王太子妃になりそこねた公爵令嬢は、我儘をつき通す

東屋での勉強を始めて一か月。
中期試験が始まり、そして終わる。

クラリッサは手応えを感じていた。
いつもより回答が埋められた。

ペンを置き、窓の外を眺める。

サマーホワイトの木が白い蕾をつけ始めていた。

(ふふ……楽しみだわ)

一週間後には試験結果が出る。
掲示板には十位以内が貼り出される。
今まで関係ないと通り過ぎていたけれど、今回は見に行くと決めている。

(どうしましょう~。十位どころか九位とかでしたら……そうですわ、アリスさんにお礼を言わなくては)

教えてはもらえなかったが、アリスさんがいることによってクラリッサ一人では維持できなかった勉強への意欲が保てた気がするのだ。

(もしかしたら近くにいて、アリスさんの頭の良さが移ったかもしれませんし)

クラリッサの中では十位が勝手に決定していた。


* * *

試験から一週間。

午前の授業が終わった。
いつものようにアリステアは東屋へと向かう。
気が重い。

(……なんで俺がこんな気分にならないといけないんだ)

貼り出される試験結果に興味などなかった。
そこを見なくても個人個人に成績表が渡される。
自分が一位で貼り出されようが十位で貼り出されようがどうでもよく、今まで一度も掲示板を見ようとは思わなかった。

それなのに、人だかりのその後ろで、つい足を止めてしまった。

(……はぁ?)

予想外だった。
礼法は一位で、帝国語は五位。
礼法は腐っても公爵令嬢だったんだなと思ったが、まさか帝国語まできちんと身に着けているとは。

だが、それ以外は予想通り、公爵令嬢の名はどこにもない。
そして総合十位以内にもいない。

(……)

もやもやと嫌な気持ちがまとわりつく。
この一ヶ月ほど、目の前でペンを握る姿を見せられ、情のようなものが湧いてしまっているのだ。

昼が近づくのが憂鬱だった。
違う場所で昼を取ろうかとも思ったが、なんとなく負けた気がして嫌だった。

(くそっ……)

はぁとため息を吐きながら、角を曲がる。
背の高い生垣、その向こう側に公爵令嬢がいる。

(……どんな顔をしろって言うんだよ)


* * *


「アリスさん!!!」

東屋の入り口に辿り着いたアリステアに、突撃するように公爵令嬢が駆けて来る。

「アリスさん……アリスさんは、アリステアさんですの!?」

ローズピンクの瞳が縋るようにアリステアを見ている。
嘘だと言ってほしいと告げている。

(あぁ……くそ!!)

完全に振り回されている。
こちらは気落ちしているかと勝手に心配してどうしたらいいか分からない気持ちを持て余していたというのに、向こうは完全に違う角度から攻めてきた。

「……アリステア・ペンフォード」
「あぁ……嘘でしょう!!」

崩れ落ちてその場に膝をつくのを、支えるべきか悩む。
むやみやたらと淑女に触れるわけにはいかない。

「……ごめんなさい。わたくし知らなくて」
「なるほど。嫌味で呼んでたわけじゃなかったんだな」

女っぽい名前を揶揄して呼ばれることが多いのだが、この公爵令嬢からはそれは感じられなかった。だから最初こそ不快感はあったが、その後はどうでもいいと放置していた。

「……嫌味?」
「あぁ、女っぽくて」
「確かに可愛らしい名前ですね。わたくし好きですわ」

にっこりと微笑む。
甘やかされた彼女は、無邪気そのものだ。
守られ続け、悪意に晒されることもなかったのだろう。

「……そうか」

純粋で無垢で。

サマーホワイトの花のようだ。
夏に向けて蕾をつける白い花。
陽の光を受けて、やわらかく輝く。

(……国母か)

サマーホワイトはグランデルウッド王国の国樹だ。
その花のような彼女なら、王妃でもおかしくないのかもしれない。

アリステアは東屋へと進む。
いつもの定位置に座り、彼女が来るのを待った。

「アリスさ……アリステアさん?」

不思議そうに追い駆けてくる声に、アリステアは返した。

「今更だろ。アリスでいい」

ローズピンクの瞳が輝いた気がした。