好きなんじゃ……?」
「あれは私の演技。翔之介も巻き込んで騙しちゃって、ごめん」
「えっ……?」
「私、本当はあいつが一番嫌いだよ」
そう言うと、翔之介は黙った。
「私ね、高二の時、生きることをやめようと思ったことがあってさ。その時はまだ私は気づいてなくて、中村碧に相談したんだよ。その時、見ちゃったんだ。碧がスマホで連絡してるんだよ、グループメッセージに。『釣れた』って。その時に気づいた。私は上手く利用されてるんだなって。この人も味方じゃないんだって。誰も信用できなくなったよ」
「そっか」
翔之介はそう呟いた。
「ごめんね」
私は謝った。すると、翔之介は顔を上げて、立ち上がった。
「花乃、そうなんだ」
「え……うん」
「花乃、ボクも本当のことを話そう」
「うん」
私は頷いた。
「全部、知ってたよ」
「……え?」
「花乃をいじめてることも、全部」
「なんで?」
「だって───ボクが全部指示してたんだから」
「え?」
「『ボクが、花乃を殺そうとしたんだ』」
「何、それ?」
「そのまま」
「『花乃を殺す』ために、近づいた」
「……そうだったんだ」
私は俯く。なぜか、感情が全く何も出てこない。
「驚かないんだ?」
「だって、知ってたから」
「ほう?」
「私だって、『翔之介を殺そうとした』んだよ。翔之介が指示してるのも、全部知ってた。私を殺そうとしてるのも知ってた」
「ボクは、失敗だよ」
「私も失敗。お互いだね」
翔之介は肩を落とした。私もため息をつく。
「うん……ちなみに、なんで殺した?」
「誰を?」
「あいつらを」
「もちろん、邪魔だからだよ」
私は当然のように言った。
「へぇ?」
翔之介は興味を持ったような表情をする。
「あいつら───私に殺されたバカたちは、翔之介の指示でしか動けない奴らなんでしょう?」
「あぁ」
「じゃあ、いらない」
翔之介は納得したように何度も頷いた。
「ちなみに、翔之介はいつ、私を殺すことを決めたの?」
「あの、マケドナレドで会ったときから」
「そこも私と一緒なんだ」
「へぇ」
翔之介は興味なさそうに、外へ視線を向ける。私も外を向いてつぶやく。
「幸せを求めた不幸たち、だ」