王太子妃になりそこねた公爵令嬢は、我儘をつき通す

アリステアは油断していた。

「アリスさん……」

お昼の授業を終えて廊下に出たところで、公爵令嬢に腕を掴まれてしまった。
まだ諦めていないのかとうんざりしながらその顔を見てぎょっとした。

ポロポロと涙を零し始めたのだ。

(ああ……くそっ!!)

焦ったアリステアは彼女の手を掴んで走る。
その間も、ぐずぐずと鼻をすする音が聞こえてくる。
誰かに見られたら……いや、見られまくりだ。
いつも以上に視線が痛い。
それでも、呼び止められることもなく。

彼女を連れて、なんとか東屋に辿り着くことができた。


* * *


「……で?」

不機嫌そうなアリスさん。
クラリッサは東屋のベンチに座らされ、アリスさんは柱に背中を預け、腕を組んで立っている。

「……あ、あの……」
「なんだよ?」
「えっと……」

アリスさんの口が悪い。昨日までと全然違う。

でもそれも仕方がないのだ。
なにせクラリッサは我がままで、アリスさんを困らせたのだ。

(うう……お母様……)

昨日、クラリッサはお母様から真実を知らされた。


――貴女は大変な我がままです

お母様の第一声はそれだった。

――貴女が我が家で唯一の女の子だということが災いしました

災いとまで言われた。

――しかも王家にも女の子がいません

そうなのだ。叔父様……国王陛下には男の子のみ。

――目に入れても痛くないほどに可愛がって、本当にいい迷惑だったわ。貴女のことを考えてと何度も言ったのですよ!!それなのに誰も聞く耳を持たず、甘やかしに甘やかして、私が何か言えば、あーだーこーだと言われて……

お母様のお話は長かった。
とてもお困りだったらしい。

「……アリスさん」

クラリッサは、目の前のアリスさんを見上げる。
もっさりとした長い前髪のせいで目元がよく見えない。
それでもなんとなく目が合っていると感じた。

「わたくし……わがままでしたの……」

こんなことを言われても、アリスさんは困るかもしれない。
けれど、とてもとても迷惑を掛けた……らしいので、きちんと伝えなくてはいけない。

「ですから……ごめんなさい!!」


* * *


公爵令嬢の頭が目の前にある。
ピンクブロンドの髪がふわりと風に揺れた。

どこからか風に運ばれたフェアリーブロッサムの花が、きらりと舞った。

(……なんなんだよ)

我儘を言われ泣かれ、そして謝られ、中途半端な苛立ちだけが残る。

「……やっぱり怒ってらっしゃいます?」

公爵令嬢は、おそるおそる顔を上げてアリステアの様子を窺っている。
ほんの数日前とは別人のようだ。

「怒っているというか……」
「……わたくし、昨日お母様に怒られましたの。アリスさんに迷惑をかけているって……」
「……」
「でも、正直よく分かってなくて……」

(分かってないのかよ!)

アリステアはつい心の中で突っ込みを入れてしまう。
その間も公爵令嬢は己の態度を顧みている。

「でも迷惑だった事実はきっとそうなのでしょうし、謝らなくてはいけないと思いまして」
「……よく分からずに謝るのかよ」
「うう……そう言われると辛いですわ……」

はぁ……と公爵令嬢はため息を吐いたが、アリステアの方がため息を吐きたい。
あまりにもくだらない。というか本当に時間の無駄だ。

まともに話を聞いているのも馬鹿らしくて、ベンチに座り持っていた弁当を広げる。すると向かい側でも弁当を広げ始めた。

(……ここで食べる気なのかよ)

「難しいですわ。アリスさんは我がままではないんですの?」
「……」
「ああ、もしかしてお昼の邪魔をしています?」

(気づくのが遅い)

「わたくしも静かに食べますわ」

(だから、そうじゃない)

これが王家と公爵家総出で甘やかされた結果のズレた感性なのだろうか?
下手に関われば面倒だと思い、アリステアは黙々と弁当を食べ進める。
その間もなにやら話しかけられているのだが、それを一切無視した。
それなのに公爵令嬢は気にすることもなく、ずっと喋り続け、午後の授業の時間が近づくころに、ようやく。

「お邪魔しました」

と、去っていった。


* * *


そして、あれから一週間。

「あら?アリスさん。今日は遅かったんですね」

公爵令嬢がアリステアの前にいる。
ひとりになれるからと気に入っていた東屋に、お昼になると必ず現れるようになっていた。